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板前割烹:厨娘日記・**豆腐

題は伏せ字。Note記事はスピンです。
画像:https://www.hamasaku.kyoto/building/<京都の浜作>から加工。

*割烹は姉妹二人と、裏方で中年過ぎの夫婦が切り盛りしている。

客は常連さんである。毎週、木曜日の夕刻早くやってくる。もうかなり高齢である。しかし、体躯は衰えているようには思えない。まだ隠居はしていないが、老舗の一つであり、地元の名士として名が知られている。

割烹では、「お品書き」はなく、いわゆる「お任せ」に準じている。客とのやりとりの内に個人的な注文は把握していった。今夕の客は特に嗜好に拘ってはいない。味音痴ではないが、すべてを受け入れる舌をしている。

最初にお水は出さない。水を出せば、消化せず飲み込むようになるので、避けている。お通しの素材は代わったものではない。ただ調理法が違っていそうだ。シャキシャキ感はないが、調理した葉ものは柔らかい。

お客はいつものようにお通しから前菜に親しんでいるように食している。

姉の厨娘が「本日の一品です。」と。優しく、おっとりと右手の袂を軽くたぐり、客前に通す。袂から覗いた手首の肌は艶がほんのり。客前に通された器がコンと軽い音をすずる。

器の中から醸し出す焼き味噌が香ばしい。白い食品が焼かれているようだ。

(ミソと一緒に焼かれている?田楽?)

何の品が出て来たかには興味があるが、客は変わったお品が出て来ても動じはしない。箸を運ぶ。すでに食材は知っている。

「ウン・・・」

変わった食感に客は思わず興味が湧いてくる。

(豆腐だが、・・・この食感は・・・)

焼かれたミソが鼻をくすぐっている。姉の厨娘が柔らかに伝える。

「豆腐に気泡を閉じ込めたものです。」

客は一瞬、食べ始めに、驚きの表情を見せたが、今までと違う食感を楽しんでいる。

妹厨娘が頃合いを見計らって次のお品を繰り出していく。

やがて、馴染みの客は立ち上がり、

「今度は妻と一緒に来るよ」

暖簾を分けて後ろ姿を見せた。客の後ろ姿は伝統的な食材を変わった調理で仕上げた品を満足している。


*農文協編(2013年)「気泡豆腐」『地域食材大百科』第9巻、農文協、66-68頁。
*浜作・森川裕之(2013年)『和食の教科書 ぎをん献立帖』世界文化社。