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あの夕日にそっと触れて

あの夕日にそっと触れて、
この手の中に閉じ込めておきたい。
そしてちょっと悲しいことがあった日とか、
ちょっとこの世界からいなくなってしまいたくなった日に、
少しだけ覗き込むから
その燃えるような赤さで全て包み込んで欲しい。
きっとあの日も、そんな風に思ったんだ。

「もしもし、あ、私。今大丈夫…?ありがとう。会社の方は大丈夫かな?
…月末で忙しいのにごめんね。部長にも伝えておいて。
こんなに忙しいのにお休みありがとうございますって。
だいぶリフレッシュできたよ。
やっぱり北海道はいいところだね。
…うん。今ホテルに戻ってきたところ。札幌はまだ寒い。
みんな未だコートとか着てるよ。小学校卒業して東京に移り住んだ以来初めて
来たから、こんなに寒かったけって驚いた。
今日?
今日は色々あったよ。
…ねぇ、少しだけ私の話してもいい?
…今日一日、なんだか幻を見てるみたいだった…
遠い遠い、幻みたいな思い出。」


「小樽って場所知ってる?
そう、運河が有名なところ。
飛行機降りて、電車乗ってすぐにそこに向かったの。
それこそ、小学生の頃の思い出の場所なんだ。」

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小樽の街は、あの頃と全然変わっていないように思えた。
でも、駅を降りてすぐ、まっすぐに運河まで伸びたその道が、も
のすごく遠いものと記憶していたのに、今歩いてみるとなんだかとても
短く感じた。
のんびりした時が流れるこの街が、私は大好きだ。


「それでね、ご飯食べた後に、運河で夕日を見たの。
やっぱり赤煉瓦倉庫と夕日のコントラストがすっごく綺麗で
しばらくぼーっと見てた。
…そしたらね、そのうちにふと思い出したの。
小学生の頃、親友だった女の子のこと。」


松木早苗と約束をした日から、四年が経っていた。
小学校を卒業してから12年。
ある時からぱったりと思い出さなくなった早苗が、
小樽の夕日を見てはっきりと蘇ったのだ。
その夕日が、彼女と見たものとそっくりだったから。


「ひどいよね。
私、その子と小学校卒業する時にタイムカプセル埋めたことすっかり忘れてたの。
それでね、それがどうなったかすごく気になって、確かめにいくことにした。
札幌に戻って、二人でタイムカプセルを埋めた桑園公園に行ってみた。
そしたらね、その途中に私たちの通っていた小学校があるんだけど、すっかり建て替わってて別物みたいになってた。」

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あぁ、思わずため息が漏れた。
それでも、小学校の裏にある公園はそのままだったから、私は途中で買った小さなシャベルであの日の木の下を一生懸命掘ってみた。まるで自分の記憶を掘り起こしているように、今まで一つも思い出さなかった早苗との記憶が次々と湧いてきた。
入学の時に後ろの席に座っていたこと。給食をいつも一緒に食べていたこと。
毎週木曜日が一緒に遊ぶ日だったこと。全部、記憶という土の下に埋まっていた。


「それでね、タイムカプセルどうなっていたと思う?
…まだあったよ。あの日埋めた場所にそのままあった。」

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やがて、ガツン、と明らかに石とは違う感覚が私の腕に伝わってきた。
あ、あ、あ。
早苗と二人で決めた、ピンク色のカンカンが見えた。
あは、は。
笑えた。早苗も忘れてたんだ。
お互いのこと、この一二年間一度も思い出さなかったんだ。
土にまみれて、すっかりと風化した缶を手に取った。

なぁんだ。

「早苗とはね、私が東京に転校してから中学校の最初くらいまでは手紙でやり取
りしてたんだけど、それ以来めっきりでさ。今何してるのかなと思って当時住ん
でた家まで行ってみたの。
そしたらまだ表札が松木のままだったから、呼び鈴鳴らしてみたらおばあちゃんが出てきて。
あれ?優香ちゃん?って。
すごいね。あれから随分時間が経ってるのに私の顔覚えててくれてた。」


おばあちゃんの言葉に、私は驚くこともできず、そんな自分に驚いていた。
「早苗は4年前に亡くなったのよ」
おとぎ話を聞いているみたいだった。
おばちゃんがずずっとお茶をすすった。

「事故だったんだって。札幌の会社に就職して、元気に働いていた帰り、車にはね
られて…。」

早苗が亡くなってからそのままにしてあるという部屋は、埃ひとつ溜まっておらず、まるで今でも使っているかのようだった。
早苗が使っていた机、本棚、ベッド。
そこには早苗が確かに生きていたという証が何個も残っていたのにどうしても12年前、一緒に日が暮れるまで遊んでいた彼女のものとは思えなかった。
学習机の前に座り、綺麗に拭いたタイムカプセルをそっと開けた。瞬時に漏れ出てくる風化した香り。
それは時の香りがした。


「タイムカプセルからね、二人で未来の自分に当てて書いた手紙と、写真が出てきたの。小学生の頃、お母さんたちの反対を押し切って二人だけで行った小樽の運河で撮った夕日の写真。
今日みた夕日とやっぱり同じだった。
その写真撮る前にさ、私がお小遣いが入った財布落としちゃって。
早苗が周りの大人に一生懸命聞いて回ってくれたの。ピンク色の財布みませんでしたか?って。
…そんなこと思い出しちゃったりして…懐かしかった…。」

ねぇ、あなたにもある?ふとした瞬間に思い出す、遠い思い出。

早苗の部屋の壁にふと、夕日のポストカードが貼られているのが目に入った。
タイムカプセルに入っていた写真とそっくりな夕日だった。

あの頃のことは全て幻だったんだよ。

そう言われたら私はそうか、と頷いてしまうかもしれない。

それでも私の全てはそこにあって、永遠にそこにしかないのだろう。


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2019年に書いた、北のラジオドラマ大賞用の台本です。
初めてのラジオドラマ制作でした。
ラジオでも放送されました。

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