◆小説◆ おばあちゃんの喫茶店3「わが家の戦争」
このは「あぁ、もう……なにこの戦争。
両方で全然違うこと言ってて、わけわかんないよ何これ……。
まわりみんな『絶対にこっちの方を応援しなきゃいけない』みたいな感じで、それもなんか怖いし……」
高校からの帰り道。
戦争の不安と情報の錯綜で、このはは頭がぱんぱんだった。
頭痛や吐き気を堪えつつ、喫茶店の裏口から自宅へ入る。
このは「ただいまー……」
おばあちゃん「おかえり……」
キッチンにいるおばあちゃんが、なんだか困ったような顔をしている。
このはは頭痛でイライラしながら、ふすまを開けて畳の部屋に入る。
ぶすっとした顔のはなびが、座布団に座って腕組みをしている。
このは「なに? ケンカしてるの? やめてよもぉー……」
はなび「おばあちゃんが勝手に決めるからいけないんじゃん」
おばあちゃん「でも、午後なら行けるんでしょ? 大丈夫じゃない」
はなび「遊びにいく約束してたの!」
このは「なに? 何があった?」
はなび「おばあちゃんが電話取って『来週の日曜日空いてる?』って言われて『夕方からなら大丈夫だけど』ってオレが言ったの。
そしたら、なんか先生が熱出しちゃったから、塾の日取りが変わるって言われて、日曜の夕方が塾になった」
おばあちゃん「予定空いてたんでしょ?」
はなび「昼は友達と約束してたんだよ! なんか、早めに帰らなきゃいけなくなるかもじゃん! なんで勝手に決めるの?」
おばあちゃん「予定空いてるって言ってたから……」
はなび「確認! 確認して!」
おばあちゃん「おばあちゃんだったら、予定空いてたしちょうど良かったって思うよ?」
はなび「はぁあーーっ!? 何言ってんのーーっ!?」
このは「ちょちょちょちょ、ちょっと待って。ストップ、ストーップ!」
すごい剣幕で立ち上がるはなびを、このははどうどうとなだめる。
このは「事情はわかりました。
これはね、おばあちゃんに問題があるかな……。
勝手に人の予定を決めちゃだめ。確認してください」
おばあちゃん「おばあちゃんだったら、予定空いてたら大丈夫だけどなぁ」
はなび「はぁあーーーっ!?」
このは「ちょ待って! はなびも落ち着いて!
おばあちゃんねえ、おばあちゃんは大丈夫かもしれないけど、みんながおばあちゃんじゃないんだから。
おばあちゃんはおならが好きだけど、はなびはおならが嫌いでしょ?」
おばあちゃん「別に好きというわけでは……。
でも、わかったよ。おばあちゃんこれからは気を付けるようにします。はなび、ごめんね」
はなびはぶすっとした顔のまま、ぷいっと後ろを向いて座布団に座ってしまった。
おばあちゃんはしょんぼりと肩を落とし、じゃあ、お店戻るわね、と告げてその場を去った。
このは「はぁー……。でも、なんかホッとしたよ。ちょっと救われた感じ。ありがとね」
はなび「なにが」
このは「あたし最近、戦争のニュースで頭いっぱいでさー。
頭痛くて気持ち悪くて、だいぶしんどかったの。
でも、こうしてケンカしてるの見て、なんか気がまぎれたというか。
ぱんぱんに張ってた頭から、すぅーって力が抜けて楽になった感じ。
平和だなぁーって。
戦争に比べたら、平和で良かったなぁーって、思った」
はなびはきょとんとした顔でこのはを見た。
しゅんと顔をうなだれ、ちょっと恥ずかしそうに小さく頷く。
はなび「ん……そうかも」
のろのろと座布団から立ち上がり、畳の部屋を出てお店の方へと歩いて行った。
このはが制服から着替えていると、おばあちゃんがとてとて歩いてきた。
おばあちゃん「なんかちょっとはなびが変で。
にやにやしながら肩を叩いて『ねえねえ、おばあちゃん。平和でよかったね』とか言うのよ。ちょっと気持ち悪かったわ」
このは「ああ……」
このはが成り行きを話すと、おばあちゃんは両手で口を押えた。
目には涙を湛えている。
おばあちゃん「このは、天使……!」
このは「やめて! 恥ずかしい!」
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