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松岡昌宏&マキタスポーツ&夏子らが起こす奇跡が世界を変える。舞台『東京ゴッドファーザーズ』上演中!

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2003年に公開され、今なお世界中で愛されている今敏監督の長編アニメーション映画『東京ゴッドファーザーズ』を原作とした舞台が、2021年5月12日(水)から30日(日)まで、新国立劇場 小劇場にて上演中だ。
本作は、新国立劇場による新シリーズ「人を思うちから 其の弐」と銘打たれ、クリスマスの夜の東京を舞台に、性別も年齢も違う3人のホームレスが巡り合う“奇跡”のお話。また2003年の設定を2020年にすることで、現在の日本が抱えている問題も炙り出していく。
演出は、現在、演劇界で一番ホットな演出家の藤田俊太郎。キャストは、松岡昌宏、マキタスポーツ、夏子、春海四方、大石継太、新川將人、池田有希子、杉村誠子、周本絵梨香、阿岐之将一、玲央バルトナーと豪華なラインナップ。その舞台を観劇することができたのでレポートしよう。


文 / 竹下力

すべてが有機的に絡み合った“奇跡”の出来栄え

感動的な舞台だ。ひょっとしたら2度とお目にかかることはできないかもしれない。そんな予感を覚えてしまうほど、演劇のダイナミズムに満ちていた。グルーヴィーでハッピーなバイブスに溢れ、観劇後もしばらく鳥肌が立っていた。
といっても、描かれているのは止むに止まれずホームレスになった人々を中心にした決して幸せな物語ではない。世間の目は冷たいし、彼らを人として見ない連中だっている。コロナウイルスのことだってある。世界は平和でないし安全でもないし不平等だ。それでも、どんなに辛い時があろうと、それを一瞬にして楽しむ心持ちがあれば、世界をポジティブな光景に変えることができる。それを信じる勇気を与えてくれる。人間にはそんな底知れぬパワーがある。

本作は、芸術性だけでなくエンターテインメントとしての質、そして観客にカタルシスを抱かせてくれる演劇に内在するマジックも、現在の演劇界において高いクオリティーで表現されていた。劇場に漂う観客の熱気、キャストが演じるキャラクターの造形力、土屋理敬の感情の機微が丁寧に表現された脚本、藤田俊太郎の才気走った演出、美術や音楽もすべてが有機的に絡み合った“奇跡”の出来栄え。演劇のえも言われぬ魅力が詰まっている。

どんな不可能も可能になる

今作は大きな時計を想像させる。物語は秒針を刻み続けている。時は決して満ちることはない。あらゆるものが移り変わり、何もかも変化し続ける。ある事は悪になり、また別の何かは善になる。それは偶然ではなく必然であり、必然でもあり偶然として揺らぎながらも決定される。時の動きは誰も支配できないから。たとえどんなことが起きようとも、誰かが誰かを責めることも、誰かが誰かを褒めることも許されない。それが世界の本質なのかもしれない。

それなのに、みんながみんな、何かを押しつけあいながら生きている。人間と世界のズレ。理不尽な世間の要求に泣きたくなることも、くだらない不条理に悩まされながら、それが後悔や罪になって人々を悩まし続ける。そんなちょっとしたカオスに満ちてしまえば、人間の居場所なんてないかもしれない。そんな悲しい“事実”。

でも、それは世界の、ましてや人間の“真実”ではない。夜空には星が瞬き、やがて朝が訪れる。悲しさも辛い出来事もやがて過去になっていく。涙も乾いてくれる。新しい人生が始まる。新しい世界に含まれている自分をひしひしと感じる。そうして生きることに対して驚きと喜びが生まれる。そんな時、癒しも贖罪も抱くことができる。それが“奇跡”なのだ。生きるという骨の折れる作業の連続が、それを掴むことを許してくれる。どんな不可能も可能になる。“奇跡”を信じることのできる日は誰にでもやってくる。たとえば、クリスマスの日に。あるいは、今作を観たような日に。

小劇場ならではの親密感のある空間作り

観客と観客の間に長方形の舞台がある形式で、小劇場ならではの親密感のある空間作り。天井にはゴミの入った透明のゴミ袋がたくさん配置され、物語の核となる設定を説明してくれる。時々、そこに映像を映すことで、時間の経過や、場所を教えてくれる。余分な装飾がほとんどないシンプルかつスタイリッシュなセット。舞台はほぼ素舞台だが、迫り上がりのステージになっていて、上下に動く仕掛けとなっている。

物語はひとりの牧師(春海四方)が中央でスポットライトを浴びながら話すシーンから始まる。すると、ステージが迫り上がり、ホームレスたちが現れる。ボロボロのキャリーバッグやケース、空き缶集めをした袋を抱え込んだリヤカー。どうやら彼らの炊き出しのために説教をしているようだ。
彼らの中に特徴的なふたりのホームレスがいる。元ドラァグクイーンのハナ(松岡昌宏)と元競輪選手(自称)のギン(マキタスポーツ)。ハナは説教に感化されて涙を流すような感受性が高くて信心深い性格。一方、ギンは即物的でさっさと炊き出しをしてくれと言わんばかりの不躾な表情をしている。炊き出しが終わるとシーンが変わり、あるビルの屋上に早変わりする。そこにはとある事情で家出少女となったミユキ(夏子)が、何かに苛立っているのか屋上から悪戯をしている。そこにハナとギンが食事を持ってやってくる。そしてハナは、ミユキにクリスマスプレゼントがあると、新宿のとあるゴミ捨て場に連れていく。探し物をしているとゴミ捨て場の片隅から赤ん坊の泣き声が聞こえ始め、あたりを見回すと、ベビーバスケットに本物の赤ん坊が。途方に暮れる3人だが、放ってはおけないと、彼らは本当の親を探し始める……。

藤田俊太郎の冴え渡る演出

ハナ、ギン、ミユキの3人の抜き差しならない過去が、旅を続けることによって次第に明らかになり、彼らの人生は変化していく。その点で、今作は東京を舞台にしたロードムービーと言えよう。特徴としては、マジックリアリズム的な仕掛けが随所に施されていることだ。そんなことは起こるわけがないという非日常的(シュールとさえ言えるかもしれない)な出来事が次々と起こり、彼ら3人はさまざまな事件に巻き込まれながら、赤ん坊の本当の両親の元へ誘われる。まるで神様に導かれるみたいに。それでも、間断なくリアルな東京の風景や人物描写が挟み込まれるので、突拍子もない事件が訪れても、起こるべく必然として納得できる。その中で街の人々は、ありえないシチュエーションにツッコミをして現実に引き戻すのではなく、少しとぼけた雰囲気を醸しながら、起こっていることをありのまま受け入れようとする。そうすると、観客は、摩訶不思議な現実を目にしても、スカシの入ったボケのように感じられて、ファルスとして受け止めることができる。設定はハードかも知れないけれど、お話はユーモアがあって人情味がある。

上演台本の土屋理敬の脚本は、原作にほぼ忠実に、それでいて巧みにアレンジ。2003年の設定を違和感なく2020年のコロナウイルスの渦巻く日常に落とし込み、破綻なく物語を描いた。台詞は原作の言葉を活かしながら、過度に意味が重くならないように目配りし、彼らが話す日常を切り取ったスケッチのような軽やかさとユーモアやペーソスがあった。それ以上に土屋は、世間からはみ出してしまうアウトサイダーたちへの温かい眼差しに力点が置かれ、彼らがイキイキと舞台で躍動している。

今、最も勢いのある藤田俊太郎の演出は冴え渡っていた。対面する客席の中央に位置する迫り上がりのステージと精巧な小道具を巧みに使い、観客を神の視点に誘い、物語を俯瞰で眺めさせる。小劇場を宇宙的な空間に仕立てることで、新宿という街が浮かび上がり、東京という都市が立ち上がり、日本という国さえ幻視することができる。ほとんど何もない空間を藤田や観客の想像力を担保にしながら、原作の世界を、東京という街を、そこに生きている人々を視覚化させる手法に目を見張る。

また、ハナ、ギン、ミユキがバラバラになった同時進行のシーンをスリリングに表現。かと思えば、マジックリアリズム的な仕掛けを、最小限の装置と人力だけでリズミカルにテンポよく展開し、現実に起こっているように見せる手腕に心動かされる。原作で大掛かりなセットや空間を使う場面では、マイムを使い、11人の登場人物の“出ハケ”だけで街の巨大さを表現し、マキシマムに演劇的な効果を駆使し観客の心を鷲掴みにする。一切ダレないし、常に緊張感を保ちつつ、観客の心に温かいタメができるカタルシスをシーンに持たせながら物語を進めるので、まったく飽きないし、描かれる世界が現実にも起きそうな説得力があった。

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ストイックでスタティックなのに華がある松岡昌宏の芝居

キャスト陣の芝居のグルーヴは凄まじい迫力。11人はほとんど出ずっぱりで、東京という街の疲れを知らない蠢き、そして2020年らしいどこか空虚さも表現されていた。ハナ(松岡昌宏)、ギン(マキタスポーツ)、ミユキ(夏子)以外の8人は、コロスのように何役もこなし、3人をサポートしながら、それぞれの役割をきちんとこなしていた。台詞回しや動きのコンビネーションも完璧で、早替えもしっかりこなしていた。

ギン役のマキタスポーツは、初舞台だけれど、そんなことを微塵も感じさせない堂々たる演技。金や酒、ギャンブルが大好きだし、平気で嘘をつく世をひねた人物なのに、人当たりが良くてどうしても憎めない“おっさん”を演じ切った。台詞も適度にぶっきらぼうで、こんな“おっさん”いるよな、という“あるある”度合いもあって観ているだけで楽しめる。台詞回しも淀みがない。しゃがれた声を劇場中に響かせ、時折、アドリブのように差し挟むギャグが笑える。主人公のひとりだけど、コメディリリーフとしてもハマっていて素晴らしかった。これからも舞台に出てみんなの目や耳を楽しませてほしい。

ミユキ役の夏子は、誰にも相談できない辛い過去のせいで言葉にならない悲しみを抱えているのに、それでも都会の片隅で必死に生きようと決意する、10代にしかない無鉄砲さとみずみずしい感性をあわせ持った人物を熱演。親子の関係を見つめ直させる役でもあるけれど、親とはつかず離れずに距離を保ちながら、その関係の答えを出さない余白のある芝居で、観客に“親と子”の在り方を考えさせる。寂しがり屋で生意気だけど、ハナとギンは信頼している心持ちが、夏子の等身大の演技で丁寧に表現されていた。不貞腐れた台詞回しも可愛らしかったし、彼女のもつ芝居の本質には、実直さがあるのだと思う。スマートでありながらキュートでキラキラしている。素晴らしい才能だ。これからどんな俳優に成長していくのか楽しみだ。

ハナ役の松岡昌宏は見事の一言。台詞、所作、すべてにおいてキレがあった。間の取り方も完璧で、踊りも歌も見応えがあるし、ギャグだって使いこなす。なにより“奇跡”という目に見えない現象を目にした時のマイムは、演劇ならではだし、筆舌にしがたかった。
元ドラァグクイーンという役だけれど、今の時代に合わせ、それらしく演じれば良いという雰囲気は出さず、男性を捨てた女性として凛と生きた。他のキャストの中でも白眉の演技。おそらく座長としての自覚がそうさせているのだろう。涙もろくて、情に厚くて、優しいハナは、松岡昌宏その人にしか見えない。ハナが松岡を演じているようにさえ見える。おそらく、どの役を演じても松岡昌宏になってしまうところが彼の才能ではないだろうか。松岡は誰にでもなれるし、彼が演じれば、誰でも笑わせることができるし、泣かせることができる。それでいて、悲しい過去があっても笑い飛ばしてしまう天性の明るさが芝居に備わっている。ストイックでスタティックなのに華がある。才能のあるスポーツ選手を見ているようだ。これからも舞台で観ていたいと思わず引き込まれてしまう。

どんな荒れくれた世の中になったとしても人はモノではない

時の満ちることのない世界にいれば、人は大切なものを失いながら生きてしまう。それなのに、いつだって辛いことや悲しいことばかりが募っていく。そんなアンビバレンツな現実を生み出す世界で人間が生きることの切なさを本作は体現している。それでも「そんな人生だけじゃやっていけない!」と寂しさや悔しさを蹴飛ばして、“奇跡”を信じながら力強く生きる心根を抱くことの大切さを感じることができる。

突き詰めれば生きていること自体が“奇跡”になるのだ。特別なことなんて何もない。どんな荒れくれた世の中になったとしても人はモノではない。雑草なんて草は存在しない。どんなモノにだって名前と意味がある。人生には生きる価値がある。当たり前のことが当たり前ではなくなってしまった世界だろうと、生きていればかならず“奇跡”に巡り会うことができる。それは世界中に無数の星のように散らばっている。そしてそれを見つけることは誰しもに与えられた権利であると訴えている傑作だ。今作を観ればきっと、生きることの喜びを実感できるはずだ。

東京公演は、5月12日(水)から30日(日)まで、新国立劇場 小劇場にて上演される。愛知公演は6月4日(金)から6月6日(日)まで、穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホールにて上演。兵庫公演は6月11日(金)から12日(土)まで、兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホールで上演される。群馬公演が、6月17日(木)から18日(金)まで、高崎芸術劇場 スタジオシアターにて上演後、千穐楽を迎える。

人を思うちから 其の弐
『東京ゴッドファーザーズ』

東京公演:2021年5月12日(水)~30日(日)新国立劇場 小劇場
愛知公演:2021年6月4日(金)~6日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
兵庫公演:2021年6月11日(金)~12日(土)兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
群馬公演:2021年6月17日(木)~18日(金)高崎芸術劇場 スタジオシアター

【STORY】
物語の舞台は東京。登場人物は元ドラァグクイーンのハナちゃん、元競輪選手(自称)のギンちゃん、家出少女のミユキ、そして3人をとりまく東京に住む人達。ある年の聖夜、ホームレスの3人は新宿のゴミ溜めで可愛い赤ん坊を見つけます。拾った赤ん坊の親を探して、3人は東京中を走りまわり、様々な事件に遭遇し、ドタバタのコメディが繰り広げられます。やがて3人は、新しい命と出会い、またそれぞれ大切な人との奇跡の再会を果たし再び生きていくことを選びます。

原作:今敏
上演台本:土屋理敬
演出:藤田俊太郎

出演:
松岡昌宏
マキタスポーツ
夏子

春海四方
大石継太
新川將人
池田有希子
杉村誠子
周本絵梨香
阿岐之将一
玲央バルトナー

オフィシャルサイト
オフィシャルTwitter(@nntt_engeki)

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