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Watcher #21

仕事から帰って自室でくつろいでいた。

スマホの着信だ。

登録していない番号。

普段は、登録していない番号にはでない。

けれどその時は、登録をし漏らした知り合いかもしれないと「通話」をタップした。

「はい」

「助けてください」

女性のひそめいた声だった。

俺は予想だにしない相手の第一声に、びっくとした。

「はい?」

気を持ち直すため、ビビりの逆へ振るように若干、語気を強めて聞き返した。

「お願いします。きらないで」

「はあ」

「助けてほしいんです、監禁されていて···」

それを聞いて俺は、ある映画を思い出した。

正確に言うと映画の予告編だ。

映画自体は観ていない。

動画投稿サイトの広告ででも観たのか。

誘拐された女性が、偶然つながった電話の相手に助けを求めて、男が助けにいくような話。

たぶん···

あれをパクったイタズラか?

「110番にかけたらどう···」

俺が当然のことを言い終わる前に、

「警察にも消防にも、かけてもつながらないのっ」

と言われた。

なんだそれ。

もっとマシなウソをつけ。

「お願いします···切られたら、私はずっとあいつに閉じ込められたまま···」

詐欺か?

これで、ひょこひょこ助けに行ったら美人局みたいな目にあうパターンか?

「俺が代わりに通報するよ」

これだったら俺が出向くことにならないから、美人局みたいなものは無理だ。

俺は、詐欺犯を困らすつもりで言ったけれど、返事はこうだった。

「ありがとうございますっ。お願いします」

心の底から言っているように感じた。

詐欺じゃないのか?

本当に事件か!?

「大丈夫ですか?」

俺は今さら、相手の安否を気づかった。

本当の事件かと思ったら緊張してきた。

「場所は?···あっ、ちょっと待って書くもの用意するっ」

こんなとき咄嗟に、スピーカフォンで通話しつつ、メモ機能を開き、入力するなんてできない。

そんなことしようとしたら、操作を間違えて通話を切ってしまいそうだ。

「いいですか?」

「OK」

「西区、○○町、○○···。丁と番地まではわからないです··」

車で行こうと思ったら行けるところだ。

彼女はつづけた。

「でも、マンション名はわかりますっ、○○ハウス、部屋は3階の310でした、住人の名前は白川哲生です」

犯人か?

「あと、すごく近くにファミレスの○○がありました」

○○か、珍しいファミスだから、手がかりになるな。

「わかった、通報するから切るね」

「はい、お願いします、ありがとうございます」

「大丈夫だから、あとは任せて」

俺は通話終了ボタンをタップして、そのまま110番した。

「110番です。事件ですか?事故ですか?」

「事件です」

俺は、いま起こったことと、彼女から聞いたことを全て警察に告げた。

通報し終えたら、呆気なかった。

その感想とは裏腹に、ピークより静まったとはいえ動悸が残っていた。

だんだん冷静になり、色んなことが頭のなかを巡りだした。

彼女は犯人のスマホを使って、連絡したんだろう。

犯人はスマホを忘れて出かけて、その隙に通報しようとしたのだろう。

でも、何故か110にも119にもつながらなかった。

当然のそのスマホに、自分の知ってる人の番号が登録してあるわけがない。

番号を覚えてもいないだろうし···

俺も自分の番号しか覚えてない。

だから、適当な番号に一か八か電話したんだろう。

そういえば、警察は彼女が110番にかけても繋がらなかったという話をすんなり受け入れてたな。

俺はそんなことがあるのか、検索してみた。

いくつかケースがあるみたいだ。

でもスマホからだと、110番みたいな三桁番号にかけれず、一般的な番号にかけれるのは、アプリを使った通話のみだ。

わざわざアプリを使ったのか?

スマホだと、思い込んでいたけど、固定電話だったら?

固定式だとインターネット回線を使ったものが三桁番号に繋がらない。

でも固定電話なら、犯人が留守にする度にチャンスがあるじゃないか。

そんな不用心な犯人なのか?


そもそも、彼女の言ってたこと全部ウソだったら?

俺がただ警察にウソの通報をしたことになるよな···

それってヤバいんじゃないの!

慌てて検索した。

「虚偽申告···軽犯罪法違反···」

と、出てきた。

俺は軽くパニックになった。

どうすればいいかわからずに、俺は車で最寄りの警察署へ向かった。

どうやって疑いを晴らせばいいのか···

運転をしていたら、俺はまた冷静さを取り戻してきた。

彼女は何のためにウソをつくんだ?

イタズラ?

あんな迫真の演技をしてまで、結果を見ることができないイタズラをするのか?

訳がわからなくなって、また混乱してきた。

今度は、彼女が告げた住所へ向かっていた。

考えなしだ。

イタズラかどうかを確かめる?

どうやって?

電話をかける?

もし本当に監禁されてて、犯人が帰ってきてたら?

現場に行くしかないのか?

現場に行って何ができる?

そんなことを考えていたらあっという間に近くまで来ていた。

ファミレスの○○だっ!

そのときスマホに着信があった。

さっきと同じ番号だ!

俺はファミレスの駐車場に入って電話に出た。

「もしもし」

「よかったっ。間違えてなかった」

「なにが?」

「あいつがいつ帰ってくるかわからないから、履歴を消したんだけど、覚えてた番号あってた」

そう言うことか。

俺はファミレスの駐車場に車を停めて車を降りた。

彼女はこう続けた。

「通報してくれましたか?」

「したよ」

通話しながら○○ハウスという名のマンションを探した。

「警察、全然きてくれないから、通報してもらえなかったかと思った」

あった!

ほんとにすぐ近くだなっ。

「たぶんついたよ」

「はい?」

オートロックでなくて、助かった。

俺はエレベーターを待てず階段を上がる。

「310だよね?」

「はい」

「いまたぶん部屋の前にいる。カギを開けれる?」

「来てくれたのっ!でも、鎖で繋がれてるから無理」

ほんとにあってるよな?

「犯人いないんだよね?」

「はい」

「ノックするから、聞こえたら言って」

「わかった」

コンコン

「聞こえた!」

よしっ。

俺は自分のスマホの地図アプリの位置情報で、住所をたしかめた。

あらためて警察へ通報しよう。

その前にもう一度、念のために、別の方法でも確認しようと思った。

俺は、スマホをかざしてる反対の耳をドアにピタッと押し当てるようにつけた。

ドアはひんやりしていた。

「もしもーし、いるかー」

俺は、そう彼女にスマホで話しかけた。

そのあと、スマホを耳から離してズボンの太ももに押し当てた。

「はーい、いますよー」

部屋の中からも、彼女の直の声がわずかに聞こえてきていた。

やはりここなんだ。

そう思いつつ視線をおとしたら、ドアノブが目に入った。

俺はなんとなしに、ドアノブに手をかけてそーと下ろしてみた。

さらに、ドアを慎重に引いてみた。

ロックが引っ掛かる音と手応えとを予想していたのに、スーッと開いた。



中を覗く。

真っ暗だ。

「おーい」

俺は、何故かひそめた声で呼びかけた。

中の壁に手を這わせてスイッチを探り当てた。

カチッ、カチッ、カチッ

明かりが点かない。

スマホのショートカットメニューから、ライトの機能を起動させた。

スマホの背面側に強い光が点いた。

光を部屋の中へ向ける。

綺麗な廊下だ。

と言うか、何もない。

突き当たりに、すりガラスのはまったドアがある。

俺は玄関のドアがしまらないように、押さえている腕をギリギリまで、のばしながら進んだ。

これより先に進むには、玄関が閉まってしまうのことを受け入れるしかない。

カッチャ

玄関のドアが閉まり、部屋の外の廊下からの光は遮られた。

スマホのライトだけがたよりだ。

すりガラスのはまったドアのノブに手をかけ、開けた。

ドアの向こうの部屋の中を、スマホのライトの光でくまなく照らす。

空っぽだ。

物件選びのときの内見みたいに何もない。

そして、誰もいない。

シーンとしている。

シーンという音がうるさいくらいに静かだ。

俺は、すりガラスのはまったドアのノブとスマホを握ったまま呆然としていた。

すると後ろから光がさした。

玄関が開いて、外の廊下の光が入ってきたのだ。

「開いてる」

男の声だ。

振り返ると、まぶしかった。

俺は懐中電灯を向けられていた。

「通報してくれた人かなー?」

ドアノブからはなした手を目の上にやって、まぶしいというジェスチャーをした。

「すいません」

警察官がふたりいた。


そのあと俺は、警察の方から事情を説明してもらった。

まず、今回のようなことは、たまにあることだと。

電話の相手の彼女は何年か前、既に亡くなっているとのこと。

彼女が監禁されていたのは事実であること。

彼女は、犯人がスマホを忘れて出かけたときに、警察へ通報をしようとしたのだそうだ。

だけど、スマホを取りに戻った犯人に見つかって、犯人は激昂し、彼女を殺害したとのこと。

以前は警察に彼女から直接、通報が来ていたとのこと。

毎回番号は同じで、犯人のスマホの番号だったモノだそうだ。

現場に駆けつけても、監禁されている女性はいない。

通報の履歴から折り返しても、そんな通報はしていないと言われる。

部屋の住人は気味悪がって引っ越してしまい、いまでは310に住む人はいない。

電話の番号の主も気味悪がって番号を変える。

今ではその番号は欠番のようなあつかいにされている。

それでも、その番号からの通報はやまなかった。

今は警察でも消防救急のほうでも、着信拒否設定にしてある。

犯人は既に捕まっていることのこと。

犯人の名前は白川哲生だということ。

警察に彼女から初めての通報があり、現場へかけつけると、切断した彼女の遺体を白川が運び出すところだった。

彼女の霊は悪さはしないから安心していいとのこと。

何回か俺と同じように、ここにたどり着いた人がいる。

マンションオーナーは、もちろん310室のカギはかけているが、通報があると何故か開いている。

警察のなかでも、どのみちこうやって、通報があったら確認にくるのだから、着信拒否を解除して、彼女から電話があったら、毎回助けに行こうという人たちもいる。

その日に来ていた、警察官ふたりもその意見に賛成だという。

すいませんね、通報して頂いたときにお伝えしたかったのですが、警察が公に「幽霊の仕業です」なんて言えないので···


「彼女はずっと助けを求めてるんです」

最後に、警察のふたりは部屋中へ向かって手を合わせた。

俺は、半分泣きながら部屋の中へ向かって、

「助けにきたぞ」

と言った。








おれのした“白目様”の話のお返しとばかりに、萩野くんがしてくれた話だった。

怪談朗読を無数に聴いてるおれだけど、知らなかった話だ。

どこで仕入れてきたのだろう。

悲しい話だ。


部屋を開けたらいるはずの人がいなかった、という経験はおれはしたことがない。

けど、この前おれが会社で、資料を取りに行こうと、資料室のドアを開けたら、部屋の中が空っぽだった、という経験ならある。

そして、何にもない部屋の中央にぽつんと“あれ”がいた。

資料を後回しにして、別の作業を片付けて、後でもう一度資料室へ行ったら、もとに戻っていたけど。

あの“あれ”もどことなく悲しげで寂しい感じしたな。

 
 
 
 
 


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