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Football Life

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世界のどこへ行ってもサッカーはあります。こちらではボールを求めて訪れた国でのエピソードをお伝えしようと思います^^
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2020年7月の記事一覧

Football Life vol.48

「今まで行った中で一番衝撃をうけた国はどこですか?」 たまーにそんな質問をうけることがある。衝撃にも色々な種類があるけれど、インドは衝撃を受けた国のひとつだ。 僕がいったのはベンガルールという南部の街で、インドのシリコンバレーと呼ばれている。細かい日程は忘れてしまったけれど、2006年10月に僕は2回この街を訪れた。一度目はA代表のアジアカップ予選。二度目はU20W杯のアジア予選だった。 初めてベンガルールに到着したのは夜中だった。タクシーで予約していたホテルへ直行する

Football Life vol.47

僕は気象のプロではないけれど、職業上、天気には気を遣っている方だと思う。専門的な教育を受けたわけではないけれど、20年近く気にしているとなんとなく天気のことが分かってくる。 「今日は晴れそうだな」とか「一日、雨か」とか「生ぬるい風が吹いていたのに急に冷たい空気が入ってきたら強い雨が振る」とか。 ここ10年くらいは大気が不安定なことが多いことが増えた。子供の頃は夕立だったものが、今ではスコールを飛び越してゲリラ豪雨と呼ばれ、東南アジアより日本の方が暑いなんてこともザラだ。仕

Football Life vol.46

僕が「ゲリラ豪雨」という言葉を認識したのは2008年だったし、ついさっきまで2008年くらいに生まれた言葉だと思っていた。 しかし、ウンチクを語ろうと思い、グーグル先生に聞いたところ、1969年8月の読売新聞で、すでに使われていたらしい。 で、2008年。国立競技場でおこなわれた北京五輪代表の壮行試合、対アルゼンチン戦。 この試合はゲリラ豪雨によって、後半40分くらいで打ち切りになった。 雨具を用意していなかった僕は早々にマラソンゲートへ退避して、雨具を用意していたカ

Football Life vol.45

6月27日ドルトムント この日は決勝トーナメント1回戦の最終日で、僕のドイツワールドカップ取材の最終日でもあった。 雑観取材がメインで、準々決勝以降はレストデイが設けらているから、費用対効果を考えての苦肉の策だった。今、思うと最後までいれば良かったなぁと、あのときの決断を後悔している。 19日間の行程を書き出してみるとこんな感じ。 フランクフルト▷ゲルゼンキルヘン▷フランクフルト▷ドルトムント▷フランクフルト▷ケルン▷フランクフルト▷カイザースラウテルン▷フランクフル

Football Life vol.44

6月27日ドルトムント 10年以上前の話だけれど、写真を保存していた外付けハードディスクがクラッシュしてしまったことがある。そのとき被害にあったのは2004年〜2006年にかけての3年間分で、基本的にすべて消えてしまった。 今、毎日のように更新している写真はいわゆる「作品」と位置づけた写真たちで「絶対に消えて欲しくない」写真を別の外付けHDDに保存していて、難を逃れた写真たちだ。 だから、本当は6月26日の写真を出したかったのだけれど、どこを探しても見当たらず、記憶にも

Football Life vol.43

6月25日シュトゥットガルト 決勝トーナメントに入ってから、フリーランスカメラマンはピンチに陥っていた。同宿の先輩によると日本のフリーランスはことごとくトリビューンに回されているというのだ。 トリビューンとは記者席のことでピッチサイドのカメラマンが多くなりすぎるとスタンドの記者席に回されるか、撮影そのものを断られてしまうこともある。 特に厳しいのは地元ドイツとイングランドの試合だ。どちらもメディアの数が多いことで知られカメラマンも多いから、部外者の日本人は立場が弱い。

Football Life vol.42

6月24日ミュンヘン 今日から決勝トーナメントが始まる。この日、訪れたのはミュンヘン。開催国ドイツがスウェーデンを迎え撃った一戦。 スタジアムやパブリックビューイングは少し食傷気味だったので、街中をブラブラして見つけたのがコチラ。商店が立ち並ぶアーケードで自主的なパブリックビューイング中にお邪魔した。 この日はポドルスキーがキレキレで試合開始12分までに2得点を挙げて、リードを守りきったドイツが準々決勝にコマを進めた。 98年のフランス大会から本大会への参加国は32に

Football Life vol.41

6月23日カイザースラウテルン 日本がワールドカップから姿を消した翌日、僕はカイザースラウテルンにいた。日本がこのワールドカップで最初に躓いた場所だ。 この日はものすごく暑かった。連日の疲れもあるし、日本敗退で気が抜けてしまったのもあると思う。いつものような気持ちで撮影に臨めていない自分がいた。 木陰で腰を下ろして休んでいると、陽気な一団がズンズンと坂道を登ってくる。グループリーグ2試合を終えて、得点7、勝ち点6。これ以上ないほど調子の良いスペインの皆さんだ。 「エス

Football Life vol.40

6月22日ドルトムント 4日前にクロアチアと引き分けたことで、ジーコジャパンの命運はほとんど尽きていた。なぜなら、絶対に勝ち点3が必要な試合なのに対戦相手がブラジルだったからだ。 しかし、試合は96年アトランタ五輪の「マイアミの奇跡」を思い出させるような内容だった。10年前もスーパーセーブを連発した川口能活がこの日もあたっていた。枠内に飛んできたシュートにことごとくタッチしてゴールを許さない。 そして、前半34分、三都主のアウトサイドのパスに反応した玉田が左足を振り抜く

Football Life vol.39

6月21日ゲルゼンキルヒェン ドイツは思ったより大きい国ではない。北のハンブルクと南のミュンヘン。800キロほどで、車なら8時間、ICEなら6時間足らずで着いてしまう。日本よりも国土は狭い。さらにスポーツに理解がある国で、ワールドカップを盛り上げるためにさまざまなサービスを提供してくれていた。 例えば、取材パス保有者は新幹線を含めた国鉄が乗り放題だったし、サポーターも格安でICEが乗り放題になるチケットが用意されていた。だから、基本的にみんながICEを使って縦横無尽に動き

Football Life vol.38

6月20日ハノーファー このワールドカップでは3枚の観戦チケットを持っていた。一枚目は日本対オーストラリア。そして、二枚目が今日の試合だった。 この日、対戦したのはコスタリカ対ポーランド。 レヴァンドフスキはまだ16歳で世界に知られる前だし、両チームを通じて名前を知っていたのはコスタリカのワンチョペくらいだった。しかも、両チームともに2連敗で迎えたブービー対決だ。 お隣のポーランドからたくさんのサポーターが詰めかけたこともあって、この日、ハノーファーの街はポーランド人

Football Life vol.37

6月19日ドルトムント ワールドカップが始まって10日。ドイツ生活もペースが掴めてきた。僕は試合の2時間前くらいからスタジアム周辺をうろつき、美女に声をかけたり、酔っぱらいに絡まれたりする。試合が始まるころには帰路につき、近所のスーパーで買い出しをして、先輩たちのために夜食の準備をするのが日課になっていた。 あるとき、パスタ用にトマトソースを作ってみたら、酸味がキツくて焦ったことがある。醤油とかソースとかケチャップとか、いろいろな調味料と水を足して、ひたすら煮込んでいた。

Football Life vol.36

6月19日ドルトムント アフリカのサポーターはとにかく賑やかだ。そこがどこであっても彼らにとっては関係ない。 ジェンベと呼ばれる太鼓やマラカスのような楽器、何もなければ手拍子と歌で強烈で複雑なリズを刻む。これが早口言葉なら確実に舌を噛んでしまいそうなリズム感だ。 すごく楽しそうな彼らを見ていて不満な何もない。しかし、残念なことがひとつだけある。 彼らの代表、トーゴ代表はエマニュエル・アデバヨールを擁し初出場となったワールドカップでの活躍を期待されたけれど、結果は3戦全