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Watcher #22

おれと萩野くんの怪談合戦を聞いていた、三木さんが口をひらいた。

「うちの会社には“トマソン”があった」

三木さんの説明によると“トマソン”とは、機能するべき建築の一部が、本来の役割をはたしていないモノのことだという。

例えば、ドアの向こうが壁になっていて、ドアとして無意味になってしまっているモノだとかだ。

三木さんが入社したてのころ、会社に馴染めずにいたそうだ。

その時はバブル期で、世の中が“イケイケ”だったそうだ。

さらに、入社した会社は上場したてで、そのムードに拍車を駆けていたという。

もともと明るい性格でもなかった三木さんは、会社全体をつつむその空気になじめなかったそうだ。

会社には社員食堂もあったが、当時の三木さんは昼休みになっても行くことはなかった。

同僚と外へ出て食べに行くこともなかった。

最上階のトマソンで、持ってきていたお弁当をひとりで食べていたそうだ。

そのトマソンは機能していない階段だった。

三木さんの会社は、中央にエレベーターがあって、西と東の端のほうに階段があった。

西の最上階の階段は屋上へ続いていた。

東の最上階の階段は天井にめり込む形になっていた。

トマソンだ。

そこは、人が来ることのない穴場でもあったという。

三木さんは毎日そのトマソンに腰かけて、ひとり静かに弁当を食べていた。

あるとき、弁当を食べていたら声をかけられたそうだ。

優しげでやわらかな男性の声だった。

顔をあげると声の印象に合った青年がいた。

ギラギラや、けばけばした感じはない。

落ち着いた雰囲気で、かといって冷たい感じもしない。

見たことのない社員だったという。

名札には“本間”と書かれていた。

名前の上に小さく書かれた部署名は、三木さんとは別の部署だった。

本間さんも自分と同じように、イケイケムードの居心地が悪く、この閑静なトマソンへ避難しに来たのだと思った。

声をかけられたその日から、本間さんはトマソンに来るようになった。

三木さんは、本間さんといるのが心地よかったそうだ。

話が合うというのもあったが、何より無理にしゃべらなくていい雰囲気がよかったという。

沈黙が流れても、気まずくならなかった。

会社の他の人たちは、度々イケイケなノリに巻き込んできたという。

三木さんが戸惑って反応が遅れると、「ノリが悪い」と言われてしまったそうだ。

三木さんは、そんなイケイケな空気感が肌に合わないだけで、孤独を好んでいる訳ではなかった。

孤独とその空気とを天秤にかけて、一人でいることを選んでいただけだ。

なので、本間さんが来るようになって嬉しかったそうだ。

今で言う“ぼっち”にならずに済んで、感謝したそうだ。

ふたりで話をしていくと、本間さんは三木さんより4年も先輩だと言うことがわかった。

童顔のせいか、本間さんはそう見えなかった。

毎日のように昼休みを共にすごしていくうち、三木さんは本間さんを信頼していったという。

三木さんは本間さんに、この会社の空気に馴染めないという、悩みを打ち明けた。

だから自分は昼休みに、人気のないこのトマソンに来ていると···

同期くらいにしか見えない本間さんだったが、三木さんの悩みを聞いているとき、間違いなく後輩を心配してくれる優しい先輩の目をしていたそうだ。

本間さんは三木さんの話を聞き終えて言った。

「ひとりで堪えてきたんだ···辛かったな」

当時は根性論が氾濫していた。

そんななか、三木さんは本間さんにわかってもらえて嬉しかったそうだ。

三木さんはまだ若かったし、周りとの大きなギャップが耐えがたかったそうだ。

浮いてしまって、仕事にも支障がでることもあったという。

「俺もあの感じは苦手だけど···でも、苦手意識にとらわれてたら、自分で自分を追い込んじゃうぞ」

たしかに、自分で選んだ孤独だ。

意地で自分を苦しめているところもあると思ったそうだ。

「無理はしなくていいけど、出来る範囲でコミュニケーションとってみなよ」

自分の気持ちをわかってくれた上でのアドバイスだったので、抵抗なく受け入れることができたそうだ。

「それでもし、何かあったら、俺に言いなよ。出来ることはするから」

頼もしかった。

そして三木さんは思ったそうだ。

もしかして本間さんは最初から、ひとりでいる自分を心配して声をかけてくれたのか、と。

「大丈夫だよ。三木なら時間がかかっても、きっと馴染めるよ」

それから三木さんは、周りと少しずつコミュニケーションをとるようにしたという。

本間さんの言うとおり、大丈夫だった。

三木さんの心配に反して、すんなり受け入られていった。

だけど、昼休みは相変わらずトマソンですごした。

本間さんと合うためだ。

出社することが憂鬱ではなくなった。

仕事も順調で、平穏な日々を送っていた。

そんな中のある日。

その日も昼休憩に、トマソンへ向かった。

エレベーターで最上階へ行き、東側の階段へ向かった。

トマソンにつく。

向かって左側が、天井にめり込む登りの階段、トマソンだ。

右側は下りの階段。

下りの階段の先、最上階とその下の階の間の踊り場。

踊り場の窓の外を何かが落ちていった。

落ちていったのが、人だとわかった。

人だと確信したし、それが、本間さんだとも確信した。

ほんの一瞬だったのに。

三木さんはは窓に駆けつけていたそうだ。

落下防止のためか、窓の位置は高い。

高いせいで、下を覗けなかった。

確認できない。

階段を駆け下りた。

駆け降りながらぐるぐるといろんな考えが巡ったそうだ。

本当に本間さんだったのか?

思い込みじゃないのか?

そもそも本当に人だったのか?

本間さんだったらどうしよう···

落ちていく本間さんと目が合った気がした。

もっと言うと···

本間さんは、助けてほしいという目をしていた。

自分はなんてバカなんだ。

本間さんも何か悩んでいたんだ。

思い詰めていたんだ。

辛いのは自分だけだと思っていた。

自分のことばかり考えていた。

なんで気づけなかったんだ。

違っていてくれっ。

見間違いであってくれ。

地上に着いて、落下地点とおぼしき場所へ駆けつけた。

何もない。

騒いでいる人もいない。

人でなかったにしても、あの大きさのモノが落ちてきたら騒ぎになっているはずだ。

社屋の外周をまわったが、何もなかった。

それでも、たしかに見た。

三木さんは社内に戻って、本間さんの部署へ駆け込んだそうだ。

見た覚えのある同期がいたという。

本間さんはいるかと聞いた。

「本間?」

なんで先輩のことわからないのかと、三木さんは憤ったそうだ。

その同期とのやりとりに、外から帰ってきたその部署の先輩だと思われる人物が首を突っ込んできた。

「どうした?」

その先輩は、本間さんの名前を聞いて表情が固まった。

「本間がどうしたっ」

「屋上から飛び降りたかも知れないんですよっ」

「ちょっといいか?」

そう言われて、その先輩に空の会議室へつれていかれた。

そこで、三木さんはその先輩に、本間さんのことを聞かされたそうだ。

本間さんが飛び降りたのは、三年も前だという。

当時、会社は上場する直前だった。

本間さんの部署は、株式公開準備の担当部署でもあった。

慢性的な人手不足で過酷な残業がつづいていた。

パワハラも横行していたという。

とはいえ、当時はまだセクハラという言葉がやっと知られたところで、パワハラなんて言葉はなかったそうだ。

その先輩は、本間さんの自殺の原因は過労とパワハラだと思うと、言ったという。

上場に向けて穏便に済ませたい会社の思惑で、パワハラは隠蔽されたそうだ。

自殺の理由は不明ということになったという。

当時、三木さんの会社の建物は、今の半分しかなかったそうだ。

東側だけだったという。

そこへ、西側を鏡写しのように増設して今の社屋の形になったそうだ。

何を思ったのか、会社はそのついでに、東側の屋上へ出る階段をふさいだ。

そんなバカげた、物理的な隠蔽が効いたのか、会社は、本間さんの自殺の責任を追及されることはなかったそうだ。

屋上へ出ると、西と東の真ん中をフェンスが遮っていた。

フェンスの一部が扉のようになっていたが、南京錠がかかっていた。

フェンスの奥には真新しい献花が置いてあった。

三木さんが落ちていく本間さんを見たのは、本間さんの命日だったという···



そこで三木さんは、萩野くんに向かって

「さっき君のした話が、似てたから、思い出したんだよ」

と、言った。

さらに、

「君の話の登場人物のようの振る舞えたらよかった···」

と、つづけた。

でも、出来なかったという。

その体験の後、三木さんはそこのトマソンに近づけなかったそうだ。

本間さんの霊が窓の外を落ちていくのを思い出すと、怖かったという。

三木さんの頭のなかの本間さんは、落下しながら「た·す·け·て」と口を動かしていたそうだ。

そんな筈はない。

落下するスピードで、口の動きなんて見えるわけがない。

もっと酷いときは、その口の動きに合わせて本間さんの声で「助けて」と再生されたという。

三木さんは本間さんの記憶に悩まされたそうだ。

三木さんが、東の屋上に花を供えて手を合わせることができるのには、数年かかったいう。


三木さんが話を終えて、おれ達の間に長い沈黙が流れた。

その沈黙を破ったのも三木さんだった。

「作り話だけどね···」

やられた···

「えー!なんだっ、三木さんもですかっ」

と、萩野くんが言った。

それは、沈黙が破られたことに対する、安堵のこもった声だったと思う。

こうして怪談大会になってしまった、プチオフ会は幕を閉じた。

帰り道、三木さんの話を思い返していた。

トマソンか···

本来の役割をはたしていないと言えば、この前見た“あれ”もそうだったな···


あれじゃ、脚の意味がないだろう。

いまさら“あれ”に対して、機能どうこういうのもなんだけど···

それにしても、三木さんの話、本当に作り話なのだろうか。

三木さんの目は細すぎて、いつも笑っているみたいで、ウソを見破るのは難しい。

だけど、「作り話だけどね」と言ったあとの三木さんの目が悲し気な目をしているように見えた。

あれは、おれの見違えだったのだろうか。

 
 
 
 
 
 
 


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