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とある男の新型コロナ病床録(中編)

前編↓からお読みいただけると幸いです。



7月16日
 朝。なんとか生存した私は、無宗教のくせに神的な何かに祈って感謝した。
生きててよかった。ありがとうございます――
 こんなときだけ祈ったっていいだろう。
 そう信じるものしか救わないせこい神様拝むよりもJポップの歌詞を私は信じているのだ。B’zのCDを持っていない者だけが私に石を投げる権利がある。

 そんなこんなでこの日はPCRの紹介状を書いてくれる診療所を探した。
この過程で私は、世の民には「かかりつけ医」というものがあることを知った。意味はわからなかったがおそらく「とりあえずビール」感覚で行ける医者のことだろう。大将、やってる? みたいな。
 通常はこの「かかりつけ医」に診てもらってPCRの紹介状を書いてもらうのだそうな。あいにくご近所付き合いの苦手な私には、そんな仕事の後の一杯のような医者が味方に付いていようはずもなかった。
 そこでグーグルに「とりあえず 医者 ビール ○○(住所)」と打ち込み、検索を開始する。
 すると美味しそうな画像つきでいくつかのお店屋さんがピックアップされた。どこにしようか目移りする中で、お店選びの定石である近さで決定することにした。
 つまり家から一番近い内科の診療所に電話をしたのだが、なんと「発熱のある患者は診ていない」と言って断られた。
(書くのが前後したが、このとき私は37.8度である)
 私は驚いた。発熱があったら患者を診ないなら、いったい何のための診療所なのか。おそらくこういうコロナ禍だからということもあるのだろうが、ちょっとしたカルチャーショックであった。病気といえば発熱だが、発熱だけが病気ではないのだなあと、だなあをつければなんとなく詩的になるのだなあと考えたりしたのだなあ。

 
 二軒目を探す。これが居酒屋であったらどんなに良かったか。もうすでに出来上がっていることだろう。しかし現実はかくも残酷である。医者を電話ではしごしているのだから。
 家から二番目に近いクリニックBに電話をかける。ところが一定のコールがあったあと、留守番電話になってしまった。
 おかしい。時刻はAM9時をまわったところだ。診療開始時間は過ぎている。休診日かと疑い、ホームページを確認するが、そんなことはなかった。
あきらめずに電話をする。が、自動音声がむなしくもリフレインするだけだ。
 まさか患者が押し寄せすぎて、電話対応できないでいるのだろうか? 恐るべし新型コロナウイルス。こんな水際にまで影響が出ているなんて。医療崩壊はすでに始まっている――?
 引き続きメンヘラ彼女もかくやといった鬼コールをクリニックBに叩き込んでいく私。が、やはり一向に出てもらえない。

ねえなんで既読にならないの? 
気付いてるよね?
Twitterでさっきいいねしてたよね? 
じゃあスマホ見てるってことだよね? 
え、なんで無視するん?

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 もしこのクリニックの院長と私がLINEでつながっていたら、あいみょんのPVが完成していたことだろう。
 しかし私は院長のLINEを知らないのだ。いやそもそも私は分別のある大人だ。ここはいったん冷静にならねばなるまい。
 そこでホームページをもう一度確認する。やはり木曜日は休診日ではない……がっ! その下!!
 赤文字で、「7月16日は公務により、お休みとなります」と書かれていたのだ。なんだ公務って? 休みなのか? 仕事なのか? 公務などという立派な単語を出されたら、これはもうお手上げせざるを得ない。いずれにせよ、無視されていたわけではなかったのだ。良かった。
 最後に留守電へ、鬼電してマジごめん。院長のことを信じることが出来なかった俺が悪かった。というようなことを入れておいた。


 三軒目を探す。
 時刻は9時半をまわったところ。ここで朝のTV番組・スッキリに、最近激推しているアーティストが出演した。
「え待って。尊い」
 沼住民御用達の紋切り型セリフを吐いた私は、流れるように録画を開始する。この行動がのちに私を助けることとなるのだが、このときの私は当然知る由もない。

 それはさておき三軒目のクリニックCの予約は非常にスムーズにいった。ありがたい。地獄に仏とはまさにこのこと。
 これ以上電話をかけねばならなかったら、論客系ツイッタラーよろしく「コロナ診療でたらいまわしにあいましたぁー」などとのたまい、バズり散らかすのを夢見るところであった。
 最速の10時に伺う旨を伝え、電話は終了した。


 クリニックCでは、新型コロナ感染疑い患者専用の部屋が用意されていた。
 待つこと一時間。当日予約だから待つのはしょうがないのだが、これはきつかった。このときの私はしわしわピカチュウ以上にしわしわしていたかと思う。
 やがて完全防備した先生と看護師が登場し、いくつかの問診と検温を受けた。
 このとき私は身構えていた。その理由は世にはびこる「国はPCR検査数を抑えている」という噂だ。自分の中で、新型コロナに感染しているという疑惑はほぼほぼ固まっていた。だからなんとしてもPCR検査を受けて白黒はっきりさせたかった。「コロナじゃないっすね」などと一言で片付けられやしないかとビクビクしていたのだ。いやもちろん自費で受けてもいいのだが、その場合の費用は四万円だ。高い。ライオンキング何回観られるんだ。
 しかしそれは心配ないさだった。先生はあっさりとPCRの紹介状を書いてくれたのだ。これには本当に感謝である。
 噂が嘘だったのか、私のケースだけでは判断はつかない。しかし発熱に加えて新型コロナのような症状が一つでもあるのなら、PCR検査の紹介状は絶対に書いてもらうべきだし、書かれて然るべきだと強く思う。

 最後に先生に「抗生物質と解熱剤、一応いる?」と聞かれた。
私「もしコロナだったら抗生物質ってあんまり意味はないですよね?」
先生「まあ、そうだね」
私「(解熱剤もコロナの結果が出た後に、それに適した物をもらえばいいや)んー今日はいらないです」
 結論から言おう。このときの私は間違いだった。解熱剤だけは出してもらうべきだったのだ。
 先に説明してしまうが、自宅療養、もしくはホテル療養になった新型コロナ陽性患者が、のちに薬をもらうタイミングなどないのだから。

 私の思考のプロセスはこうだった。
 このクリニックCでは新型コロナかどうかの判断はつかない→新型コロナに適したお薬はもらえない→ならPCR検査の結果が出てからお薬をもらえばいい
 要するにPCR検査後に陽性となった場合、改めて医師の診察が控えているものだと勝手に思い込んでいたのだ。
 だが現実にはそんなものはなく、ただただ自宅で療養という名の待機をするだけだ。

 知らず知らずのうち、私は何の武器も持たず、徒手空拳・己の免疫力のみで新型コロナウイルスと戦うことを、決定していたのであった。


(続く)

なんてことだ このおれが花束だと? いままでどんな女性にも花を贈ったことのないおれが……!