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【レポート】50歳過ぎて舞台に立つ:「大人の学び直し」としての演技講座(種村剛さん)

先日の発表公演『ヴェニスの商人』をもって、2022年度の演技講座が終了しました。

約15名の講座生の中には、学校に演劇部がなく表現の場を探す高校生、子育てと両立した活動を目指す主婦、50代にして初舞台に挑戦となる方など、様々な背景を持った方が参加していました。

今回は、1年間講座に参加した種村剛さん(北海道大学・教員)よりご本人の許可を得て、参加振り返りレポートを公開いたします。

種村 剛(たねむら たけし)
北海道大学教員。これまで弦巻楽団と『私たちが機械だった頃』(2019年)、『インヴィジブル・タッチ』(2020年)、『オンリー・ユー』(2021年)を協働で制作。2022年度の演技講座では『街道筋』(作:アントン・チェーホフ)のサウワ爺、『冬の花火』(作:太宰治)の伝兵衛、『ヴェニスの商人』(作:ウィリアム・シェイクスピア)の老ゴボーを演じた。

1. はじめに

私は2022年から大学でリカレント教育に携わることになりました。リカレント教育は「大人の学び直し」のことです。学校を卒業した人たちに対して、大学で再び学習する機会を提供することが私の仕事です。

そんな仕事をすることになるのであれば、自分自身もまた「大人の学び直し」をやってみないといけないと決心しました。そこで目をつけたのが弦巻楽団が主催している演技講座でした。

これまで演劇は観る専門で、舞台に立つことなど考えたこともありません。そんな50歳を過ぎた自分が、初めて演技を学んで、初舞台を踏むことができたなら、それは立派な「大人の学び直し」になるだろうと考えました。

先日、講座の集大成として『ヴェニスの商人』を4ステージ、お金を払って見に来てくれた観客の前で演じることができました。人生初のカーテンコールも経験しました。

1年間の演技講座で経験したことはたくさんあります。中でも講座で演技づくりを学ぶ過程で体験した「大人の学び直し」について少しまとめてみようと思います。

第3学期発表公演『ヴェニスの商人』(作:ウィリアム・シェイクスピア)

2. 知識と「誰も答えを知らない問い」

ウェブページをみると演技講座は「仕事や学校と両立しながら本格的な演劇づくりを学べる場」と説明されています。「学ぶ」すなわち「学習(learning)」は「知識や技能の獲得」を指します。つまり、演技講座は「演劇づくりのための知識や技能を獲得する場」です。

技能についてはいったんおいて、知識について考えてみます。
知識とは「知っていること」です。「知っていること」は「「問い」に対して答えることができること」と言い換えられます。

例えば「シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』にはシャイロックというユダヤ人の高利貸しが登場する」ことをあなたが「知っている」場合「『ヴェニスの商人』の作者は誰ですか?」「シャイロックの職業は何ですか?」という「問い」に答えることができるはずです。

すると「知識を獲得する」とは、「自分が今まで答えられなかった問い」に答えられるようになることだといえます。

「自分が今まで答えられなかった問い」には二種類あります。

(1)他の人は「問い」に答えるための知識を持っているが、自分はその知識を持っていない(ゆえに答えられない)「問い」

(2)他の人も自分も「問い」に答えるための知識を持っていない「誰も答えを知らない問い」

(1)の場合、自分が持っていない知識を獲得するためにはどうしたらよいでしょうか。それは、知識を持っている人に答えを教えてもらうことが一番手っ取り早い方法です。書籍やインターネットを使って調べることで知識を得ることもできるでしょう。

難しいのは(2)の場合、すなわち「誰も答えを知らない問い」に向き合うときです。なぜならば、この場合、誰もあなたに答えを教えることができないからです。もちろんインターネットにも答えはありません。

「演劇づくりのための知識」には「誰も答えを知らない問い」がたくさんあります。例えば「観客を感動させるような演劇はどうしたら成立するのか?」「どんなことをしたら演技がうまくなるのか?」

わたしたちが「演劇づくりのための知識」として知りたいことはこれらの「問い」への答えなのですが、この「問い」の答えは誰にも分かりません。問いに対する唯一の正解などないかもしれません。

3. 知識を新たに発見するための試行錯誤:演劇の「研究」と「探究」

「演劇づくりのための知識」を獲得する場が、演技講座でした。しかし一方で「観客を感動させるような演劇はどうしたら成立するのか?」「どんなことをしたら演技がうまくなるのか?」といった演劇づくりの根っこに関わるような「問い」は「誰も答えを知らない問い」であり、誰もその「問い」に対する「答え」を持っていません。

では「演劇づくりのための知識」はそもそも獲得できないのでしょうか。そうではありません。

他の人も自分も「問い」に答えるための知識を持っていないのならば、その知識を自分で発見することで、知識を獲得することができます。つまり「他の人から知識を教えてもらう」のではなく、「自分たちで新しく知識を発見する」のです。

知識を発見するといわれると少し難しそうですが、そんなことはありません。先に挙げた「観客を感動させるような演劇はどうしたら成立するのか」という「問い」を例に考えてみましょう。この「問い」に答えるための知識を発見するために、まず「観客を感動させるような演劇を成立させるには、Aをしたらよいのではないか」とひとつの考えを仮に定めます。そして自分たちが想定したAを実際に試してみます。Aを試してうまくいかなかったとしたら、改めて「観客を感動させるような演劇を成立させる方法B」を仮に定めて、再びトライします。もしBをすることで観客の心を動かすことができれば「観客を感動させるような演劇はどうしたら成立するのか」の問いに対する答えがさしあたりひとつ見つかったことになります。

しかし、こうして見つかったBという答えは、唯一の答えといえるでしょうか。もしかしたら「もっとよい方法Cがあるのではないか?」、「うまくいかなかったAも条件を変えれば、うまくいくのではないか?」、そもそも「「観客を感動させるような演劇はどうしたら成立するのか」という「問い」よりも大事な考えるべき「問い」があるのではないか?」……。Bという答えが出てもそれで終わりではなく、そこからさらに「問い」が生まれます。

「誰も答えを知らない問い」に対して「こうではないか」「こうしたらよいのではないか」と仮の考えを置き、実際に試行錯誤を通じて確かめて「答え」を見つけること。これは「研究」という営みに相当します。

見つけた「答え」が次の新しい「問い」を生み出し、その「問い」の解明にさらに取り組むこと。これは「探究」という営みです。

演技講座で実践されている「演劇づくり」はこのような試行錯誤を通じた「研究」と、さらに演劇を深めようとする「探究」の積み重ねです。演劇についての研究と探究を繰り返すこと。それは新たな知識を発見する活動、もう少し踏み込めば「知識を創造する活動」ともいえるのです。

技能についても触れておきましょう。演劇は身体を使った活動です。知識として知っていることも、実際にやってみるとうまくいかないことばかりです。身体を媒介にして知識と技能をすりあわせて、練習を積み重ねてだんだんと「できる」ようになっていく。このような過程で技能の習得が実感できるのも演技講座の特徴です。

第2学期発表公演『冬の花火』(作:太宰治)

4. みんなで取り組む場

演技講座は、演劇経験がない人たちにも講座の門を開いています。演技講座には何年か講座に参加している先輩の受講生、演劇経験豊富な大先輩としての弦巻さんがいます。そして演劇経験がないビギナーにも丁寧に持っている知識を伝えてくれます。このように、演技講座では、ビギナーとベテランが一緒になって、講座全体で「どうしたら良い演劇ができるのか」という「問い」に試行錯誤して取り組んでいきます。

この取り組みの形態は、専門用語でいう「状況に埋め込まれた学習」(situated learning)における「実践共同体」(community of practice)「正統的周辺参加」(legitimate peripheral participation)に当てはまります。

「状況に埋め込まれた学習」とは、学校などの「知識を教える場」ではない場所で行われる学習を指します。

演技講座は「演劇をもっと知りたい」と考えている人たちが主体的に集まった「演劇を上演するための集団」です。このことが演技講座が「実践共同体」であることを意味します。

「正統的周辺参加」とは、ビギナー(周辺にいる人たち)がベテラン(中心にいる人たち)から知識をきちんと学ぶ機会があり、経験を積むことで徐々にベテランになっていくことを意味します。

つまり「状況に埋め込まれた学習」とは、何かをしたい人たちが自主的に集まり、お互いに教え合いながらプロジェクトを行う過程で学習をしていくことです。演技講座は「状況に埋め込まれた学習」の実践だといえます。

複数の役者のセリフのやりとりで演劇は構成されることが一般的です。そういう意味でも「演劇を学ぶ場」である演技講座は「みんなで取り組む場」でもあります。

5. アンラーニングの場としての演技講座

まとめます。演技講座で行われている学習の特徴は、

「誰も答えを知らない問い」の答えを、メンバー全員の協力の下で、試行錯誤しながら発見することです。

一方で、学校や塾で行われている、知識の獲得の方法は、

自分が答えられない「問い」の答えを、先生から一人ひとりに、教え授けることです。

このように演技講座で行われている学習と、私たちが学校や塾で行う学習は対照的です。

私は、どちらの学習方法も同じように大事だと考えています。しかし「「誰も答えを知らない問い」の答えを、メンバー全員の協力の下で、試行錯誤しながら発見する」演技講座のような学習を行う機会はあまりないのが現状ではないでしょうか。とりわけ、大人になるとこのような学習の機会は少なくなっていくように思います。

一方で、私たちが直面しているさまざまな社会課題を解決しようとする試みは「誰も答えを知らない問い」に対する答えを創造することだといえるでしょう。ならば、今ある課題の解決を試みることで子どもたちの未来をより豊かにする責任ある大人こそ、このような学習を経験する機会を持つべきなのではないでしょうか。

演技講座に参加することは、いつもの職場と違う場所で、出会ったことのない人と出会い、異なる価値観を知ることです。この経験は、自分のこれまで持っていた知識や技能、態度を相対化し、それらから自分が自由になること、すなわち「アンラーニング」につながっているように思います。札幌に弦巻楽団の演技講座があり、だれもが演技講座に参加できる機会に開かれていることは、貴重なことです。

人生100年時代といわれます。ならば50歳はまだ道半ば、新しいことにチャレンジし、知らなかったことを知る機会に開かれています。演劇に関心がある方、一生に一回は舞台に立ってみたいと考えている方は、2023年4月から始まる演技講座の門を叩いてもよいのではないでしょうか。


弦巻楽団演技講座は現在2023年度の受講生を募集中です。ご興味のある方は以下の募集要項をお読みの上、ぜひご連絡ください!

申し込み締め切りは2023年4月6日(木)です。みなさんと作品づくりができることを心待ちにしております!

お問い合わせ
一般社団法人劇団弦巻楽団
メール:tsurumakigakudan@yahoo.co.jp

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