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【海外文学のススメ】怪奇小説の沼から

1.初めに

ガイブンが売れないといわれて久しい。出版不況といわれる全体の潮流の中でもガイブンは特に厳しいらしく、ツイッターをみていると初版が数千冊のオーダーでも珍しくはないようだ。

売れなければ、出ない。

供給が途絶えて我々が餓死しないためにも、公式企画「海外文学のススメ」に参加することにした。この記事では私の愛する怪奇小説の中で、普段海外文学を読まない方でも楽しめるような書籍を、アンソロジーを中心にいくつか紹介しようと思う。なお、選定には入手のしやすさを考慮した。

2.アンソロジー

あるジャンルに興味があるものの、どれから手をつけたらいいのかわからない時はそのジャンルに詳しい人におすすめを聞くのが常道だ。アンソロジーはそのジャンルの達人が選りすぐった作品が一冊の中に多数収録されており、最初の案内として最適である。

八月の暑さのなかで ホラー短編集

まずは児童書から始めたい。『八月の暑さのなかで』は岩波少年文庫の一冊として編まれたアンソロジー。E.A.ポーやロアルド・ダールなどの短編の名手として知られている作家の作品が収録されている。訳者の金原瑞人の文章が非常に柔らかく、読みやすい。続編があり、1、2巻は英米文学編で、編者を平岡敦にバトンタッチした3巻はフランス文学編である。

贈る物語 Terror みんな怖い話が大好き

当代を代表する作家の一人である宮部みゆきが愛する恐怖小説を15編収録している。出版当時で手に入りやすいアンソロジーの中で、忘れられてはいけない名作を収録するという一風変わった方針で編まれている。ジェイコブズ「猿の手」やベリスフォード「のど斬り農場」、デ・ラ・メア「なぞ」といった他のアンソロジーにも何度も収録されているような名作ばかりのオールタイムベスト作品集だ。

幽霊島(平井呈一怪談翻訳集成)

戦前より本邦に怪奇小説を紹介し続けたのが平井呈一である。『吸血鬼ドラキュラ』などで知られる平井の多くの訳業の中でも傑作と名高い作品たちを集めたのが『幽霊島』だ。ラブクラフト「アウトサイダー」、ポリドリ「吸血鬼」などが収録されている。今なお色褪せない巨匠の技を堪能してほしい。

なお、平井の編んだ『怪奇小説傑作集 英米編』は初版から半世紀以上経つ今でもオールタイムベストとして高く評価されており、本来ならば外すことのできない一冊ではあるが、残念ながら絶版となっている。復刊が待ち望まれる。

アメリカ怪談集

中学生で平井に弟子入りを志願し、その薫陶を大いに受けたのが荒俣宏である。紀田順一郎らと「幻想と怪奇」を創刊し、作家として『帝都物語』を発表するなど多方面に活躍する荒俣が編んだのが本書。ラブクラフト「忌まれた家」やブラッドベリ「ほほえむ人びと」が収録されている。

編者は異なるが、他にもイギリス、ロシア、ドイツ、中国、東欧、日本とシリーズ化されており、読み比べると各地の怪奇小説の違いが実感できるのでおすすめだ。

怪奇小説日和 黄金時代傑作選

国書刊行会から出版された『怪奇小説の世紀』をベースに、修正や書き下ろしを加えたアンソロジー。国書刊行会はよい本を数多く出版しているが、価格が高いせいで初心者におすすめしにくい。すべての作品が収録されているわけではないとはいえ、文庫という安価な形態で再販されるのはありがたい。また、巻末に怪奇小説論考を併録しており、このジャンルの理解するのに必読となっている。

3.雑誌

ここまで紹介してきたアンソロジーは、評価の定まった名作ばかりが収録される性質上、半世紀以上昔の作品が大半を占めている。

では怪奇幻想文学というものは枯れたジャンルなのか。

そんなことは決してなく、『IT』や『シャイニング』で知られるスティーブン・キングや『ドラキュラ紀元』のキム・ニューマンなど、今現在も第一線で活躍している作家たちがいる。

また、日本では知られていない作家たちの優れた作品が海外には数多く存在している。そのような作家たちを知ることが出来るよう、以下の2誌を紹介する。

ナイトランド・クォータリー

2012に創刊し、2013年に休刊したホラー&ダークファンタジー専門誌『ナイトランド』が2015年に再出発した雑誌。前身は短命に終わったものの本誌は順調に号を重ねている。毎号テーマに沿った作品を掲載しており、新旧の海外文学に国内作家の書き下ろしを加えた構成となっている。

ナイトランド叢書というシリーズも展開していて、こちらはアンソロジーで怪奇幻想小説にはまった方が次に読むものを探す際におすすめだ。キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』シリーズもこの叢書で展開されている。

幻想と怪奇

その昔、紀田順一郎と荒俣宏が作った雑誌が『幻想と怪奇』である。わずか数号で休刊となってしまった雑誌だが、令和の世になって新たな編集体制のもと再出発となった。ナイトランドクォータリーと比較するとより海外文学の割合が高い。

ナイトランド叢書と同様に、こちらも『幻想と怪奇』叢書がスタート。現在配本されている二作品はいずれも存命作家の作品であり、今後も新しい時代を感じられる作品が出版されることを期待している。

4.その他

奇妙な世界さんのブログ「奇妙な世界の片隅で」では、多くの怪奇幻想小説のレビューや毎月の新刊がまとめられており、私も参考にさせてもらっている。こちらも合わせてご覧いただきたい。

また、BOOKS桜鈴堂は英米古典文学のインディーズレーベルで、Kindleで『カーミラ』や『黄衣の王』といった名作を完全新訳で発表している。電子書籍の利点を生かし短編の『カーミラ』を100円(Kindle unlimited 加入者は無料)で購入できるなど新しい出版の形として要注目だ。

最後に、より深みにはまりたい方向けにおすすめのブックリストを紹介する。

田原市立図書館が開催した企画展『ふしぎ文学半島プロジェクト「ふしぎ文学マスターが薦める100冊」』の計200冊のブックリストだ。作成者は雑誌『幻想文学』や『幽』の編集長を務めた東雅夫と、上記で紹介した『八月の暑さのなかで ホラー短編集』の編者金原瑞人という二名の「ふしぎ文学マスター」。このリストは日本の作品も多く含むが、海外文学作品に絞っても充実のラインナップ。多くは新刊では入手困難であり、古書店や図書館で探すことになるが、アマゾンや日本の古本屋、カーリルなどのネット情報を駆使して探してみてほしい。

5.最後に

少しでも海外怪奇小説の読者を増やす一助になればと、ここまで幾つかの作品を紹介してきた。もちろん絶版のものを含め、おすすめしたい本はまだまだあるし、アンソロジー以外の長編や短編集なども紹介したいところだが、読まされる方も大変なのでここまでにする。一応、ここまで読んでいただいた方が各自の好みに従って読み進められるように手がかりは示したつもりである。

小さな市場では一人一人の声が重要になってくる。海外小説を読み終えたら感想をnote やツイッターなどで公開してくれたら幸いだ。それが次の読者を呼ぶのだから。

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