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《エピソード24・戦い》弱冠20歳で1000万超えの借金、鬱、自殺未遂、親との確執。からの逆転人生を実現させたリアル話。

逃げ道のない戦い

毎月18万の返済と2万円の定期預金。これが僕に課せられたものだった。今まで、自分のお金のように借金を繰り返し、遊び、戦うことを避けてきた僕にとってのそれは逃げ道が隠された一本橋。踏み外せばもうあとはなく、休むこともできない。自分で作り上げてしまったその状況にただただ挑むしかなかったんだ。

ローマは1日にして成らず

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毎月の支出が20万と決まった以上、最低20万を稼がなくてはいけなくなった。20万を

稼いだとしてもそのすべてがなくなるのだから、生活をするためにはそれ以上を稼がなきゃいけない。僕の中には売れるような価値はなにもなくて時間を切り売りするしか方法はなかった。もちろん、もうギャンブルなどできない。

そもそも、楽をしようとする人間は近道をしようとするものだ。“ローマは一日にして成らず“。簡単に結果を出せる近道など存在しない。存在したとしても、遠回りをしたことがない人間にとっての思いもよらない近道は人間を壊しかねない。

大金を稼いだことも使ったこともない人間が宝くじにでも当たって大金を得るとどうなるか?想像すると簡単だろう。

ギャンブルで借金を背負った時も、早く状況を打破したいがために“ジャンプ“しようとする。稼いだお金をギャンブルで増やして大きく返そうとするのだ。コツコツと確実に減らしていくのが1番の近道なのに、飛び級を狙おうとする。プロのギャンブラーでない限りそれはほぼ成立しない。楽をしようとする人間には運やチャンスは回ってこないというのは神様が作ったルールなのだろう。

逃げ道を失った僕は、ギャンブルにも逃げられなかった。後ろめたさや申し訳なさ。二度と繰り返してはいけないという絶対的な戒め。

それでも毎月20万の返済をするために働いたのは・・・パチンコ店だったのだ。

リスタート

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自分自身に対する見せしめなのか。いや、20歳そこそこでここまで稼ぐためには、少しでも時給の高い場所を選ぶ必要があった。アルバイトののちに社員になった僕は週6勤務で月給28万円。このお金があれば生活費も捻出できる。

ボーナスはなかったけど、同年代の会社員よりもはるかに高い給料を貰えた。僕の返済の戦いは週6勤務の月給28万円でスタート。そして同時に“死ぬ気でもう一度野球に打ち込む“という夢への再チャレンジも始まった。

パチンコ店の勤務は早番と遅番と二交代制で、早番は朝8:30出勤で17:00まで。遅番は17:00出勤の23:00まで。拘束時間は短いものの休憩時間は少なく立ちっぱなしの仕事なので体力を使う。タバコの臭いは体に染み込んでた。

この時間をベースとしてここに“野球時間“を組み込んでゆく。

取り組んだことは増量とトレーニング。ダイエットの逆だ。拒食やストレスで食事をしてなかった僕は体重58kg前後まで落ちていて、とても野球をするような体型ではなく、これを改善させなければ決してプロには通用なんかしなかった。

食べても太らない体質だった僕にとって「食べること」は苦痛で仕方なかったけど、やらなければなにも始まらない。

この時からパチンコ店での週6勤務と増量とトレーニングの地獄へ飛び込んだ。

食事は1日7食。朝5:00に起きて食事がスタート。

5:00、7:00でどんぶり飯を食べる。仕事の休憩(1時間に一回5分休憩があった)で必ず何かを食べ、仕事の後も米を食べる。もう、狂ったように食事をした。

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“食べないという習慣“を壊すのに、2週間は苦しみしかなかった。まさに地獄。地獄の何者でもない。

食事に加えて、仕事の前後でジムに通い出した。早番の時は仕事終わりに。遅番の時には仕事の前に。ほぼ毎日。それを欠かさないように決めた。

やめたいという甘い自分が毎日出てくる。誰と戦うわけでもない。毎日毎日、逃げようとする自分自身との戦いだった。

慣れないことをするのは1番の苦痛だ。辛く、重く、激しい抵抗感を感じる。それでも何かを獲得するためにはそれを乗り越えなければいけない。人間には決して楽な道は用意されていないんだ。

そんな毎日が始まった。

過度な食事。トレーニング。週6での勤務。日々は変わっていった。僕自身の体も少し、また少しと変化が現れた。

行動を変えると何かが変わる。それでも、人の人生がいかに自分自身の弱さでできているのかがわかることが起きることになる。

変化していく日々にどこか安堵していた僕にとって、あんな感情はもう二度と出てこないと思ったのに・・・

続きはまた。







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