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勇退

みなさんこんばんは、つるけんです。

今回は、本日2022年3月11日をもって定期運行を終了した、ある鉄道車両に関する記事です。

鉄道や旅行が好きな方に、読んでいただけると嬉しいです。

小田急のフラッグシップ

世界で最も多くの人が行き交う駅である、新宿

関東随一の温泉地である、箱根湯本

この2つの駅を長年結んでいる列車がある。
小田急電鉄の特急ロマンスカーだ。

2代目ロマンスカー、NSE(3100形)。

箱根に行ったことがない人でも、特急ロマンスカーの存在を知っている人は多いだろう。

自分は、幼少期から箱根駅伝のテレビ中継でロマンスカーを見ていた。

第95回箱根駅伝(2019年)復路での1枚(スポーツ報知)。

ロマンスカーは、 2人がけ座席の間に、あえてひじ掛けを設けない「ロマンスシート」を備え、長年、新宿と箱根湯本を結んできた。

ロマンスカーは、時代の変化とともに少しずつ新しい要素を取り入れ、箱根へ向かう人々、そして沿線に住む人々に寄り添ってきた。

歴代ロマンスカーが壁に描かれた、新宿駅の特急ホーム。

大迫力の展望席、高い位置から景色が見られるハイデッカー車両(HiSE)、豪華な「スーパーシート」を備えた2階建て車両(RSE)、あえて展望席を設けず通勤需要に特化した車両(EXE)など...

様々な変化を遂げたロマンスカーの歴史に、新たなる伝説の1ページを作った車両がいる。

その名は、VSE(50000形)。

これまでにない、革新的な白い車体。

VSEは、2005年当時、需要が落ち込んでいた箱根旅行の人気を復活させるべくデビューした。

VSEは"Vault Super Express"の略で、これまでのロマンスカーにない、シルキーホワイトをベースに、バーミリオンオレンジとグレーの帯を引いた車体が特徴だ。

車体は"Vault"の名の通りドーム状の天井を持ち、座席は窓に向けて5°斜めに配置されている。

これまでにない、新たな居住性。

3号車には最大4人で利用できる半個室「サルーン席」があり、グループ旅行におけるプライベート空間も演出した。

サルーン席は1編成に3室限定である。

より良い乗り心地を目指すため、VSEには、これまでのロマンスカーで採用してきた「連接台車」に加え、カーブでの遠心力を軽減する「車体傾斜制御」も導入した。

2両の境目を1つの台車で支える連接台車。
(普通は1両の両端に1つずつ台車がある)

(連接台車と車体傾斜制御の説明は難しいので、割愛します)

車内販売では、飲食物をワゴンで運ばず、注文を受けて車内販売カウンターから座席へ運ぶ「シートサービス」を行い、特別感を演出した。

シートサービス用のグラスは、数量限定で販売もされた。

そして、VSEの運転士と車掌は、社内独自の厳しい選抜試験に合格した者しか乗務できない

それだけ、VSEは小田急のフラッグシップとして特別な存在とされた。

これまでにないスタイリッシュな車体、最高の乗り心地、特別な乗務員による最高のサービスで運行されるVSEは、たちまち大人気となった。

行楽シーズンには、1か月前の朝10時に予約しないと特急券が取れないほどの大盛況となった。

自分は大学時代に小田急線の駅員アルバイトをしていたが、土日や行楽シーズンには「何時のロマンスカーがVSEか」「次のVSEに空席はあるか」という問い合わせをよく受けていた。

小田急線で駅員アルバイトをしていた時の筆者
(2017年10月、友人撮影)。

そして、母親を連れて箱根旅行をした時は、行きにLSE(7000形)、帰りにVSEのサルーン席を利用した。

レトロな内装が人気だったLSE(7000形、2018年引退)。

押し寄せる世代交代の波

しかし、VSE独自の特別なサービスは、徐々に縮小されていった。

車内販売のシートサービスは2016年3月25日をもって終了し、ワゴン販売に変更された。

また、VSE乗務員の選抜試験が廃止され、全ての特急乗務員がVSEに乗務できるようになった。

特別感が少なくなることにより、VSEの特別感は失われていった。

そして、これまでにない世代交代の波が押し寄せてきたのは、2018年だった。


2018年3月17日、新型ロマンスカーGSE(70000形)がデビューした。

VSEの白と対照的な、赤い車体。

GSEは、これまで以上に前面と側面の窓を大きくし、眺めの良さを強化した。

そして、通勤需要にも対応するべく全ての座席にコンセントを設置し、フリーWi-Fiサービスも開始した。

走行機器の面では、VSEに採用されていた連接台車が、座席数の確保や、車両の整備を容易にするため採用されなかった。

連接台車を採用すると、車両1両あたりの長さが2m短くなり(20m→18m)、座席数が少なくなってしまうからだ。

GSEがデビューした当初、小田急電鉄は「VSEとGSEをロマンスカーの二枚看板にする」と発表していた。

しかし、観光特化のVSEより、オールラウンダーなGSEの方が使い勝手が良いのは間違いなかった。

さらに、洗練されたサービスによるVSEの特別感は、サービス縮小により、ほとんど失われていた。

これらの理由から、ファンの間ではVSEの引退がまことしやかに囁かれるようになった。


早すぎる運行終了

わずか17年で引退

2021年12月17日、小田急電鉄は「2022年3月11日をもって、VSEの定期運行を終了する」と発表した。

2023年まで臨時列車や団体専用列車で使用する予定があるらしいが、あと何回VSEを見られるか分からない。

これまでのロマンスカーは、全て20年以上活躍してから引退している。

そのため、VSEにとっての17年は、ロマンスカーの中では短命となってしまった。


早すぎる引退の理由

絶大な人気を誇ったVSEが、わずか17年で引退を余儀なくされたのには、大きな理由がある。

それは、VSEが整備しにくく、乗務しにくい車両だったからだ。

乗り心地を向上させるために採用した、連接台車、車体傾斜制御、特殊な車体の構造は、車両の整備や修理、改修を困難にしていた。

駅員バイトを機に知り合ったロマンスカー乗務員から聞いた話だと、VSEの引退が近づいた頃は車体傾斜制御が故障していた上、部品が調達できず修理できていなかったそうだ。

また、VSEの運転席はとても狭く、空調は扇風機があるものの冷房がない

正面に速度やブレーキ圧を確認する画面がある。
左側にマスコン(加減速するためのハンドル)がある。
右側に車両の状態や運行情報を確認する画面がある。

運転士は、窮屈な運転台で、夏は熱中症になりやすい環境下で、常にトップクラスの運転技術を要求される。

これは、運転士にとってあまりにも過酷だった。

このような要素が重なり、VSEは引退を余儀なくされてしまった。


VSEは、いつまでもみんなの心にある

大人気の車両ながら、維持管理が困難になったことから定期運行を終了するVSE。

その最後の日に向けて、各駅では感謝のポスターやメッセージボードが多く設置された。

VSEの門出を飾るホワイトボード。
こちらは可愛くポップなデザイン。
新宿駅にたくさん貼られた「感謝」のポスター。

この記事では新宿駅しか取り上げていないが、他の駅でも凝ったデザインの惜別メッセージが掲げられているそうだ。

VSEに向けられたメッセージは、駅のメッセージボードだけではない。

定期運行終了が近づくにつれ、VSEの車内放送では、これまでVSEを愛してくれたファンへの感謝や乗務員の思い出が綴られるシーンが増えてきた。

そして、2022年3月11日の箱根湯本発、新宿行きの「はこね32号」では、原稿がA4用紙1枚、時間にして5分におよぶ惜別の車内放送が流れた。

VSEは、とても多くの人に愛された。
だから、まだまだ走ってほしかった。
もっと、カッコいい姿を見たかった。

コロナ禍を乗り越え、再び満席のお客さんを乗せて走る姿を見たかった。

けれど、時代の波に飲み込まれてしまった。
それでも、VSEは、みんなの心で走り続ける。

そのような想いにさせてくれる車両に出会えて嬉しかった。

17年間お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました!

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