箱
公園で大丈夫だったので、少し遠出をすることになりました。
小春の作った服の、撮影をしにいこうという話になったのです。
睦夫さんは、撮影の穴場をたくさん知っていました。
人がこなくて、小春が好きそうな、画になる場所を。
探がすのも得意です。
小春は睦夫さんの写真が好きです。
そして、どの写真が特に好きかを伝えていました。
なので、睦夫さんは、小春の好みを心得ていたのです。
睦夫さんの運転する車に乗って、出かけます。
私達は、後部座席です。
私が運転席の後ろで、小春は助手席の後。
3人でドライブ。
私は、職場の車で、小春を乗せて、撮影しに行くことはありました。
ですが、発作を心配して、近場にしていました。
小春が遠出するのは、施設に入るまえ以来です。
小春は電車に乗れないですし、修学旅行も行っていません。
小春は子供みたいに喜んでいました。
睦夫さんは、カメラマンを担当。
小春の撮りたいものを、技術や知識でバックアップして、みごとに再現していました。
睦夫さんが写真を撮ってくれるので、小春自身がモデルをすることも、多くなりました。
睦夫さんが撮ってくれた写真は、SNSでも好評でした。
小春のために、出向く場所は必然的に流行りの場所ではなく、穴場になりました、
オフシーズンの海。
神社や、お寺。
動植物園の植物園。
寂れた小さな水族館。
ビルの一室にあるミニシアターの映画館。
片田舎のテーマパーク。
私たちはそろって、平日に出かけることができるのが、よかったです。
人気のないスポットを、全力で楽しんでいました。
睦夫さんとなら、小春はどこでも楽しめたのかもしれません。
そんな様子をみていると、私がいなくても大丈夫なのではないかとも思いました。
ですが、私がいなくなって、小春に症状が出てしまったら……
以前の小春で考えると、睦夫さんと会うだけでも、おおごとなのです。
せっかくここまで順調にきたのに、もし症状がでてしまったら、大幅に後退してしまうことになるのではないか……
私は、もどかしさを感じても、焦らないように我慢しました。
じょじょにですが、確実に前進していっています。
そのうち小春は、私が間に入らずに、睦夫さんと話せるようになりました。
それから、睦夫さんの顔を見て話すことも。
あいかわらず、ふたりの間は、あいたままです。
ですが私には、よりそい合っているように見えました。
ある日のデート先が、電車で帰れそうな場所でした。
なので、私は電車で帰ったのです。
以前は、デート中の私のトイレに、小春はついてきていました。
今は、私がトイレに行っているとき、小春はついてきません。
車内に睦夫さんとふたりっきりになっています。
たぶん、もうふたりだけでも大丈夫なのです。
私が帰ったあとも、小春は症状がでることはなかったそうです。
その日のデートは、私の思ったとおり、無事に終わりました。
いよいよ私ぬきの、ふたりっきりで会えるようにまでなったのです。
それでも、ふたりのデートのとき、念のために、私は自宅待機していました。
もし、小春に恐怖症の症状が出てしまったときすぐ駆けつけれるように。
それも、最初のころだけです。
デート中に小春の調子が悪くなって、帰って来ることもありました。
ですが、睦夫さんはそんなときも慌てずに、適切な対応ができていたのです。
そして、調子が悪くなってしまっても、小春は悲観的にならずにいてくれました。
以前の小春なら、「睦夫さんに迷惑をかけてしまった」などと、落ち込んでいたところです。
小春も、睦夫さんのお陰で変わりました。
そのあと、私は自宅待機もしなくなったのです。
完全に、睦夫さんへ任せています。
そして、ふたりっきりで会えるようになってから、まもなくのことです。
睦夫さんは、小春へ、正式に交際を申し込みました。
小春は「私なんかでよければ」と、承諾したそうです。
帰ってきてからも、小春はうれしくて泣いていました。
「私、男の人とつきあえるなんて思ってなかった」と。
そしてさらに、「咲のおかげだよ」と、小春は私に抱きつきました。
睦夫さんは、小春の男性恐怖症のことを、ほんとうによく理解してくれていました。
小春のその時の具合に合わせて、その都度、適切な距離感を取ってくれるのです。
絶対に、小春に無理をさせることはありませんでした。
小春は、睦夫さんに手料理をふるまう事も、ありました。
小春は、飲食店でご飯を食べることが、できません。
なので、ほとんど施設の献立しか食べたことがないのです。
施設の料理はおいしかったですが、施設では食べれないメニューに小春は憧れていました。
私がいるときは、配達してくれる方が男性でも大丈夫なので、デリバリーをたのむこともありました。
話題になっているお店の料理のテイクアウトを、お願いされることもありました。
施設を出て、私とふたりで暮らすようになってから、小春は料理をしたがったのです。
食べたいモノのレシピを検索して、作ってしまうんです。
おしゃれで、おいしい料理を。
睦夫さんも、小春の料理が大好きでした。
私たちの部屋へ、遊びにきて、食べることもありました。
そして、そのとき私は見ました。
小春は睦夫さんと、物の受け渡しができるようにまでなっていたのです。
手が触れないように気を使って、でしたが。
私は、睦夫さんがいつか小春の男性恐怖症を治してくれると、信じていました。
私には出来ないことをやってくれると。
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