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二人会は最小単位の寄席――三遊亭遊雀×三遊亭萬橘・対談【前編】

「遊雀・萬橘二人会 vol.3」の開催を記念して、三遊亭遊雀師匠と三遊亭萬橘師匠にお話を伺いました。両師匠が考える寄席演芸の魅力とは?
(取材協力=にっぽり館

2023年10月1日(日)開催!「遊雀・萬橘二人会 vol.3」の公演情報はこちら

節目を迎えて

――遊雀師匠は芸歴35年、萬橘師匠は芸歴20年で、両師匠ともに記念イヤーですね。

三遊亭遊雀(以下・遊雀) 芸歴20年とか35年ってまぁまぁいいキャリアに聞こえるけど、実際は楽屋に入ったら「師匠、タバコとって」ってね、そんな扱いよずっと(笑)。

――そんなことはないでしょう!

遊雀 いやいや本当に。そのぐらいのもんですよ、まだ60歳手前だから。萬橘ちゃんは?

三遊亭萬橘(以下・萬橘) もう44歳になりました。

遊雀 44歳って、普通に社会人だったらバリバリよね。

――会社勤めの方はそうですね。

遊雀 もちろん萬橘ちゃんもバリバリなんだけど、何しろ芸人には、さらに上がいるから。

萬橘 バリバリはもっといますからね。

(左)三遊亭遊雀 (右)三遊亭萬橘


――芸歴35年を経て、変化を実感することはありますか?

遊雀 カッコつけてるわけじゃないけどね、55歳を超えたあたりから「かあちゃんパンツ破けたよ。またかい」っていうような、若い時だったら絶対やれない、喋っても何の反応もないようなものがウケるようになった。本当にびっくりするね。

萬橘 そうなんですか。

遊雀 ベタなくすぐりは別として、噺に新しいくすぐりとか、新しいものを放り込んでやっていくということ、若手は結構そういうスタイルをとっていると思うんだけど。萬橘ちゃんくらいのキャリアとか、自分たちもそう。それがまた、教わったとおりのやり方に戻ってきた。

よく昔はさ、上のほうの人に「いじくらなくたって、普通にやってりゃウケるんだから」って言われてた。その頃は「俺たちの気持ちも知らないで」って本気で思ってて、自分の中では新しいことをどんどんやっていくわけだ。でも最後には、やっぱり元に戻ったね。

萬橘 なるほど。

遊雀 上の人が言ってた「大丈夫だよ、普通にやってりゃウケるんだから」って、こういうことだったんだ、本当にそうなんだ、ってびっくりするね。萬橘ちゃんもあと10年ぐらいしたら、多分そうなる。

萬橘 そうですか、そういうもんなんですか。

遊雀 びっくりするよ。例えば「隣のうちに囲いができたってね。へぇ」とかも、萬橘ちゃんくらいのキャリアで結構まともにやったらさ、お客さん凍るよね。何言ってんだこの人って。

萬橘 そうですよね。凍るというか、友達が少なくなりますね。

一同 (笑)

萬橘 こいつの話は聞いてもしょうがない、みたいな。

遊雀 前座の頃は「囲いができて、へぇ」って言っても「噺家さん目指してるのね、頑張ってるよね」ってなるけど、萬橘ちゃんぐらいのキャリアが一番難しい。そこから離れなくちゃいけない。離れないとお客さんが相手にしてくれないし、離れすぎるとお客さんが戸惑っちゃう。

お客さんも一緒に年を取ると、元に戻ってくる。何てことない話をした方が、お客さんが和むというように。

萬橘 お客さんの楽しみの種類自体が、ちょっとずつ変わっていくみたいな。

遊雀 そんなふうになるとは思ってもみなかったから、驚いたね。

遊雀「本当にびっくりするね」

――萬橘師匠は芸歴20年ですが、気持ちの区切りはありますか?

萬橘 それは、聞いていただけるのは嬉しいですけど、まったくないんですよ。

遊雀 にっぽり館を建てたことは、大きな区切りだよね。買っちゃえって思ったこと自体がすごい。

――お聞きしづらい話ですが、採算が取れるキャパではないと思うんですよ。

萬橘 もちろんそう。落語会ってくくりにするとそうなるんですけど、出演者に寄席っていう感覚を共有してもらうこと、連帯感を感じていただくというのもあったりして。つまりそれは僕らの悪いところでもあり、本来は甘えなんですけど、純粋にお客様と演者側が向かい合う状態ができれば、採算は考えなくていいと。

逆に言うと、僕ら(運営)にはお金が入ってこなくても、土地代と光熱費だけ払えればいいので、まとまって何十万という金額を稼がなきゃいけないプレッシャーはないんです。

――維持費さえクリアできれば。

萬橘 それを嫌だという方はもちろん、「お前安すぎんだろう」っておっしゃる方もいるかもしれない。もちろんそれはそうだと思いますし。その時はその時です。お付き合いいただける範囲で、純粋にお客様と向き合っていただける方と喋らせていただけたらと。

遊雀 一つの新しい形だね。

寄席の良さとは

――そういう場もあった方がいいんだろうなと思います。寄席はそうそう増えないでしょうし。

遊雀 例えば志の輔師匠がパルコで公演をやる前は、小さな会場で必ず勉強会をやるわけですね。昔の寄席はそういう意味では、もうちょっと勉強できた。今の寄席はそういう色がちょっと減ってきちゃったね。「まぁいいよ、好きにやっていいぞ」みたいなのが少し無くなってきちゃった。

萬橘 僕が持っているイメージは『水滸伝』です。先日、歌舞伎座で芝居を観たんですけど。

ある一定の価値の範疇にないと価値がないと思われてしまうという、そこに芸人が収まってしまうと面白くもなんともないんで。漫談が得意な方は漫談をいかんなくやっていただいて、全員でお客様と向かい合うということをやるための場所。

萬橘「全員でお客様と向かい合う」

萬橘 烏亭焉馬(※)がやっていたような、面白い話の持ち寄りの原点になったらいいなと。それが一番やりたいことです。お互いにいいところを出しあいっこする、つまり競争みたいなことではない。その観念から離れたいわけですよね。最終的にお客様の満足度が上がる、それがやっぱり寄席の一番いいところだと思うんです。(演者同士を)比較するような見方だけになってしまうと、寄席の良さが薄れてしまうというか、もったいない。

※うてい・えんば 江戸後期の戯作者。落語中興の祖と呼ばれる。

――価値があると位置づけられているものと、無価値と位置づけられてしまうもの、その両極になっているように感じます。無価値と判断されてしまったものに対しては、すごく冷たい。その間を埋められる場所が寄席のはずで。

萬橘 そうだと思います。

遊雀 にっぽり館は、本当の意味での寄席。

萬橘 梁山泊(りょうざんぱく)のイメージですね。格好や見た目が全部バラバラでも、秩序だけは保たれている。こんなに個性も好みもバラバラなのに、お客様を楽しませるってことについてだけはみんな一致している。あいつがそれをやるんだったら、じゃあ俺は今日はこっちをやるよっていう、お客様に真剣に対峙している緊張感というか。寄席、芸人の面白さですね。

萬橘「烏亭焉馬がやっていたような、面白い話の持ち寄りの原点になったらいいなと」

芸人のメンタルヘルス

萬橘 例えば、主催者に何を望まれているかっていうことだけを考えていってしまうと、その日のお客さんや空気が蔑ろになってしまったりするんですよね。「これをやってくれるだろう」という、誰かの意思だけのために発表してるみたいな。お客さんが納得してるのかという疑問をずっと抱え続けてしまう。

やっぱり僕らは、所詮は水滸伝なんだから。政府に対して反発してる集団で。その反発の仕方がそれぞれバラバラにあって。小さくてはしっこい奴が鍵を開けて、斧を持った奴が後から行くっていうような、自然な連携ができることが芸人としても一番面白い部分で、お客様としてもその部分に感動してもらえるはずなんです。

――それはお客さまに伝わると思います。

萬橘 それを斧の人だけって形で販売されちゃうんで。そしたら斧の人が鍵を開けて入る仕事もやらなきゃいけなくなる。僕らは全員でお客様に対応するというトレーニングを寄席で積んできているのに、それを発揮させてくれない。

それがやっぱり一番ストレスになって、芸人のメンタルヘルスに一番良くないと思うので、これ(にっぽり館)をどうしてもやりたいってずっと思ってました。

僕が大風呂敷を広げてもいけないと思うんですけど。でもやっぱりね、そういう場所があれば。

萬橘「やっぱり僕らは、所詮は水滸伝なんだから」

寄席の最小単位

萬橘 もし芸人が分散してバラバラになって、寄席が1軒だけになってしまったとして、芸人と素人との線引きはどこにあるのか。僕はやっぱり有機的に結合してること、みんなでお客さんを迎えるってこと、そこが一番の線引き。そのためのトレーニングを積んできたか、一緒にできる人かどうかってことを。会話しなくてもそういうのができるかどうか、それが一番大事だと思うんです。

鶴川落語会が開催してるのも、独演会じゃなくて二人会とかじゃないですか。遊雀師匠ともお話しさせていただきましたけど、やっぱり二人会は寄席の最小単位だと思うので。前座が上がって、そのあと二つ目の役。その代わり最後に上がるから華だけ持たせてもらって申し訳ないね、っていう仕事を二人でやる。

――なぜ二人会をやるかという理由はそこなんです。

萬橘 じゃあ僕は仲入り前にお客様が楽しく過ごせるように務めてきます、そこに会話は必要ないですよね。修業してきてるから、どういう師匠でどういうふうに振る舞ってくださるかはわかってて、その上で僕ができる中での仕事はこれでしたと。「すいません、森の石松、満身創痍で帰ってきました」って矢が刺さって帰ってきたってことも。清水次郎長じゃないですけど。それができるという鶴川落語会への信頼もあります。

鶴川落語会のネタ帳を見る師匠方

二人会と三人会

――独演会と二人会との違いをどういったところに感じますか?

萬橘 後に控えてくださっているか、真ん中で盛り上げてくださるかどうかで、できることの範囲が全然違う。

――三人会とも違いますか。

萬橘 違うものだという感じがしますね、僕の感覚としても。

遊雀 三人会は三人会でまた違うなあ。二人会が一番いい緊張感を持てるかな。三人会よりは二人会のほうが緊張するね。

萬橘 いくつかの仕事をしなきゃいけない、そういうことがあるので。これやったらバランスよくなるな、という計算もするようになると思う。

遊雀 前回は萬橘ちゃんがトリだっけ。だから今度はおいらがトリか。それって現場で決まるんですよ。それでいいんかいっていう感じはあるんだけど(笑)それがいいんだよ。そこから始まるんですよね、その瞬間から。

1時間前ぐらいに楽屋入りして、二人でおはようって喋って、ネタ帳見て。どっちがトリ取るっていう話になったら順番が決まるわけじゃないですか。もしかしたらさ、そのトリが「今日ちょっとごめん、最後あれやらしてくれる?」って言うかもしれないし。「兄さん何やるの?」とか、「萬橘ちゃん何やるの?」って決まってなかったら、じゃあどうしようかって言って。喋りながら、状況がどんどん動いていく。

二人会って、そこがいい加減っちゃいい加減なんだけど、それで成立しちゃうから。

遊雀「二人会が一番いい緊張感を持てるかな」

――動きながら、当日の流れが決まっていきますよね。

遊雀 お客様がウケてるとかウケてないとか、これで笑ってこれで笑わないっていうのも見ながら、ネタも変わっていったり、常に動いてる。それをずっと、二人でやりながらね。

――三人会よりも責任が分散しない感じがありますね。

遊雀 そうなんだよ。二人で戦っていく、相対していくという、あの何ともいえない緊張感。その現場で、一瞬で作っていく。それを毎年(鶴川で)やらせてもらえるのは、ヨイショでも何でもなくありがたいし。誰と二人会をやるかでやっぱり全然変わってきちゃう。

――主催側の狙いは演者の組み合わせに出ますよね。

遊雀 萬橘ちゃんとやることになったら、やっぱり瞬間とか、絶対に2時間半逃しちゃいけないって思いますよ。お客さんもそれを見に来てるんだけど、お客さんよりも芸人の方が、お互いをじーっと見たり。楽屋で着替えながら、もうすっごい聞いてるんですよ。

こんなこと言ってるとか、これでお客さんが喜んでるとか、すごい聞いてる。じゃあどうしよう、何喋ろうって思うわけじゃない。今のこの人の瞬間を聞いてなきゃまずい、ってものすごく思う。

萬橘 化学反応が起きるのは面白いですよね。

萬橘「違うものだという感じがしますね、僕の感覚としても」

――二人会の面白さはそこにありますね。

遊雀 三人会でもある程度そうなんだけど、やっぱり二人会のときの方が聞いてます。

萬橘 三人会だと楽屋に二人いるからですよね(笑)。

遊雀 それはそれで和やかで。

萬橘 陽気な雰囲気ですね。

遊雀 その和やかさが高座にも出るので、それはそれでアリだと思うんだけど。二人会は、かなりお互いに聞いてますよ。袖でじっと聞いてることもあるし、何か考え事をしているように見えても、聞いてないってことはないですからね。絶対聞いてます。


<後編へ続きます>

聞き手=今野瑞恵 構成・撮影=中瀬裕 文責=鶴川落語会



「​遊雀・萬橘二人会 Vol.3」にご来場の方限定で、Web未掲載のトークを配布いたします

<サンプル画像>


遊雀・萬橘二人会 Vol.3 公演情報

■開催日時
2023年10月1日(日)
13:00​開場/13:30開演

■会場
和光大学ポプリホール鶴川
〒195-0053 東京都町田市能ヶ谷1丁目2-1
小田急線・鶴川駅北口から徒歩3分
※新宿駅から鶴川駅までは小田急線で約30分

■料金
一般:前売3,800円/当日4,000円
U22:前売1,800円/当日2,000円
※全席指定席
※U22のチケットは、鶴川落語会、町田市民ホール、かわせみチケットオンラインでのみ購入可能です。当日は年齢確認のため身分証をお持ちください。

■チケット取扱
鶴川落語会
かわせみオンラインチケット
イープラス
町田市民ホール(042-728-4300、窓口)
和光大学ポプリホール鶴川(窓口)


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