青井陽治氏と私。【『ファーンズワース・インヴェンション』を上演するにあたって vol.1】
2017年の春、自分は東京にいた。
劇団ナイスコンプレックスの『ナイスコンプレックス』再演にあたり演出を引き受けていた自分は、東京で1ヶ月単身赴任をしていたのだ。稽古も進み小屋入りをしていた頃、お世話になっている青井陽治氏に連絡を取り、観に来てください、と伝えた。前年、弦巻楽団では青井先生(先生、となぜか自分は呼んでいた)にニール・サイモンの『裸足で散歩』の新訳を書き下ろしていただき、上演させてもらっていた。そのお礼もしたかった。
「時間ある? 良かったら近くでお茶でもしませんか?」
「良いですね。こちらこそお願いします。」
青井先生はいつもと同じようにふらりと現れ、劇場の近くのカフェでお茶をすることにした。少しだけ顔色が悪い気がしたことを覚えている。
いろんな話をした。『裸足で散歩』のお礼。観ていただいた初日以降の顛末。劇団を今後どうしようかと考えていること、などなど。先生のお話はいつもの通り軽妙で、思わぬ膨らみを見せたかと思うと様々な蘊蓄を豊かに辿り、見事な知見に着地した。演劇の歴史と現在が交差する特別授業を受けてる気分だった。
おもむろに先生は一冊の戯曲を取り出した。
「この作品知ってる?」
「いえ。(受け取り)ああ、アーロン・ソーキンの脚本なんですね。この作品は知らないです。」
「僕、訳してみたんだ。まだ日本では上演されてない作品なんだけど。良かったら読んでみる?」
「はい!」
「じゃあ読んでみて。」
「ありがとうございます。」
「弦巻くんきっと感じる部分あると思うから。」
「ありがとうございます。こっちにいる内に読んでお返ししますね。」
「いや、いいよ、あげる。」
「え?」
「返さなくて良いよ。これは差しあげますので。」
「え??」
「読んでみて、面白いと思ったら、いつか上演して。」
「良いんですか? もらっちゃって。」
「うん。弦巻くんに合うと思う。」
「……分かりました。ありがとうございます。」
『裸足で散歩』の時も翻訳された戯曲の取り扱いがとても厳重だったので、そんな風にご自分の新訳を、しかも未上演作品の戯曲を渡してくださることにとても驚いた。
タイトルは、『ファーンズワース家の発明』。
本番があるのでその後早々にお店を出た。先生は終演後は予定があるらしく、直接感想は聞けず、そのままお帰りになった。それが青井先生と直接お会いする最後の機会となった。
約半年後、青井陽治氏はご病気でこの世を去った。
戯曲はとても面白かった。アーロン・ソーキンらしい正義を軸とした、そこで葛藤を抱えざるを得なくなる男達のドラマ。アメリカの戯曲らしい「打ち建てる」事によるアイデンティティの確立。またはその挫折。全てを手にするか、あるいはゼロか。容赦のない展開と、だからこそ滲み出る叙情。素晴らしい作品だと一読で思った。
「面白いと思ったら、いつか上演して。」
青井先生には知り合った頃からずいぶん目をかけていただいていた。ハラハラさせたり、イライラさせたこともあったと思う。けれどいつも遠くからおおらかに見守ってもらっていた実感がある。(どんな若手にも温かい方だったと思うけど。)
若手演出家コンクールを経て、一緒に審査の仕事をさせてもらいながら常に勉強させていただいていた。指導や授業といった形ではないけど、教えられたことは無数にある。
翻訳劇に取り組むアプローチについて。
登場人物の理解について。
異文化との向き合い方について。
演技について。演出について。演劇について。
あまりに膨大な知識と、その活かし方に長けた方だった。ここでは書けないが、悪意ある劇評や感想への返し方(!)なんてものも教わった。
今振り返って思えば、テクニックというより、弦巻自身が考える演劇へのアプローチを「それで良い」と支えてもらっていたような気がする。言語化できずにいた直感に言葉をあてがってもらったというか。
「余計なものは何もないから、そこは安心して良いよ。」
自分の演出を見た青井先生の言葉で、一番印象に残ってる言葉だ。
足りないことは十分自覚していた。それでも、この言葉にどれだけ救われたかわからない。
意味のある舞台を作りたくて、意味のある時間を創出したくて、嘘や「っぽさ」や欺瞞で、あるいは見て見ぬふりで成立させた舞台は作りたくなかった。それが観客から「未完成」や「未成熟」に見えたとしても。ちゃんとした舞台を、誠実な舞台を作ろうとしていた。そのもがきの中で、自分の舞台を見て青井先生はそう言った。
その半年後手渡されたのが『ファーンズワース家の発明』、今回上演する『ファーンズワース・インヴェンション』だった。
先生が何を思って自分にこの戯曲を託してくれたかは分からない。
でも烏滸がましいかもしれないが、その「余計なものの無さ」を信頼してくれたのでは、と思っている。そうでもないと、数多の才能ある演出家のひしめく東京ではなく、この札幌で、足踏みするように活動をしている自分に託す理由がない。
読んですぐに上演したい! と思った。自分以外にもこの戯曲を託された方がいないとも限らないから、すぐにやらねば! そんな想いもあった。だが上演は難しいということもすぐに想像がついた。この戯曲の内容を上演できる、演技で体現できる俳優が札幌には(自分の周りには)いない。
やるからには、演出のひねりや批評としてのアプローチではなく、正攻法で、エンターテイメントのドラマとして上演したかった。それには、俳優達の力が必要だ。登場人物とイコールで存在できる俳優が。
信頼のおける俳優はいる。でも、この作品を演じるにはまだみな若い。もう少し、この作品に相応しい俳優力や人生経験が必要だ。
劇団としても演出家としても足踏みし、地固めする必要が。
そうして7年が経った。
戯曲の存在についてはほとんど話したことがなかった。
誰かに見せたこともなかった。
ずいぶんお待たせしてしまった気がする。
「面白いと思ったら、いつか上演して。」
面白いと思ってから7年。
ようやくその言葉に応えることができる。
公演情報
『ファーンズワース・インヴェンション』
脚本:アーロン・ソーキン
翻訳:青井陽治
演出:弦巻啓太
鬼才アーロン・ソーキンによる実話に基づいた傑作戯曲 “The Farnsworth Invention” 弦巻楽団の手により、日本初演!
“The Farnsworth Invention” は、映画『ア・フュー・グッドメン』や『ソーシャル・ネットワーク』で知られる脚本家アーロン・ソーキンの代表作の一つ。テレビ開発の歴史を実話を基に描く本作は、2007年にブロードウェイで上演されました。
ニール・サイモン『裸足で散歩』(2016年)、アリエル・ドーフマン『死と乙女』(2023年)など、これまで数々の海外戯曲を手掛けてきた弦巻楽団が、2024年11月、日本初演を行います。
日本を代表する翻訳家・青井陽治が亡くなる直前に「これをいつか上演して欲しい」と弦巻に手渡した未発表の翻訳を使用。演出家・弦巻啓太の一つの到達点となる舞台です。
出演は弦巻楽団の劇団員に、豪華俳優陣を迎えたオールスターキャスト。主人公である天才科学者フィロ・ファーンズワースを、これまで何度も弦巻楽団の舞台を共に作り上げた遠藤洋平が演じます。
初日を迎える2024年11月21日は「世界テレビ・デー」。テレビの発明をめぐる二人の《インヴェンション》の日本初上演をお見逃しなく。
キャスト
遠藤 洋平(ヒュー妄)
村上 義典(ディリバレー・ダイバーズ)
深浦 佑太(ディリバレー・ダイバーズ)
井上 嵩之(→GyozaNoKai→)
田村 嘉一(演劇公社ライトマン)
岩波 岳洋
相馬 日奈(弦巻楽団)
木村 愛香音(弦巻楽団)
イノッチ(弦巻楽団)
高橋 咲希(弦巻楽団)
髙野 茜(弦巻楽団)
来馬 修平(弦巻楽団)
温水 元(満天飯店)
町田 誠也(劇団words of hearts)
日時
2024年11月21日(木)〜24日(日)
21日(木)14:00/19:00
22日(金)14:00/19:00
23日(土)14:00/19:00
24日(日)14:00
会場
生活支援型文化施設コンカリーニョ
札幌市西区八軒1条西1丁目2-10 ザ・タワープレイス1F
TEL:011-615-4859
→Googleマップを開く
チケット
【前売・予約】
一般:4,000円
U-25:2,500円
高校生以下:1,000円
ペアチケット:6,000円(当日券なし)
【当日】
一般:4500円
U-25:3,000円
高校生以下:1,500円
【チケット取り扱い】
市民交流プラザチケットセンター
セコマチケット(セコマコード:D24112101)
【ご予約(当日受付にてお支払い)】
メールでの受付(①お名前、②ご観劇日時、③券種、④枚数 をご送信ください) info@tsurumaki-gakudan.com
スタッフ
音楽:加藤亜祐美
舞台美術:高村由紀子
照明プラン:山本雄飛
音響:大江芳樹(株式会社ほりぞんとあーと)
宣伝美術:勝山修平(彗星マジック)
ライセンス:シアターライツ
特別協力:土屋誠(カンパニー・ワン)
制作:佐久間泉真(弦巻楽団)
主催:一般社団法人劇団弦巻楽団
助成:芸術文化振興基金
後援:札幌市、札幌市教育委員会
協力:さっぽろアートステージ2024実行委員会、札幌劇場連絡会
公演特設サイトはこちら
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