ショートショート『ON THE STAGE』

「もうすぐ開場でーす」
この言葉は、いい意味でぴりりと空気を整わせる作用がある。
「出られる人から出ちゃってくださいねー」
この言葉は、1番心をほぐして、且つさびしくさせる言葉のひとつ。

練習は何日、何カ月もあるのに、リハーサルや本番は数日しかない現実そのものにつまらなくなったことは無いだろうか。
「トリプルベジタブル」通称トリベジを結成して半年が経ったころ、僕はなぜだかそんな感情を抱いていた。コントで、まっすぐじゃないいろいろな系統のやつ。いかにもやりがちだよねと思うようなやつだけど、楽しい感情で乗り切ってきた。

「たっきーごめん、熱出して合わせできない」

僕は知っている、この決まり文句というものを。
公演の二週間くらい前になると大体このような連絡を残して出かけに行ったりだとかしている。棒読みの「お大事に」を返して部屋のベッドに横たわった。

「あーーーーーーーー」
ため息なのかうめき声なのか分からない声が初夏のギラリとした光を包む。

世の中には、そんなに練習しなくてもうまくできる人だったりとかももちろん存在しているのは確かだ。
高校時代、演劇でひときわ存在を響かせていた東高校の泉谷。あいつはどんな状況だろうが声は絶対響いていた。
人と話してるときにも笑顔は消えない、ただ「声が響いてうるさいやつ」じゃない。きっとあいつのキャラクターが確立したのは、生き方だったと思う。

「滝本くん、西高にくっそおもろいやつがいるって聞いたんだけど」
滝本の「た」の明るさを僕は一生忘れはしないだろう。

オールバックの髪の毛をワックスで固めては「かったりーよ」と呟いていたあいつはこの前、東京の学生お笑いのコンテストで賞をとったかなんだかそんな状況を聞いた翌月、就職活動のために学生お笑いから去ったという。
泉谷正輝、いずみやしょうきという名前は知れ渡っていたはずなのに。

思ったのは、きっとこの生き方が一番うまくいくんじゃないかということだ。ラーメンを孤独にすすっているときに感じたこと。
やめる、も逃げる、も全く怖くはないこと。
目的が無くなってしまっても無意識にやるべきことなんて増えていくことも。夢なんて、目標なんて化学反応の失敗からできたものであろう。ボケもツッコミでできたウケなんて、アンモニアくらいの一瞬の影響だと。
一生続けられることなんて、何%の確率だ?

『〇〇会館 アマチュア芸人ネタライブのお知らせ』
俺はふとこのチラシを左手で太陽の光を遮った。

「今日か、応募締め切り」

ようやく目が覚めた。
見たきっかけで始めたものは、最後に見て、やって終わらせるということを。

「今、募集、やってます?まだ」

くっそなめてる口調でも、まだあの空気は恋しいままだと
めずらしく僕をさらに甘やかした。







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