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サンライズを途中で降りる

 常吉は関東地方の海なし県に住んでいる。
 生家があるのは近畿地方の海なし県で、親兄弟も親戚も近畿にいるから、行き来する機会は多い。
 関東から近畿へ行くとなると、たいていの人は新幹線一択だろう。安くあげたいなら高速バスや夜行バスだし、自分の車を運転して行く手もある。常吉もそのへんは試行錯誤して、いかに安くかつ楽に移動できるか、思いつくかぎりいろいろに試してきた。
 
 新幹線はものすごく高速だから、微妙な勾配の変化でも上下動が唐突で、それがけっこう苦手だ。ゆるやかなジェットコースターに延々と乗っているようで、あまり体調が良くないときは酔ってしまうこともあり、だから新幹線はだいたい避けている。
 夜行バスは単純に辛い。全方位に重く垂れ下がる暗色のカーテンに息が詰まる思いがする。常吉はいくぶん閉所恐怖の気味があるのだった。
 大きく倒れるシートはいかにも快適そうに思えたが、後席には気を遣うし、しかし前席の背もたれは容赦なくこちらに倒れてきて、これに圧迫されていっそう息が詰まる。
 昼行バスは夜行にくらべて空いていることが多いから、前席から圧迫されたら席を移ればよく、うまく前後とも空いていればとても快適だが時間は長い。それでもうとうとと半分眠って過ごしていれば楽であった。目が覚めたら普通に車窓を眺めていられるのも心愉しい。常吉はおっさんであるが、外の景色を眺めることにかけてはこどもなみに熱心である。車を運転して行くと車窓を楽しむ余裕はなく、昨今のガソリン高騰で長いドライブは贅沢になってしまった。
 
 それで、時間に余裕があれば昼行の高速バスがいいという結論になった。けれども、新幹線なら最速2時間半ですむ数百キロの移動のために、日中ど真ん中の6時間あまりをつぶすのはもったいないのも確かだ。
 やはり夜行がリーズナブルで、寝ている間に移動して翌日まるまる使えてまことにお得だと思うけれど、それは夜、ちゃんと眠れてこそだ。夜行バスは肝心なその点が敗北続きで、どうしても乗りたくない。
 そこで目をつけたのが寝台特急「サンライズ瀬戸/出雲」だった。東京駅を夜に発って、朝に岡山に着いてそこで高松行きと出雲行きに分かれるという、四国と中国に向かう寝台特急だ。これに乗って途中で降りればよいではないか、と考えたのだが事はそう簡単ではなかった。

 下りのサンライズは大阪に早朝4時半ごろ着いて、ちゃんとホームに停車する。ちょっと待てば始発が動き出しそうな時間帯で、ホームには駅員さんの姿もあり、そろそろ開店しまっせという雰囲気だ。しかしどういうわけか大阪では客を降ろしてくれない。そのまま発車して、神戸三宮もすっ飛ばして、5時半ごろ姫路まで来てやっとドアが開く。じつに不親切だと思う。理由はよくわからないが、あくまでも四国中国に行く列車であるから、途中畿内で降りるなどけしからん、と言われている気がする(調べると畿内と山陽路の境界は須磨あたりだそうだ)。
 とにかく姫路では西に来すぎで、あらためて畿内に戻るから無駄が多いのではあるが、瀬戸内の朝日を見ながら戻れるからよしとした。
 
 早朝に降りてしまうのだから高い寝台料金を払うのは惜しい。そこで「ノビノビ座席」に乗る。寝台料金は不要。その名前からは寝れるソファーのような印象を受けるが、内実は「硬い絨毯敷きの床でごろ寝」である。
 ひとり分のスペースはまあまあ広くて余裕で足を伸ばして寝られるし、自分専用の窓があってときどき外を眺めることもできるし、頭のあたりは衝立てで仕切られているし、なにかとありがたいけれど、ごろ寝は体に悪い。しかも備え付けの寝具は毛布一枚だけというミニマムさで、つまり絨毯の床に直接寝て毛布をかぶっておれ、という仕様である。そのとおりにすると翌朝体がバキバキになる。
 そこで少しでも背骨にひびかなないよう、備え付けの毛布を床に敷く。これだけでもかなり楽になるが、上にかけるものがなくなるので、小さくたためる最薄手の寝袋はぜひ持参したい。さらにトラベル用の枕もあるとよいが、このへんは上着などで代用できるかも。枕はないが、なぜか枕カバーは置いてあって、少々謎である。

 床に毛布を敷き、寝袋に入ったら、お行儀が悪いがズボンをひざまでおろして楽なかっこうにする。夜行のしんどさは寝巻き姿になれないがゆえでもあって、せめて服をゆるめることができればかなり楽になる。ズボンを半分おろしたところで寝袋の中だから誰にもわからない。通報される心配は一切ない。
 仕上げに隣客のいびき対策として耳栓をしておけば準備万端である。

 耳栓をしていても、車輪がレールを踏む音は耳に入る。鉄同士がぶつかる硬い音が嫌だと思う人も多いだろうが、常吉はそれほど気にならない。
 高速バスの、路面の段差を越えた時に車体全体がガシャンと震える突然の騒音(これで目が覚める)に比べれば、はるかに快適だと思っている。
 レールのつぎめが少ないときにはシャーンという独特の高音が響く。踏切の音が急に現れては後方に飛び去る。そういう鉄道ならではの感じはじつに良い。

 静岡や浜松に停車するのは真夜中で、その後は乗降はできないがいくつか駅に止まる。停車するとふと目が覚めて、少しブラインドを上げて外を眺める。真夜中でも駅構内は明るい。駅名標を見て「もう米原か…」と思い、またブラインドを下ろして寝袋にもぐる。
 それのどこがいいのか、と問われれば答えようもないけれど、この瞬間に夜行列車の愉しみが詰まっている、というのが常吉の意見である。
 もっと乗っていたいなと思いながらまた眠るのだ。

 いま日本国内で定期的に走っている寝台列車はサンライズだけになってしまった。さびしくもあるが、それ以上に不便だなと思う。バスよりはいくぶん高くても快適に夜間移動したい、とのニーズはいくらでもあると思うのだが、日本の鉄道会社はそんなことには頓着しないようだ。
 
 かつて上野から札幌まで「北斗星」という寝台特急が走っていて、北海道に縁がある常吉はこれをよく利用していた。
 飛行機のほうが早くて安いことは承知だが、上野駅から札幌駅まで乗り換えが一切不要、というのは圧倒的な便利さだった。いったん乗り込めば、ちゃんと鍵がかかる個室に落ち着いて、楽なかっこうをしてぼんやりしているうちに、はるか遠い札幌まで一息に来れてしまう。夢のような話で、これを知ると他には行けなくなった。
 たまに仕方なく飛行機を使うと、辺鄙なところにある空港にやっとたどり着いて、手続きや検査のたびに並び、広大なロビーを延々歩いて、ようやく乗れると思ったら頻発する遅れや欠航、機内では狭いシートに釘付け、とただただ苦行であった。速いことに比類ないが、それ以外いいところは何もないと思った。

 夜行列車はじつに実用性が高いのに、きちんと詩的である。ことに冬、北に向かう列車は詩情があった。
 だんだんと車窓に雪が見えてくる。「夜の底が白くなつた」とはやはり名文だなと感心しつつ眺めていたら、その白はしだいに厚くなってゆく。青森あたりまで来ると、底だけでなくすべてが白くなり、列車ごと雪に埋もれそうだと感じるほどであった。
 車両はとても古いものだが、その時代なりに贅沢に作られたのだろう。乗り心地も、聞こえてくる音も、重厚でどこかおっとりしている。長い客車の列を引いて走る機関車がときおりぴぃと警笛を鳴らす。
 
 たまたま車窓から月が見える日は、月がずっと旅の道連れのようであった。
 しかしあまりに乗車時間が長いから、ふと目が覚めて外を見るともう月はまったく見つからない。窓の外を冷え切った黒い林が延々と流れ去ってゆく。突然小駅が現れて後方に飛び去るが、駅名はわからない。いまどこを走っているのだろう。ちょっと寄る辺ない気持ちもあるけれど、車室の中は薄着でもじゅうぶん暖かく、脚を伸ばしてゆったり寝られるベッドの上だ。札幌はまだまだ遠い。ブラインドを下ろし毛布をかぶる。これほど幸せな二度寝はそうそうない。

 関東から近畿へ、さほど長距離ではないサンライズの旅に、そこまでのゆとりはなくて、5時には起き、降りる支度をする。どうせ早起きなんだから大阪か神戸で降ろしてくれ、と毎度考える。
 早朝だから案内放送はない。列車は黙って姫路駅に停車して、黙ってドアを開け(チャイム音だけは鳴る)、閉めて、岡山に向かって走り出す。
 乗り過ごすと一大事なのでスマホのアラームなど自力で起きる算段をしておくが、たいていはその前、須磨なり明石なりですっかり目が覚める。この、起きねばならぬという圧力が熟睡を妨げるのだろう。それなりに眠っていたはずだがやはりまだ少々寝足りない。心なしかふらつきつつ姫路駅のホームに降り立つと、意外にたくさん降りる人がいる。
 夏なら姫路城が見えるが、冬ならあたりはまだ真っ暗だ。
 
 もし寝坊して姫路で降りそこねたら、岡山まで連れて行かれる。それはとても楽しい空想で、いっそ岡山まで、いやさらにその先の高松、あるいは米子や松江や出雲まで、乗って行ってしまいたい。
 今日の予定とか約束をガン無視して、うんと遠くまでふらふら行ってしまえるような気概ある人間になりたかったとつくづく思う。常吉はしかし木っ端キャラでひと様に非難されぬよう汲々と生きているから、そのような自分の姿はとうてい想像できない。おそらくずっとかなわぬ憧れのまま終わるのだろう。 

 

 

 
 


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