見出し画像

ごくうが行く:さくらの宿題が解決した

おび

犬を飼っていると、散歩が欠かせない。キングとも散歩したし、さくらとも散歩したし、ごくうとも散歩する。散歩していると、いろいろあるが、宿題が出てくることもある。さくらとの散歩で出た宿題がごくうの散歩で解決した。

さくらが行く

キングの散歩も、さくらの散歩前半も、夜の散歩が主だった。さくらと散歩していたとき、夜8時過ぎ、一人のシルバーと出会った。会合があったのか、フォーマルな服装に、手提げで折り詰め弁当らしいものを持っていた。帰り道に近くのコンビニで、何か買い物をしたいと思ったのか、コンビニ向かって歩いていた。

さくらもマーキングのために木立に立ち寄る。その隙に、シルバーの人は、知人でもなく、話したこともなく、まさに始めてだったが、話しかけてきた。
「昨日、うちのばあさんが入院したよ。」
何の脈絡もなく、話しかけてくる。
「それは大変ですね。」
ただ頷くように応える。
「うちはあそこだよ。」
シルバーの人は自分お家を指さした。通りの反対側にあった。小高い坂を上がったところにある。時折、自動車が坂の途中まで上がり、駐車して家に上がっていた。

シルバーの人は二言三言自分の状況を説明すると、コンビニに向かって歩いて行った。さくらも歩き出し、夫婦で並んで歩いて離れていった。
「どうして話掛けたんだろうね。」
「そうね。」
答えなんかあるはずはなく、話しかけられたことは印象に残ったまま散歩を続けた。

それから、さくらが散歩で歩くたびに、その家を見ながら、妻が呟く。
「あのおじいさん、どうしとってでしょうね。」
「あのおばあさん、どうしとってでしょうね。」
繰り言のように、問いかけるように話す。

さくらが亡くなってからも、散歩しながら、その場所を通るたびに、思い出したように話が出る。

ごくうが行く

ごくうが来た。ごくうも時に同じ散歩コースを行く。同じように、妻は思い出しては、
「あのおじいさん、どうしとってかねー。」
呟くように尋ねる。
応えるともなく、ただ相づちを打つ。ごくうはそんなこと気にも掛けず黙々と歩き、マーキングする。

4年経ったある日、今日もごくうと散歩に行く。いつも散歩道で出会うもう一人のシルバーに出会った。
「桜が咲いてきたねー。」
時候の挨拶が出る。
「そうですね。でも、ヤマザクラでしょうか。」
「持田さんのところはソメイヨシノだよ。」
指で指して、ソメイヨシノを示す。
「ああ、あそこの・・・」
「持田さんは先代市長の後援会のひとだったよ。個人的にも、いろいろ助けて貰ったよ。」
驚きを隠さず応える。
「そうなんですか。」

ふとごくうに視線が行った。男の子がごくうを同じ高さになって可愛がっている。ごくうも可愛がられるままに任せている。

「もう一度、お名前を。」
「持田さん、持田さんだよ。」
「そうですか。先代のさくらの散歩の時に、あの方にお会いしたんですよ。」
「そう。」
続けて、息子二人のことや、住んでいるところなどを説明する。
「何の知己ものなく話しかけられたんですよ。どうされとってんですか。」
「もう、なくなっちゃったよ。」
「おばあさんは?」
と尋ねると、
「施設にはいとってよ。」
「そうなんですか。」

ごくうをふと見ると、男の子は可愛がり終えたのか、去って行った。

シルバーの人も一言残して散歩に出かけた。
「またね。」

ごくうは黙々と歩いて行く。

おび