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Short:フランス美女の手料理はキッシュ

<tentative>

「あなたも来なさい」
大家が誘ってきた。友人がディナー・パーティをするという。お気に入りの鉄板バーガー屋があり、ブランチを楽しめるレストランでも食事していたが、家庭料理は味変するので、ありがたかった。一も二もなく賛成し、同行することになった。

当日、行ってみると、5人しかいなかった。主催の中年過ぎの夫婦二人に、大家と自分。夫婦の知人といっていたが、若い女性だった。入学時にホームステイしていたのかもしれないが、関係については知らずじまいだった。

若い女性はフランスから来ていると話した。見ると、持っているフランス人のイメージとは違う。雰囲気は日本人とあまり変わらない。それも、かなりコンサーバティブだった。髪はチャコールグレーか、幾分黒みの濃い赤みを帯びていた。目は碧眼などではなく、グレイ・ブラウンにしか見えなかった。しかし、水晶体は透けているようだった。背も高くはなかった。着る物もこざっぱりとしていた。

主催の夫婦二人と大家は親しかったのか、よく話していた。彼女と僕は聞き役のよう。彼女は時折質問されていた。

料理の話しが出た時には、思わず口を挟んだ。しかし、話しを展開されると言い淀んでしまった。彼女が「食べるのだけが好きみたいね。」と漏らした。笑いが響いたが、苦笑いに近い笑いで応じた。

よほど美味しそうに食べていたのだろう。自分としては、味音痴だと思っているが、それを告げる勇気はない。

食事後コーヒーを飲みながら雑談したが、その時、彼女から「今度、ご馳走するよ」と告げられた。その時に、キャンパス近くの一軒家の部屋に住んでいると告げられていた。

フランスから来ていたので、(えっ、フランス料理)頭を過ったが、すぐ思い起こした。(レストランではないし)どんな料理なんだろう。味音痴だが、料理は大好きだ。

約束の日、彼女は一軒家に住んでいた。シェアハウスと言うよりも、寮生活をしたくない知人(この家では、彼だけ車を持っていた)が家を一軒借りて、皆で各部屋(2部屋+居間、ベースメント、2階4部屋)を分けて住んでいた。その一部屋を借りていた。

住んでいる家からそれほど離れていなかった。小さなカントリーなので、かなりの人が徒歩圏内に住んでいた。彼女の家とは2ブロック、離れているに過ぎない。メインストリート付近の小さなフラワー・ショップで花を手に入れ、訪問した。

「やぁ、君か」
家の玄関から出てくるカップルに出会った。女性が擦れ違うとき、右手の指を軽く振る。彼女が話していたカップルだった。

ドアは鍵が掛けられている。ドアホンを鳴らすと、待っていたかのように彼女が招き入れる。居間に女性が一人いた。今まで話していたらしい。その女性もマスターコースだった。来たら出かけようと思っていたらしく、挨拶の後、布バッグと文房具を小脇に抱えて出て行った。

彼女が居間のソファを勧める。彼女に花を手渡す。彼女はコーヒーを持ってきた。話していると、女性が2階からトントンと下りてきた。一瞥すると、彼女に声を掛けて出て行った。

彼女はいそいそと料理を始める。何かパイに詰めている。(ホウレンソウ?)しばらくすると、できあがったのか、ダイニングテーブルに持ってきた。(えらく簡単だな)パイ生地の中に具材が入れられ、チーズが覆っているようだ。食べてみると、何か角張ったソーセージ(?)が入っているのか。当時はキッシュなど食べたことはない。不思議そうに食べていると、彼女がクスッと笑う。

※後で分かったことだが、ずいぶんというか、この記事を書いて、調べると、「ブロック・ベーコン」だった。ベーコンと言えば、平たいのしか食べたことがない。出身地は聞いているが、別に、これから、出身地は推測できる。答え:ロレーヌLorraine。フランス北東部。東にアルザス。

食事が終わり、雑談していると、最後に残っていた学部生が手を振って出て行った。若者らしい見事なセンスで着こなしていた。(デートかな、思っても顔には出せない)

「部屋で飲みましょう」
コーヒーを運んでいく。小さな椅子を勧められ、テーブルともいえない台にコーヒーを置いた。

フランスの田舎で育ち、奨学金を得て、大学院に進学してきたことや、姉妹などはいず、学位を得たら、帰国し、郷里の近くで、大学の職を得たいと話していた。かなり優秀らしく、専門の話をするときには、目が澄み、深い清明さが見えた。

「明日、ブラウンバッグセミナーがあるわ。聞きに来る?」と誘われたが、部外者であるし、専門も違うので、遠慮した。

昼下がりのキャンパスは帰宅する学生も多く、すれ違いながらオフィスに着いた。気怠い時間が過ぎる。柔らかいコーヒーを飲み直した。隣に、古い図書館が今でも残っており、雰囲気がいいからか、彼女はよく使っていたようだ。

3月上旬、後輩が駐車場で、車に何か積み込んでいる。
「教授が所属先変更でね。着いて行くんだ。ピッツバーグだけど」
「近いね」
「まあね」
「またね」
彼は夕刻前にキャンパスを去って行った。(人事の季節か)

週末にはほとんど人は来ない。急ぎの仕事があるので片付けようとオフィスに出かけた。昼食時間になり、側のストリートにサブマリーンサンドイッチに似たサンドイッチを出す店がある。チェーン店ではなく、個人の店だった。

昼食を終え、店を出たところで、前を女性が横切っていく。見覚えがある。挨拶すると、彼女は振り返り、笑みを浮かべる。
「いいところで出会ったわ」
「ドクターコースはシカゴにしたわ」※学際領域としての公共政策を学んでいた。
進学先を悩んでいることを聞いていたので、軽く相づちを打つ。
「あ・・・そうなんだ」
「専門に近いの、いい研究者も多いし」
「明後日、立つわ」
「寂しくなるね」
(料理、美味しかったよ)
言葉が出かかったが、飲み込んだ。
「じゃね」
「またね」
言葉を置いて、彼女は歩き去って行った。午後の仕事は気が抜けたようで捗ることはなかった。

学期の終わりはなんとなく寂しい。寂しさをほどきながらタスクをこなしていく。帰ってみると、手紙がきていた。
[今週末、シカゴに行きたい。空港まで迎えに来て欲しい]
シカゴにオヘア空港がある。飛行場の建設は1942年に始まっている。同い年だ。

約束の日にオヘア空港に行き、彼女をピックアップした。彼女はライトの邸宅を見たいという。ライト本人の邸宅に、作品を2邸ほど見学した。見学が終わり、翌日には彼女を乗せて中西部の地方都市に8時間以上掛けて移動した。彼女は研究の疲れもあってほとんどの行程を爆睡していた。

数日滞在し、帰ろうとすると、自動車が欲しいという。研究調査にかなりの頻度で出かけるという。
「あなたは新しい車買えばいいは」
車を置いて、空港まで送られ、到着先の地方空港のタクシーで帰らざるを得なかった。

カントリー暮らし、フランスの彼女も徒歩圏内で生活していた。しばらくは徒歩生活を楽しもう。

---End