こども数は減ってるけどアニメ作品数は激増している|データ可視化
先日公開されたデータベース「アニメ大全」のデータから作品数推移を視覚化してみたところ、この20年で作品数が激増していることがわかってきました。
驚きの1960年人口ピラミッド
以前、漫画家の萩尾望都先生の講演会を聴いた時に、幼い頃の自分がマンガに夢中になっていったのは背景として、「私たちがこどものころは学校に子どのもがたくさんいて、クラスもたくさんあったんです。そしてそういうこどもたちのためにたくさんのマンガ雑誌が存在して、多様な作品が描かれていました」という趣旨のことを挙げられていました。
つまり膨大なこども人口を背景に、その多様な需要に対応するマンガ市場が誕生してたということになります。萩尾先生は1949年、福岡県生まれです。そこで萩尾先生が小学校高学年だった1960年の日本の人口ピラミッドを見てみましょう。
当時の萩尾先生が属していた1960年の10~14歳の人口は、男女合わせて1,133万人もいます。一見してわかるとおり、人口ピラミッドの中でも突出しているわけです。
たとえお小遣いに限りのある小学生だとしても、これはマーケットとしては無視できない存在感であったことが容易に窺い知れます。
2020年の人口ピラミッドは…?
一方、それから60年経った2020年の人口ピラミッドはこのようになっています。
もはや人口「ピラミッド」ではなく、マッシュルームのようなキノコ型になっています。そして10~14歳の人口は、男女合わせて508万人しかいません。なんと萩尾先生の時代の1,133万人の45%に満たないのです。
庵野秀明年表と出生数推移を重ねる
次に、2021年に新国立美術館で開催された「庵野秀明展」で展示されていた「庵野秀明を育てたもの」というパネルを見てみましょう。
このパネルは、1960年山口県生まれである庵野秀明さんの生い立ちと、その当時出版・放送されていた特撮やアニメーション作品の年表を重ね合わせたものです。
拡大するとまるで波状攻撃のように、歴史に残る特撮作品やヒーローモノ、SF アニメーション作品が発表されているのがよくわかります。
この極めて興味深い年表に、日本の出生数推移をグラフ化して重ねてみました。
上半分の緑の横棒は実写ヒーロー系の増加を示しています。この増加は、1961年以降生まれのこどもの成長と重なっています。
また下半分にある「マジンガーZ」など青い横棒のアニメーション系作品の増加は、ひのえうま(1966年)後生まれの成長と重なります。
そして1960年生まれの庵野監督は、この両方を15歳までに十分に享受したであろうことがよくわかります。
庵野秀明展でも展示されていた「マジンガーZ」が放送されていたのは1973年前後で、出生数は210万人近くとなりピークにありました。
日本のあちこちで子供が生まれていて、「この子たちのための作品を作ろう」という空気が濃くなっていた時代だったのではないでしょうか。
一方、2020年の出生数は85万人弱です。4割ほどしか生まれていない。そして今後も減り続けることがほぼ確実となっています。
そう考えると、やっぱり現代のマンガ市場やアニメーション市場は、先細っているのだろうか…?そのように思われるかもしれません。
しかしデータが示しているのは異なる世界線なのです。
激増するアニメーション作品
たとえばアニメーションです。日本動画協会が先週公開したアニメ総合データベース「アニメ大全」のデータを使って、1917年以降の作品数の推移を視覚化してみましょう。国勢調査によるこども人口の推移とも重ねてみます。
ここまでも種々のマクロデータでご覧いだたいたように、こども人口は1980年代以降減少し続けているのに対して、アニメーション作品の数は、逆に「激増」といってもよい水準で推移してることがわかります。
現在マンガ出版・閲読の電子化への移行に伴い、マンガ市場もすごい勢いで復活を果たしています。
こども人口という意味でのマーケットボリュームは、萩尾先生や庵野監督がこどもだった時代と比べると著しく縮小してます。
ここから導きかれる結論的未来は、「マンガ、アニメーションは斜陽産業であり、近い将来読者がいなくなって消滅する」です。
ところがいま私たちの目の前に現れた未来は「まるで逆」なのです。長い時間をかけて凄いことが起きている気がします。
おもしろい…!
年齢と国境を超えて広がるマンガ・アニメーション
近年やマンガやアニメーション作品は、統計的事実としてのこども人口の減少を念頭に、「これから子どもは減っていくのだ。ではどうすればより多くの人に読んで/観てもらえるか?」という創意工夫の中でつくられています。
その結果、作品は様々な年齢層やジェンダー、国籍、言語に受容されるものとなり、「こども」に限られないエンターテインメントカテゴリに変化しているわけですね。
たとえば「SPY×FAMILY」は元々は『少年ジャンプ+』に連載されている作品ですが、もはや「少年」に限られない読者層に受容されていると考えられます。
こどもも夢中になって読んだり観たりするけど、大人でも楽しめる作品になっている。
特に「家族でチームを組んで進学校を受験し、好成績を獲得せねばならない」という、現代の先進国の核家族にとって共通の切実なミッションが主題なのです。
登場人物はスパイや殺し屋、エスパーといった昭和的な役柄ですが、彼らが立ち向かうのは「悪の組織」「秘密結社」「異星怪獣」ではなく、「受験」や「学歴主義」という、極めて現代的な「システム」なのです。
そしてそのシステムを力で勧善懲悪的に「打倒」するのではなく、主人公の専門的な職能を駆使して、受験というシステムそのものを内側から「ハック」していく物語になっています(この構造は『パリピ孔明』にも見られます)。
物凄くよくできています。ちち、はは、アーニャ、凄い!!!
「見えない類似性」でつながる時代
いずれにせよ今やこれだけの作品数が日々リリースされる状況が常態化してくると、昭和における「サザエさん」「ドラえもん」のように「大勢が少数の同じ作品を観ている」というよりは、
「同年齢集団でも実は観ている作品がバラバラ」
になっていると考えるのが自然です。
教室で隣の席に座っている同級生とは同じ作品を共有していないけど、SNSを通じて別の県や地球の裏側の同作品ファンと繋がっているかもしれない。
また作り手側も「日本のこども」だけでなく、上の世代や、海外のオーディエンスから視聴されることを前提に制作企画を行なっているはずです。
Amazon Prime VideoやNetflixのようなサブスクリプションには高度なレコメンデーションアルゴリズムが使われていると考えられますが、よく使われるとされるレコメンデーション手法にk近傍法というものがあります。
この手法は、過去の利用履歴から「似たもの同士」を明らかにし、その類似度を使っておすすめするべき作品を推定するものです。
別の言い方をすれば「年齢」や「居住地」といった属性で「この人とあの人は似ている」と判定するのではなく、「今まで何を観てきたか」という行動の痕跡から「年齢や居住地を超えた類似性」を発見している、という側面があるかもしれません。
だから、観ているものは隣の同級生や同僚とは違うかもしれないけど、年齢も居住も離れた、どこかの誰かたちと同じものを観ている。
そういう人たちが、ネットで繋がって作品の感動や推しや聖地巡礼を共有している。
この「見えない類似性」の誕生が、当世の特徴ではないでしょうか。
そしてその多様で分散した生態系を捕捉するための手法は、従来の定量調査から、行動データベースのネットワーク科学による分析に移ってきていると感じます。
そんな新たな生態系の中から、どんなエキサイティングなマンガやアニメーションや、オーディエンスが生まれてくるのか。ワクワクします!
以上、徒然研究室でした。
*トップ画像はお絵かき人工知能Stable Diffusionで生成した絵を当研究室で加工し、グラフを合成してたものです。
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