夢の中

あの人のことを頭に思い浮かべて、あの人とこの間した会話を思い出すと、いつも胸がギュッと苦しくなるのです。

電話で話していたから、あの人がどんな顔で私の話を聞いていてくれたのかはわからないけれど、電話越しのあの人の声はとても柔らかくて、子守唄のように響きます。

私はベッドの上でぐったりと寝転び横になった視界のまま、その子守唄のような声を何度も反復して思い出しながら、ゆっくりとまぶたを閉じる感覚を感じます。

今日もやることがたくさんあるのに、私は部屋の中を見渡すよりも、頭の中の空想に耽っていたいのです。

まぶたの裏には、あの人の幸せそうな笑顔が何度も消えては現れ、あの人の優しい声を何度も思い出すたびに、古びたレコードのようにぼやけていくのです。

目を開けても同じ私の部屋の白い壁が見えるだけで、あの人はいない。
聞こえてくるのもどこかの家の室外機の音で、あの人の優しい声はどこか遠くから聞こえてくるエコーのようで、あいまいで掴めなくなってきます。

白い壁は何も問いかけてこないから、私も答えが出せずにベッドに寝っ転がったまま、シーツの少しざらついた感触をひたすら確かめているのです。

あの人の姿を思い出しても、あの人の声を脳裏に焼きつけても、私はここでひとりぼっちなんだと、自分の輪郭がはっきりしていくだけのように感じます。

私がどんな状態であろうと、いつも変わらずある部屋の白い壁が私を現実に引き戻すかのように感じます。
問いかけても私の声が響いて返ってくるだけで、虚しさが増すのかもしれません。

起き上がれないのは、あの人のことを考えているからだろうと考えました。

あの人のことを考えている間、ベッドに横になりながらずっと部屋の白い壁を眺めていたものだから、あの人の声を思い出すたびに、私の視界には私の部屋の白い壁が出てくるのです。
だから、あの人がこの世に存在しないかのように思えてきて、私自身も空想のあの人を追い求めている夢追い人のように感じてきます。

ナナメになった視界は、平衡感覚がわからなくなり、より私は現実の世界から離れていったしまっているように感じます。
誰の声も聞こえないし、私もピクリとも動かないので、音がしない空間にいると、宇宙のように上下がわからなくなってきます。

ここに存在しているのか確認するには、第三者の存在が必要なのかもしれない。

今、私の目の前に見える壁は夢ではなく現実のものなのか。
しーんとした静寂の音は、すべてを幻に感じさせるようです。

私は、あの人のもう思い出せない顔を思い出しながら、あの人の甘く優しく語りかけてくる声を反芻して、ゆっくりと眠りに落ちていきます。
今が朝か夜かわからない薄暗い部屋の中で、カーテンを開けないまま、時間の確認もせず、ゆっくりとまぶたを閉じる感覚を感じます。

そういえば、いつの間にか時計の針が止まっていたことに気づきます。

秒針の音が大きく煩わしかったのですが、いつの間にか聞こえなくなっていることに、気がつきます。

そんなことを考えながら、夢の世界の中へと入っていきます。



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