箱
小春の表情に、自然な明るさがもどりました。
小春がまた、SNSですら男性を避けてしまうという、最悪️の事態はまぬがれたのです。
そして、陸夫さんと約束した日がおとずれました。
あらためて、三人で会う日です。
小春のコーデは完璧でした。
街に出るわけでもないので、決めすぎず、それでいて、ちゃんとかわいかったのです。
小春は緊張している様子でした。
ですがそれは、普通の女の子も、初デートの時に、するようなものでした。
小春と私は、前と同じ待ち合わせ場所の、公園に向かいました。
公園に向かう道すがら、すでに小春は私の後ろにかくれていました。
公園に入ると、睦夫さんが待っていました。
睦夫さんは、自分から近づくことはしませんでした。
はにかんだような、ぎこちない笑顔でしたが、ニコニコとしていました。
小春が近づいてくるのを待っていました。
私を挟んでいるので、小春はだいぶ睦夫さんに近づけたのです。
とはいっても、はたから見たら不自然な距離だったと思います。
お互いに「はじめまして」とかわしたあと、小春が言いました。
「この前は、ほんとにすいません」
「ぜんぜん気にしないでください」
挨拶らしい、挨拶ではじまったのです。
小春のことを考えて、今日はこの公園のなかだけにします。
とりあえずベンチに座ることにしました。
睦夫さん、私、小春、の順に。
私をはさんで、お互いに好きなふたりが、座っているのでなんとなく奇妙な気分でした。
小春はまだ照れていて、睦夫さんのほうを見れないようでした。
睦夫さんも、小春をあまり見ることは、しませんでした。
それは、照れと言うよりも、小春の恐怖症への配慮だと思います。
そして、最初はぎこちない会話でした。
ですが、メッセージアプリで、さんざんやり取りしているふたりです。
会話は、写真の話などで、すぐにはずんでいきました。
私をはさんで、たくさん話しています。
私は、ふたりの会話の邪魔になるのがいやでした。
なので、私にも共通する話をしようと、気づかうふたりに言ったのです。
「私はただの壁だと思って。これはふたりのデートなんだから」
それを聞いて、ふたりとも赤面してしまいました。
私はふたりのあいだで、趣味のプリザードフラワーの勉強をスマホでしていました。
優しいふたりなので、それでも私が退屈していないかときどき気にしてくれました。
私は、このふたりに対して完璧な存在になりたいと思ったのです。
「お腹すいてないですか?」
睦夫さんが私たちに聞きました。
つづけて「僕、なにか買ってきますよっ。駅前のカフェ、何かないかな……」と。
そこへ小春が、「あの、サンドイッチでよければ私つくってきました」と言いました。
小春は、持ち手のついた、かわいいカゴを見せたのです。
私は睦夫さんに言いました。
「小春のサンドイッチは美味しいのですよ」
「そうなんですかっ。頂いていいですか?」
小春に「お願い」とおしぼりをふたつわたされる。
ひとつを睦夫さんへわたしました。
小春は魔法瓶を取り出して、言ったのです。
「紅茶は飲めますか?コーヒーのほうがよかったですか?」
「コーヒーは飲めないです」
「そうなんですねっ!私もですっ」
睦夫さんと同じで、小春は嬉しそうだった。
私はコーヒーを飲めるし、むしろ好きです。
カップに注がれたアイスティーを、睦夫さんへわたしました。
なんとなく、バケツリレーが頭を過りました。
紅茶の葉っぱの種類は、私にはわかりません。
もちろんサンドイッチは、睦夫さんに好評で、食事のあとも話はもりあがりました。
小春が、男の人とこんなにも長く一緒にいたのは、はじめてです。
公園には途中、男の子、女の子の混ざった小学生のグループが入ってきました。
ですが、遊具のとぼしいこの公園はすぐに飽きられて、どこかへいきました。
私たちが施設に入ったくらいの年頃の少年少女達でした。
長い時間いましたが、その他にこの公園へ、人がくることはなかったのです。
お陰で小春は、睦夫さんとの時間を無事にすごせました。
この公園の人気がないことに、感謝しました。
そしてその日、小春が男性恐怖症の症状を出さずに済んだのは、もちろん睦夫さんのお陰でもあります。
睦夫さんは、小春に距離をまかせていました。
小春がとる、負担のないちょうどいい距離をずっとまもっていました。
睦夫さんは、もともと声や動きが大きいタイプではないと思います。
ですが、急に速い動きをしないように心がけていたように見えました。
はにかんだような笑顔だったものも、最後のほうには、自然に近い感じになっていました。
写真を取られるのは苦手で、こわい顔になってしまうと言っていた睦夫さん。
私は気にしてなかったですが、この前会ったときはたしか、表情がかたくて眉間にシワがよりがちだった気もします。
好きな異性にはじめて会うのだから、睦夫さんも緊張がなかったと、思えないです。
たぶん小春を怖がらせないように、やわらかい表情を練習してきてくれたのだと思います。
睦夫さんの、小春へのたくさんの気遣い。
それらは計算高さからくるのではなく、自然に小春を思いやってくれている感じがしました。
私が心配するような場面は、一度もなかったです。
私がこんなことを言う立場ではないのはわかっていますが、睦夫さんは満点でした。
その日は、公園だけでデートを済ませました。
ただ公園で話して、サンドイッチを食べただけです。
ですが、小春にとって、かけがえのない時間だったと思います。
水かけ遊びをしたあの公園。
あの公園に似た、この公園を、私は後ろ髪を引かれながら、あとにしました。
きっと小春も、そうだったと思います。
とはいえ、その公園には、そのあとも行ったのですが。
小春が睦夫さんといても大丈夫そうか、様子を見るために、同じ公園でデートを重ねました。
そうやって、小春と睦夫さんと私は三人で何回も会いました。
私は嬉しかったです。
小春が男の人と会えるようになって。
それも、積極的に。
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