見出し画像

「なが〜い、おつきあい」

人間関係は使い捨てではないことに本当の意味で気づいたのは、いつ頃だろう。

若い時の私は、自分が売れたい、自分が認められたい、という気持ちが圧倒的に強く、人に興味がなく、友達も少なくて、仲間と呼べる人たちもいるようでいなくて(依存関係はあった)、そんな私の幼稚さすらも受け止めてくれる先輩方に、可愛がられたりドヤされたりブン殴られたりしながら、大人の階段を登ってきた。

人間関係というのは、長い目で育てるものなのだと気付き始めたのは、27.28歳ごろだった気がする。

それまでは、「全面的に信頼する」か「全部嫌」か「興味がない」の三択しかなかった。

今は、「ここは信頼してるがここは距離を置く」「ここは嫌だけどここは好き」「現状興味はないけど自分と違う人間として面白がってみる」みたいな、境界線のない気持ちが真ん中になった。


そうこうしてる間に、昔からの付き合いの仲間たちと、昔よりずっと大きな仕事をできる機会にどんどん恵まれてきた。

例えば、堅あげポテト×ゆうこすさんや、ATSUGI×最上もがさんのweb動画の楽曲提供仕事も、「どこからそんな仕事をもらえるのか」とよく聞かれるけど、旧友の森岡千織がめきめき出世したので、私にも良いお仕事が回ってくるようになったのだ。(千織ちゃんには感謝しかない)

以前楽曲提供をしていたHauptharmonieも、昔からの付き合いのあーりーくんからの仕事で、きっかけは元SDN48のChakiちゃんに書いた曲だったし、あヴぁんだんどは当時制作担当だった佐々木くんが私の音楽をだいぶ前から好きでいてくれたこと、そのきっかけは間も無く閉店する阿佐ヶ谷ネクストサンデーのみやこさんが「この人すてきよ」と佐々木くんに伝えてくれたからだし、35歳でメジャーデビューのお話を頂けたのは、超昔からの付き合いのライブハウスの方が「花ポおもしろいですよ。」と先方に推してくれたことが始まりだった。

恐ろしいほど、過去が今につながっている。しかも期待も予想もしてなかったところから。

みんなそれぞれ頑張っているから、それぞれ出世して、そのとき「あいつと仕事したいな」と思い出してもらえることのありがたさ。それを身に染みて感じているからこそ、私も昔からの付き合いの仲間を忘れたくないし、「まさか」なタイミングで良い仕事を振れるくらい、自分がもっと音楽家として結果を出したいと思っている。

ちなみに「ながーい、おつきあい」で有名な京都銀行は、かれこれ五年も「そんなあなたと〜♪」と歌わせて頂いている。

自分というものがいかに他人に生かされているか、に気づいてからが、本当に豊かな人生の始まりかもしれない。

それは、誰かに「人への感謝を忘れちゃいけないよ」なんて言われて気づくものではなく、本当に地の底まで落ち鼻っ柱を完璧に折られてプライドも自己顕示欲も承認欲求もぐちゃぐちゃに潰されたあとの絶望、虚無、仕上げに徹底的な自省をして、初めて気づくものかも、しれない。

私たちは基本的に恵まれすぎていて、気づいてないことが多すぎるのだ。

若い時の自分には二度と戻りたくない。毎日毎日よりよくなる、今の私のほうが比較的マシだし、それでもまだまだなんにもわかっちゃいないと、思い知らされてばかりだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?