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「選択できる未来」、それは自律社会

 ひさしぶりの読書備忘録となります。ゴールデンウィークもあったりで、私としては珍しいジャンルの本を取り上げました。
 なぜ、この本を手に取ったのか?それは、一見して素晴らしい成功物語の連続というキャリアコース物語ですが、それだけではなさそうな著者のライフヒストリーに興味が湧いたからでした。もちろん、その背景には、この本のタイトルに惹かれたというところがあります。

自ら生き方を変え進む

 著者は、幼稚園から高校までを田園調布雙葉学園で過ごしたとありました。小学校から高校は、皇后雅子様と同窓ということになります。ついつい、ステレオタイプな庶民の目線になってしまい、銀のスプーンをくわえて生まれてきた、恵まれた良家の子女だろうと、先入観が押し寄せてきます。なのにコースチェンジ。
 高校在学中にテニスのめり込み、16歳での渡米を契機にアメリカでそのままプロテニスプレーヤーを目指して、UCバークレーでテニスに打ち込む。しかし、繰り返しの怪我に悩まされる中、プロとして続けることを断念。再び三たびのコースチェンジ。

コースは変えてもミッションは変えない

 チェンジと言っても、テニスからは離れがたかったようで、次にはテニス・バディとなるロボット開発の道に向かい、制御システムを中心とした電気工学を学び始め、本格的なロボット技術のために大学院はMITに進学します。当時のMITには、人工知能の父であるマーヴィン・ミンスキー教授がいたわけですが、いきなり氏にアドバイスを求めて訪ねていったというから、もう「ただ者」ではありません。
 そして、ロボットアームの開発者としてインターンを始めたスタートアップでリハビリ機器の開発にもたずさわり、脳神経科学のロボット応用の領域に進んでいく。テニス・バディロボットから、人の自立を支えるリハビリロボットへと転じたわけです。さらなるコースチェンジ、しかし、芯は変わっていません。
 その後、ハーバード、カーネギーメロン、ワシントン大と、自分の求めと、求められる相手の中で場を転じていき、2007年には「マッカーサー・フェロー」受賞に至り、アカデミアでの実績を重ねていきます。しかし一転、教授のポストからチェンジ、財団設立、GoogleX立ち上げやAppleヘルスケア部門を経て、Googleのバイスプレジデント就任の後、現在はパナソニックの執行役員、そしてYohana創業CEOとして活躍しています。

ゴールへの最適な道は変わるもの

 そのうえ、4人の子どもたちを育ててきた母でもあるのです。どこから見ても、さらっと見れば非の打ち所の無い天才、天は二物を与えることもあるとしか思えないような人物なのに、奢る様子は見えず自然体で自分を生きている様子が綴られています。
 こうして彼女のキャリアコースを追って読み進めてくると、それは最初に定めた一つの道を、持てる能力で、苦も無く登り詰めてきたというものでは決してないのです。意外なほどに苦難に遭いつつ、それらを越えてコースチェンジしながらの道です。しかし、ゴールは常にぶらさない。彼女は本書冒頭で「現実には、最初のキャリアですべてが決まるなんて、ありえない話しです」と断じています。ゴールへの道は、常に最適なルートを選択しながらチェンジしていくということだ。

ミッションの羅針盤、パッションの駆動力

 だから、なんでもいいから、世の中で漂っていればよいという漂流生活とは違うのです。ぶれない「ミッション」の必要性を説いています。そして、彼女のミッションは「テクノロジーを使って、人を『なりたい自分』にする」ということです。彼女は、このミッションに突き動かされて生きてきた。ミッション・ドリブン、生きる原動力なのだと語っています。常に、自分の行動を、このミッションに立ちかえって照らし合わせているということです。
 そしてさらに、自分のミッションを見つけるには、まず何かにのめり込んで「パッション」を抱くことから始まるのだと言っています。パッションなくしてミッションはあり得ない。また、ぶれないミッションがあれば、余計な悩みや不安がなくなり、パッション一筋になれる心の余裕も生まれると記していました。テニスプレーヤーの彼女ならでは、ミッションとパッションのラリーを続けることが、よく生きるということなのだなと改めて感じ入った次第でした。

ヒューマンを大事にするテクノロジー観

 そういう人ならではと感じた一言が、本書の中に散りばめられていましたが、「テクノロジーが未来をつくるのではなく、テクノロジーが未来をつくる」というメッセージもその一つでした。
 これだけのエンジニアリングの資質と成果を持った人物であり、ロボット工学の領域で活躍されているとなると、「テクノロジー万能主義」かと思ってしまいがちですが、そこは意外なほどに”Human”を大事にするエンジニアでした。”by Humans”, ”for Humans”, “with Humans” これら3つの人間と技術の関係観が貫かれているようです。
”Human in the Loop” の開発観は、その表れの一つでしょう。”Human Replace”(人間を代替する)とか、”Human Augmentation”(人間を拡張する)という方向性ではない領域で、ロボティクス、AI、センサーなどを開発していることも、まさに成果を一望するとぶれない様子がわかります。Nestなども、まさにそのものと言えるでしょう。そしてさらに、仲間と補い合い、支え合うことによって、人間の力は存分に発揮されるということも自身の経験を通して語っていました。

信頼できる周囲との「やり・とり」関係

 こうして読み進めていくほどに、「天は二物を与えない」ということは信じられなくなります。生まれ持った高い資質はもちろん大前提であり、その資質を活かせる暮らしのゆとりも充分にあったことでしょう。
 しかし、そういう先天的な頭の良さや、与えられた経済環境だけで、これほどまでに自然体に自律した生き方ができるように成長できるのでしょうか?と、ついつい自律社会への人間の変容をテーマとする未来研究者の立場からは考えてしまいます。
 そこであぶり出されてくるのは、どうやら家族や仲間たちとの豊かな「やり・とり」のような気がするのです。

自律人が育つ培地

 本書の中から察せられるご両親の姿など、とても興味深いものです。ご両親共に一つは「成績には関心がなかったけれど、人に親切にしなさい、困った人は助けなさい」と、よく口にしていたのだそうです。また、人と違っていてもかまわないという育て方だったようです。そこから、「本当のダイバーシティは、思考のダイバーシティだ」という境地に至っています。
 そして、父親から彼女へのアプローチは、「何がやりたい?」→「いいね!」→「ならば、こういうやり方があるよ」というものだったそうです。一方、母親は先の先まで考える完璧主義者で、何事も調べ上げ、細かく判断するタイプ、「そんなことは絶対にやったらいけません。なぜならこういう理由があるからです自分でちゃんと調べなさい」というタイプ、著者はこの両親のアプローチの中で、自律した人、自ら選択できる人として育ったのだと納得しました。まさに、SINIC理論の自律社会の3要件「自立」、「連携」、「創造」で生きている、未来可能性を拓く人です。

ヒューマンルネッサンス研究所資料より

 また、周囲の仲間たちとの出会い、出会うだけでなく、仲間として躊躇なく共に未来に向かう術も大きいのでしょう。数々の苦難の節目を越える時、常に誰かの力をもらっている。そして、それは「もらう」だけでなく、「あげる」ことあって成り立っているはずだ。「やり」+「とり」、やりとり上手なのでしょう。win-winとか、Give & Takeという表現は嫌いな私なのですが、「やりとり」という価値の等価交換とは別次元のコミュニケーション、それが自律した人が、それぞれにハッピーに生きるためには必須の処世術かもしれません。

自律の先には自ずと然り

 久しぶりに「話題のすごい人」、「魅力的なタイトル」という興味本位で読み進めた本書でした。しかし、著者の松岡氏が目の前にいて語りかけているような自然で力みのない感じで引き込まれながら読むことができました。 
 それは、自己選択、自己決定ができる自律した人として秀でた彼女の「人間っぽさ」ゆえなのだと感じます。自律を究めていくと、自ずと然りの世界に至るのでしょう。

制約条件と最適化

 それから、著者は「制約下での最適化」の重要性を主張されていました。これ、すごく共感しました。なぜなら、これこそ我が師匠から授かった大事な教えの一つだからでした。
 大学時代の研究室でお世話になった川瀬武志先生には「問題解決」の哲学を教えていただいたと思っています。そこで大事な一つが問題解決における制約条件の設定です。特に、時空間の制約条件。これを、いかに広げられるかにかかっているわけです。
 最適化は、近視眼のままではダメなのです。たとえ近視眼的制約下から最適化するとしても、本当に目指すための制約条件の拡張世界における最適化を構想しながら、そこにたどりつくべき今の最適化、制約からの自由度を拡げていくためのアイディア、これが重要なのですよね。そんなことまで思い出しつつ、スゴい人たちに共通する思考回路なのだと感じました。
 このように、本書はスーパー天才の偉人伝とはひと味違う、天才が苦難を越えて生きてきた、生きている日常の中からとりあげられた「生きるヒント」として、サクサクと読めたことが爽やかな読後感になった一冊でした。
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 未来をつくるために、生きる選択を重ねてきて、今たどり着いたパナソニックという場で、自律人の著者の「らしさ」が、いかに発揮され、いかなる価値創造に結びついていくのか?かつて、水道哲学など強いミッションのもとに松下幸之助氏が創業し、企業文化をつくり重ねてきた、日本を代表するテック企業パナソニック社が、さらにパッションを積み重ねて開発するテクノロジーで、どんな未来をつくるのか?ますます楽しみになりました。

ヒューマンルネッサンス研究所
エグゼクティブ・フェロー 中間 真一


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