通天閣盛男

通天閣盛男

マガジン

  • 掌編小説集

  • 積読奮闘記 ~読む前に書く、そして、読んだ後も書く~

    コミュニティスペース「モモの家」の会報誌「モモだより」に連載中。読む前の前編と、読んだ後の後編にて構成される書評エッセイ。

  • 詩(ポエム)

  • 短編小説集

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最近の記事

小説・死因鑑定書

 大正十二年九月、関東大震災から二十日余り経った夜の事だった。田中隆一軍医は帰宅するなり「大切な仕事だ」と言って持ち帰った鑑定書を徹夜で清書した。妻の敏子も読み合わせを手伝った。「絶対、秘密だから」と厳しく言われた敏子はその内容に戦慄した。  九月二十日、東京憲兵隊本部の廃井戸から引き揚げられた三つの遺体は、其々菰に包まれ麻縄で縛られていた。内一つから男性の膝より下の部位が飛び出て、不気味な生々しさがあった。菰を開くと裸の男女と子供の死体が現れた。三体は九月十六日より行方不明

    • たとえ死の影の谷を歩いても、私は悪を恐れない

      たとえ死の影の谷を歩いても、私は悪を恐れない  夜の森の中、血に塗れた手を見つめ立ち尽くす男を、燃え盛る炎は照らし、まるで男の心のように激しく揺らめく火炎は勢いを増して、巨大な爆発と共に辺りを真昼の明るさに変えてしまった。逆光の中に男の影が浮かび上がる。影はただ真直ぐ前へと進んでいく。  男は曾て人間だった。今はある組織に拉致され改造された改造人間である。その力は組織の中枢を担う筈だったが洗脳されるより前に男は抵抗し、皮肉にも彼らの科学力を結集したその力によって組織とアジト

      • 甚兵衛

         男は長屋にある甚兵衛の家の戸を叩く。 「甚兵衛はん、甚兵衛はん!」 「なんや、いま時分に。まあ、こっちお入り」  戸を開け中へ入るも甚兵衛の姿はなかった。 「甚兵衛はん、甚兵衛はん!」 「こっちお入り」  襖の奥から声がした。男は座敷へ上がって襖を開けるが、誰もいない。 「甚兵衛はん、甚兵衛はん!」  男が呼びかけると、更に奥の襖から 「はよ、こっちお入り」  と声がする。再び襖を開けて中へ入るが、甚兵衛の姿はどこにもなく、そこは四方が襖に囲まれた部屋であった。 「甚兵衛は

        • 第七回 前編『アメリカ』フランツ・カフカ/訳 中井正文(角川文庫)

           今回はフランツ・カフカの長編小説『アメリカ』を読みたいと思います。カフカといえば『変身』など不条理な短編小説がなじみ深いかと思いますが、この長編『アメリカ』は意外と読まれていないのではないでしょうか。というのも私がそうだからで、カフカの短編小説は何度も繰り返し読む事があるのですが、長編小説はなかなか手を出しにくく、それはなにより未完である事が理由として大きく上げられます。カフカは長編小説を他に『城』『審判』と書いておりますが、全て未完の作となります。未完の長編小説を読む徒労

        小説・死因鑑定書

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        • 掌編小説集
          6本
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          7本
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          8本
        • 短編小説集
          1本
        • マイクロノベル集
          9本

        記事

          第六回 後編『ニッポンの書評』/豊崎由美(光文社新書)

           本書は「ニッポン」の書評について、誠実に且つ分かりやすくまとめられた良書で、それはガラパゴス化した「ニッポン」での書評の現在と、その中でひたむきに書評と向き合い格闘する作者の姿を読むドキュメンタリーのようでもありました。  本書では書評とは一体何なのか、批評との違い、書評の役割について、誰がなんのために書評を必要としてどう読まれるのかという事を明らかにして、粗筋紹介の重要さやネタバレについてなど、伝えるべき情報とそうでない情報をわかりやすく解説してくれます。また、ガラパゴ

          第六回 後編『ニッポンの書評』/豊崎由美(光文社新書)

          第五回 前編『ニッポンの書評』/豊崎由美(光文社新書)

           書評とはいったい何なんでしょうか。  既にこのページも5回目をむかえるなか、今更な書きっぷりで恐縮ですが、書評については実はぼんやりとしかわかりません。所謂批評ほど堅苦しくはないし、かといって感想や解説では物足りない。程よい考察と内容説明、といったところでしょうか。わかりません。  連載しておいてなんですが、いまから書評について学ぼうという体たらく。そして手にしたのがこの一冊です。  新書です。新書といえば手頃にまとまった知識が手に入るおじさんなどがカバンに潜ませるあれで

          第五回 前編『ニッポンの書評』/豊崎由美(光文社新書)

          第四回 後編『あしたから出版社』/島田潤一郎(晶文社)

           この書籍には作者の「本」に対する愛が炸裂していました。そしてこの中で「本」とは、単なる本のことでもありますが、亡くなった従弟や友人のことでもあり、世界や社会のことでもあり、作者自身のことでもあるように思われました。作者は本を作ることによって、作者自身の世界をとらえなおし、死者と向き合い、社会をつくり、そのことに嘘はないかと考え続けます。そしてそのすべてにおいて作者の徹底した「誠実さ」を感じました。その誠実さには、読んでいる途中何度も胸が苦しくなり、なかなか読み進めることがで

          第四回 後編『あしたから出版社』/島田潤一郎(晶文社)

          老眼

          老眼が急速に進行中 それはウサイン・セント・レオ・ボルトの脚力を思わせた 黄ばんだベッドライト 眼鏡の忘却 複眼への憧れ あるいは サニーサイドアップからオーバーミディアムへの変遷

          ぐのしえんぬ

           人間が焼かれる。そう書くと何か恐ろしい事件のようだが、火葬場では毎日行われている日常だ。毎日普通に人間は焼かれている。  日常とは出来事をいつの間にかルーティン化し相対化する魔力を持つものである。例えば「猫を鼻に詰める」「魔法で蕎麦を打つ」「四次元への穴を塞ぐ」なども視点を変えればよくある平凡な事柄や何かの例えなのかもしれないし、それが異様な出来事であっても、日常はやがて全てを飲み込み、ありふれた平凡さへ回収してしまう。「へそで茶を沸かす」これは最早ただのことわざである。こ

          ぐのしえんぬ

          桜の庭の満開の下、私たちの宴会の準備を

          桜の庭の満開の下、私たちの宴会の為に  ある日絶望した1人の男が木の枝で首を吊った。男は哀れな亡骸を見られまいと高い木の頂上まで登り、最期に見る景色の美しさを胸にこの世との別れを告げたのだった。その夜の事、雨が降り湿気を帯びた男の死体を吊るす紐がぬるぬると伸びてゆく。どういう材質か不明だが安価なロープの劣化の為か、はたまた神の悪戯か、男の死体はずるずるとエレベーターの如く下降して行くのだった。雨はやがて嵐となった。風に煽られた男の死体は振り子の様に前後に振れてゆく。止まらな

          桜の庭の満開の下、私たちの宴会の準備を

          四畳半の悪魔祓い

          掛け違えたか 履き違えたか 人生は制服じゃないから 決まった風には着こなせない むっつりスケベの君が言う ええカッコしいの例え下手 村上春樹にゃなれないね 安いワイン飲んで リベラル気取って 歴史に落書きでもする気かな だけど 取り敢えず 内閣を全員小舟にぶち込んで インド洋に沈める時には手を貸すぜ 人工衛星 宇宙船 ペペロンチーノ ナポリタン 並べ立てても意味はない だからそんな種類はいらないよ 今迄出会った人間が 全員1人の演技だったとしたら 差別はなくなるが希望もな

          四畳半の悪魔祓い

          高嶺のインスパイア

          あっはぁー もうあかん 私は右手の力だけで今生きている 自分にとって幸せとは何か さっき食べた中華料理の味が口の中でまだする 最後の晩餐は 王将 王手かかって 再见 何故こんな事に 落下した私は何とか右手で出っ張りを掴んでぶら下がり中 この指を離したら 地面に直撃 助からない高さ 助からない人通り 幼かった頃の記憶 可愛かった頃の私 愛されてたり 愛したりした事は 全部無駄 右手がツラい 今この瞬間が まだ生きている証 今考えてる事が切羽詰まった 人生の全て 数分後 絶対

          高嶺のインスパイア

          無料の季節

          水道水を飲む 無料では無い 定食を食う 無料では無い 朝起きる家 無料では無い 夜眠る家 無料では無い 移動する乗り物 やはり無料ではない 今夜飲む酒 そらあ無料では無いし 携帯電話 勿論無料では無いよ 手に持っている週刊誌も 当然無料では無いだろ そうか 何もかも無料では無いのか 教会の鐘が鳴る ツバメが巣から飛び去り 南の島へ旅立った 木になった柿をひと房もいで 食べる私は裸足で駆けてゆく この空も この空気も 照らす太陽と 脇腹を過ぎる風 土を蹴る足 私自身の体 これ

          無料の季節

          天竺100円

          100円玉を握りしめさまよう 世の中があまりにも辛いので 魂を現実逃避させます 彼方へ 彼岸 最果て メキシコの夜 ジャッカルの憂鬱 セントルイスの丸椅子 夢枕に立つ夕飯の太刀魚 メガネが割れたメガネザル 二の腕の中を走りまわる子供たち 傷口が全て人の顔に見える 野生の瓶に流れる血 異議申し立てするマッドパパブーン 愉快な産毛に不快な縮毛 人間は野生に帰ることが出来るのか 諦めと虚無の狭間で 束の間の盆踊りを踊る 100円では夜店で何も買えないね 価値とは何か  重さか 思

          数と飯

          1 飯を想う 2 飯を乞う 5 飯を頬張り 10 飯に言う 「いただきます」には夢があります そして 数には限りがあります 足りないところは 略奪、強奪、窃盗 などご検討の程を 理性は苦楽 天性は音楽 メルギブソンは何ギブソン メル友  メルヘン メルカリ ではないだろう メルカリとはそもそも どういう意味なのか わからない わからない 判らない か 解らない か 分からない ある日 町にクマが出没 食べ物を探して山からおりて来たのだ 私はクマに向かって言った 「わたし

          疫病の頃

          夢は起きて直ぐ 忘れないように 頭を動かさずに書き留めるものだ いつ迄も夢を見てたら遅刻するよ 早く支度して家を出る しかしなんと外では疫病が蔓延 駅にも疫病 店にも疫病 目に見えへんもんに おびえくさって 肝試しか ビルを墓に見立てる滑稽も 結構なお手前で 茶碗をまわす手は洗ったのか洗っていないのか いまはそれが問題だ 山は動かない 花も動かない でも花は花を介して タネを宿してまた花になり旅をする 花は山になる 山は花のことで すると山は動く事になります 不動なる不道