箱
小春と睦夫さんは、メッセージアプリでのやり取りしかしていません。
会ったこともなく、顔もしらない人を好きなるのはおかしい、と言う人はいるかも知れないです。
ですが、小春は男性と会うこと自体が難しいのです。
それに、小春も睦夫さんも、誠実すぎて、奥手になってしまっているくらいだと思えます。
私は、一度だけ交際したことがあります。
相手は、高校のときの同級生でした。
つき合ったのは卒業後です。
私が職場の生花店の売り場にいたところ、声をかけられました。
それ以来、彼はときどき店に立ち寄って花を買っていくようにったのです。
そうなってから、しばらくして「クラスで仲よかったひとよんで、みんなで食事に行こうよ」と誘われました。
しかし、とくに仲がよかった訳でもなかったグループとの食事に、友人を誘うのは気がすすまず、断っていました。
けれど、彼はあきらめずに何回か「ごはん……ダメかな?」と、人なつっこい笑顔で誘ってきました。
彼は、常連のお客さんになっていたので、邪険にもできません。
さらに私は、彼に対して、すこしずつ同情的にもなっていました。
そして「ふたりでなら」と、食事の申し出を受けたのです。
食事にいき、そこで「つき合ってほしい」と言われたのです。
断りました。
彼が一回目の食事で「つき合ったてほしい」と、アプローチしたのには、理由がありました。
私が食事を「ふたりで」と言ったので、自分に気をもってくれている、と思ったからだそうです。
私は、関係のないことに友人を巻き込みたくなかったのです。
かといって、ひとりで彼の仲がよかったグループと食事に行くのは、気が重かったのでした。
ですから「ふたりで」と、言ったのです。
なぜ「ふたりで」なのか、はっきり言わず、彼に誤解をさせてしまいました。
なので、多少の負い目から、その次の食事の約束を、承諾しました。
そして、つぎの食事でも「つき合ってほしい」と言われましたが、断りました。
ふたたび交際を断ってしまったのが、なんとなく悪い気がして、また次の食事の約束を受けました。
それが、くり返しつづいたのです。
私はあるとき、彼の交際の申し入れを、受ける気があることを伝えました。
ただし、条件つきで。
条件とは「大事なことを優先していいのなら」というものです。
そうしたら、彼は、それでいいと言いました。
彼に、大事なことが、小春のこととは言っていません。
私も男性に、まったく興味がないわけではなかったのです。
顔のいい彼から、何度もアプローチを受けるのは、まんざらでもなかったのだと思います。
なので食事の約束も断らなかったのだと……
当時は、『彼に悪い気がしたから』、と理由をつけて、自分を納得させていましたが、きっとそう言うことなのです。
彼は高校のころ、私のことが気になっていたそうです。
けれど、私が男子としゃべるタイプではなかったので、声をかけれなかった、とのことでした。
私は、私のことを好きといってくれる彼に、好意をいだいていました。
だけれども、そんな彼とセックスをしても、『こんなものか』としか思いませんでした。
顔のいい男とつきあって、もとめられて、行為をしたら、感動があるものだと思っていました。
だって、周りの女の子は、それを望んでいましたから。
私にとって、恋愛も、セックスも感動できるものではなかったのでした。
それよりも、小春ができない恋愛やセックスを、自分だけしてしまったことに、申し訳ない気持ちになりました。
私が男の人とつきあっていることを、小春にはふせていました。
それは、申し訳ないからではないです。
小春に気をつかってほしくなかったからです。
小春が困ったときに、私に連絡するのをためらってほしくなかったからです。
しばらくして、私は彼と別れました。
小春のことで、用事ができたときに、彼は「もうちょっといいじゃん」などと引きとめるようなことを言いだしました。
私はわずらわしくなって、一方的に別れをつげたのです。
別れをつげたあとも、彼から連絡はきました。
直接、彼がお店にきたこともあります。
そのときは、そつのない接客をしました。
連絡は無視をして、そつのない接客を続けたら、あきらめてくれました。
いま思うと、悪いことをしてしまったと思っています。
話が長くなってしまいました。
何が言いたかったかというと、会った回数や、顔を知っていることは、あてにならない、ということです。
私はいま話したように、相手と何回も会ってから交際をしました。
けれども結局、私や私の父のように、薄情な人間だったら、うまくはいきません。
そして、小春と睦夫さんのような人なら、うまくいくはずです。
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