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「この引きはゴンズイじゃない」

時間はまた2017年11月に進み、東扇島釣行で凍死しかかった後のこと。

あれだけの痛い目をみておきながら、我々の大物熱は冷めることなく、びめしと僕は何とかして夢の1本を手にするべく情報収集に勤しんでいました。

当時は釣りに熟達した界隈のTwitterアカウントも全く知らず、ましてやAnglersといった情報共有アプリも存在していなかったため、過去の怪しげなブログや使い古された情報誌を読み漁るしかありませんでした。


そんな僕が見つけた、とある場所。


「城ヶ島…?神奈川県に島?」


当時、神奈川県では金沢八景以南に足を踏み入れたことがなく、伊豆半島と三浦半島がごっちゃになるレベルに知識レベルが低かった僕にとって、神奈川県に車で渡れる島があるという情報に興味をそそられました。

さっそくびめしにLINEを送ります。

『城ヶ島って知ってる?』

『ああ、三浦半島の先端ですよね。まぐろ海鮮丼が有名ですよ』

『青物(*注)が釣れるらしい。あと夜はアナゴも釣れるって』

『行きましょう!アナゴからの青物ですね』

*注) 青物とは?:背が青い魚の総称だが、釣り界隈ではその中でも
ブリ・カンパチ・サワラ等の大型肉食魚を指すことが多い。

という訳で僕たちは『金曜 夜9時に城ヶ島に入島してアナゴを狙いながら夜を明かし、明け方に回遊してくるであろう青物を迎え撃つプラン』という、体力と回遊の蓋然性を除けば完璧な釣行計画を立てたのでした。


参加者は僕とびめしの2人のみ。アナゴ用装備と青物と戦える装備の両方を持っていたのが当時この2人だけだったのと、華金と土曜の午前中を移動と釣りで使い切るというパワフルなプランに大勢を巻き込むのは忍びないと考えたのが当時の理由でした。



当日。未開の地における未知なる釣果に期待が膨らみ会話も弾んだからか、あっという間に三崎口へと到着しました。


眩いばかりに照らされた都心とは対照的に、昼間観光客でごった返していたであろう三崎口の夜は、ぽつぽつと離れて等間隔に並ぶ街路灯に照らされ、どこかノスタルジックな雰囲気を醸し出していました。

有名な釣り場と聞いていただけあって、地元民と思しき釣り人達が車を港に横付けし、街路灯よろしく等間隔に並んで静かに釣りを楽しんでいました。

「そこそこ人いるんだね」

「二人で投げ釣りできそうなスペースはないですね。島側に行きましょう」


三崎口(三浦半島)と城ヶ島(隣接する島)は1本の橋で繋がれているのですが、その距離はとても短く多摩川河口の川幅ほどしかありません。ゆえに三崎口の堤防からは対岸にある城ヶ島の景色が割とくっきり見えるのですが、確かに城ヶ島の方が人影はまばらに見えます。


橋の入り口で眠たそうにしている係員のおじいさんに数百円を支払い、三崎口の対面にある港に行くと、いくつか車を横付けして釣りができそうな場所がありました。

城ヶ島にはほとんど住居がなく、夜は工事・港湾関係者や釣り人以外に人の出入りがないからか、街路灯は海岸沿いにしかありません。ここが都心から車で2時間もかからない場所とは到底思えませんでした。

撮影者:別日に連れてこられたい駒さん。対岸は城ヶ島ですが本当に真っ暗です。

「ここにしよう。確か城ヶ島と三崎口の間の海は、底が砂地だからアナゴが狙えるはず」

「早速この前買ったコルトスナイパーを使う時がきました」

「本来エサ釣りで使う竿じゃないけどね、コルトスナイパー…」

そんな訳で、僕はシーバス用ロッド、びめしは虎の子のコルトスナイパーを組み立て、木更津で惨敗したアナゴ釣りのリベンジを図ることにしました。

「仕掛けはこれね。青イソメは買ってあるから」

「ありがとうございます。ロッドに付ける鈴(暗くても魚がかかると音が鳴って分かる仕組み)も買ってきました」と自信満々のびめし。

「完璧だね」

今回の仕掛けには三つも針がついており、アナゴと言わずどれかに魚が掛かる目論見です。

その日は風もなくべた凪で、びめしの鋭いキャスト音(ロッドを振った時の風切り音)とドボンという着水音が遠くからでも耳に入りました。


竿先に鈴をつけ、あとはTwitterでもやりながらアタリを待とう、と地面に座ったところー。

りりりん。

「きた!」


びめしのロッドに付けた鈴が確かに鳴ります。前述の通り、風のなかったこの日に強風による誤作動でないことは明らかでした。


「JBさん乗った!ついてる!!」


びめしが煽ったロッドは、確かに生命感を伝えるようにブルブルと震えています。確かに魚が付いています。


「巻いて巻いて!」


初場所で早々に釣れるという経験を久しくしていなかった我々を待ち受けていた魚はー。


出典: https://fish-on-search.jp/2022/03/24/picture-book-gonzui/

「うわあ…ゴンズイだ」

「これ何ですか?」

ゴンズイ。ナマズにも似たこの魚は、釣り人界隈ではあまり喜ばれない魚です。その理由は、

「びめし、これ鰭に毒あるから気を付けてね。逃がした方がいいかも」


「ええ、マジですか。こいつ結構暴れるんですけど」

フックリムーバーを持っていなかったため、おっかなびっくりプライヤーで針を外し海に返したびめし。


「まあこれでボウズはなくなりましたね」


と喜んでいたのもつかの間。今度は僕のロッドに掛かるゴンズイ。
餌を付けなおしたびめしの仕掛けにもゴンズイ。

「…ここゴンズイしかいないんですかね?」


序盤よりキャスト音に切れがなくなっているびめしと、


「砂地だから生息域が被るのはしょうがないんだけど」


と暴れるゴンズイから針を外しながらうんざりする僕。


ただ、そのときは突然やってきました。


ジリリリン!!


これまでにない音量で鳴り渡る鈴と、暴れまわるロッド。
持ち主はさっき投げ込んだばかりのー


「JBさん、きました!この引きはゴンズイじゃない!!」


「巻いて巻いて、ゆっくりでいいから!」


びめしのコルトスナイパーは大物用ということもありゴンズイごときではびくともしなかったのですが、確かにこれまでとは違うしなりをみせていました。

「足元まで来ました!ぶちあげますね!」

「いいよあげて!」


糸を目いっぱい回収し、竿をぶち曲げながら上がってきた魚はー。

僕は今でもその光景を忘れることはできません。

街路灯に照らされながら、




3つの針すべてに掛かった、


これまでみたこともない巨大ゴンズイが3つ、ボルルンボルルンと順々に水面から飛び出すのを。


「ンゴオオオォォォ!」


びめしの名状しがたい叫び声が、鏡面のような海に溶けて消えました。

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