常吉

おじさん/木っ端キャラ

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  • 【小説】新月の夜、青の波

    イントロダクション+全15回の中編小説です。 バラバラしないようマガジンにまとめました

最近の記事

SUP竹生島起源説

 スタンドアップ・パドルボード、略してSUPというものがある。立った姿勢のままパドルを漕いで進むボード、ということで、最近はすっかりメジャーになったから、穏やかな海岸や湖などで、またテレビでも見かけることも多いと思う。  手漕ぎボートやカヌーといった「舟」の形でない、サーフボードのような「板」に立って漕ぐ、というのはありそうでなかったスタイルで、遠くからだと足元にボードがあるのがよくわからないから、まるで水面に立っているようで、なかなか見映えがする。  のんびり水上散歩から始

    • サンライズを途中で降りる

       常吉は関東地方の海なし県に住んでいる。  生家があるのは近畿地方の海なし県で、親兄弟も親戚も近畿にいるから、行き来する機会は多い。  関東から近畿へ行くとなると、たいていの人は新幹線一択だろう。安くあげたいなら高速バスや夜行バスだし、自分の車を運転して行く手もある。常吉もそのへんは試行錯誤して、いかに安くかつ楽に移動できるか、思いつくかぎりいろいろに試してきた。    新幹線はものすごく高速だから、微妙な勾配の変化でも上下動が唐突で、それがけっこう苦手だ。ゆるやかなジェット

      • 【小説】新月の夜、青の波 (最終回/全15回)

         目についた居酒屋で夕食をとりながら、汐波は翌日の算段をした。今日行けなかった波浮を訪れるのもいいが、伊豆大島から出て南に連なる島々-利島、新島、式根島、神津島のいずれかに渡り、短時間でもいいから上陸してみるというプランも楽しそうだ。島に渡るなら早朝発の大型客船か、午前中のほどよい時間帯にあるジェット船か、いずれかの方法があって、ジェット船はあまり揺れずうたたねにもぴったりだが、外に出られないのがなんといっても退屈である。あえて大型客船で、海風を浴びながら行ってみるのが面白そ

        • 【小説】新月の夜、青の波 (第14回/全15回)

            センチメンタル・ジャーニー  ふたり乗りの自転車の、前は誰だか知らない女性。千里さんは自転車の荷台に横坐りで乗っていて、幸せそうだ。前の女性が急にブレーキをかけるから、千里さんの頭が前の女性の背中にこつんと当たって、千里さんはさもうれしそうに声をあげて笑っている。  あっ、とてつもなくいい夢を見た、と思って汐波は目を覚ました。    竹芝埠頭から伊豆大島に向かうジェット船の、せまい座席の上である。ちょっとだけ居眠りをしていたら思いがけずごほうびみたいな夢を見たから、

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        • 【小説】新月の夜、青の波
          14本

        記事

          【小説】新月の夜、青の波 (第13回/全15回)

           なつめさんの話は続く。汐波はふたたびそれに集中する。 「千里ちゃん、とっても乙女な性格でね。信頼できると思える人にはとっても献身的に尽くすようなところがあって。ただすごく用心深くもあって、知らない人が大勢いるような場では、極端にボーイッシュな格好をよくしてました」 確かにそうだった、あれは男性からの視線に対する防御だったのだと今気がついた。庭仕事が趣味で、それに応じてワーク系が好みなのかと思っていたが、それだけではない理由もあったのだ。 「そんな千里ちゃんの人生においては

          【小説】新月の夜、青の波 (第13回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第12回/全15回)

          白茶と三毛  これまで霊感がある、と自称する人には何人か会ったが、中途半端な能力の持ち主ははたから見ていてもかわいそうだった。みんな平気で過ごしている場所で「あそこに何かある、気味が悪い」とひとりで怖がり、しかしそれ以上の情報はわからずひたすら得体が知れなくて怖いらしい。これなら何も感知できない方がよほど楽でよいな、と汐波は思ったものである。  しかしもう少し感度が高い人だとかなり正体を判別できるらしく、危険かそうでないかもだいたいわかるのだそうだ。だから平然としたまま「あ

          【小説】新月の夜、青の波 (第12回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第11回/全15回)

          マイ・フーリッシュ・ハート  汐波さんはなんだかすごく丁寧でかっちりした文章を書く、と伊織はメールを受け取るたびに感心する。しかしそれがゆえに、返信がどうも書きにくい。丁寧さの中に千里ちゃんへのすごい熱意も感じるから、そのへんもどう捉えればいいのか、まだよくわからない。伊織は書くことより話す方がずっと得意なので、落ち着いて直接話をすれば、汐波さんにどう対応していくか決まってくるとは思うのだが、なかなかそんな機会も作れぬうちに、一年近くがたってしまった。  伊織は、丹波の旅で

          【小説】新月の夜、青の波 (第11回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第10回/全15回)

           帰宅して、もらってきた本を順にめくって眺めていると、カバーの折り込み部分に領収証がはさまっているのを見つけた。すっぽりときれいにはまりこんでいたので見過ごすところであった。宛名は千里さん、そして発行元は伊織料理教室である。熱心に料理教室に通っていた、というお母さんの言葉を思い出す。葬儀にも伊織さんが参列していた。そうか、やっぱりこの教室のことだったのか。  これは、ぜひ伊織さんに会って話をしたい、と汐波は考える。実用一辺倒の領収証だって故人からのメッセージかもしれない、とそ

          【小説】新月の夜、青の波 (第10回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第9回/全15回)

           ピーニャでその話を切り出すと、遠慮をしているうちに時間がたってしまったが、今行かないとそのままになりそうだ、と松笠夫妻も乗り気の様子である。さっそく連絡してみる、と請け合ってくれた。  その後まもなく日取りも決まったので、汐波はお花の調達をかって出た。ネットで検索して、この近辺でもっともおしゃれそうな花屋を探し、張り切って出向いて店員と相談しながら花束の予約をした。後日できあがった花束は、ガーベラや百合、ラナンキュラスやカラーといった定番の花までは汐波にもわかるが、それ以外

          【小説】新月の夜、青の波 (第9回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第8回/全15回)

          ひとりグリーフワーク  汐波のホームセンター勤務はもう二十年に届こうとしている。今日も倉庫と売り場をいったりきたりしながら、ここまで自動運転ロボットのように動けるとはわれながらすごい、と汐波は感心していた。  千里さんの葬儀からひと月あまり、ずっと心ここにあらずなのに、不思議と体は勝手に動いてほぼいつも通りに仕事をこなせるのであった。だてに二十年やってないな。自分に備わった意外な能力に助けられて、汐波はふだんと変わらぬ様子で働き、ときどきピーニャで昼食をとり、美弥子さんとの

          【小説】新月の夜、青の波 (第8回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第7回/全15回)

           帰宅すると汐波はさっそく美弥子さんに教えを乞うて、エッセンシャルオイルやそれを用いたスキンケア用品などの知識を仕入れた。それらの品物を買いに行くにも時間がいるし、ほかにも見舞い客もあるはずだし、連続で顔を出すのも迷惑だろう。五日後に午後半休の予定があるから、この日に出かけよう。と汐波は算段したのだが、この計画は甘すぎて全然間に合わなかった。  千里さんが亡くなったのは、会いに行ったそのわずか二日後のことで、松笠さんがラインでこれを知らせてくれたのがその翌日、その次の日には新

          【小説】新月の夜、青の波 (第7回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第6回/全15回)

            新月の夜  今年はいつもにまして爽やかな風が吹くな。  汐波は花苗に水を浴びせながら、よく澄んだ青空を見上げる。このところ、すっきりした五月晴れが続いていた。ホームセンターはちょっとした書き入れ時で忙しくもあるのだが、その疲れもさっぱりとした薫風に吹き流されるようだ。明日から天気が崩れるがすぐ回復し、雨後はまた好天が続くとの予報で、園芸シーズンにぴったりである。汐波は陳列棚に並んだみずみずしい緑を愛でながら散水した。  翌日はどんより曇っていて、汐波は休みだったので美

          【小説】新月の夜、青の波 (第6回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第5回/全15回)

           翌朝はシリアルやスクランブルド・エッグなど、ビジネスホテルのバイキングのような朝食が供された。 「なるほど!あえてのビジホ風朝食!案外これは旅先気分が盛り上がる!」と伊織は喜び、桐田さんは「干物、海苔、梅干しの和風旅館コースもできますよ」と笑って「でも今日はこのあと味噌を漬物とお魚たっぷり食べるから」と付け加えた。さすが組み立てに抜かりがない、と感心していると「軽めの朝にして、食後ちょっと休んでからお灸をして出かけましょう」と児玉さんが言う。伊織と千里ちゃんは「豪華すぎる!

          【小説】新月の夜、青の波 (第5回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第4回/全15回)

          元伊勢    伊織のタブレットにメッセージが届く。 _伊織さーん、見てる?いきなりでごめん🙇‍♀️だけど、京都の桐田さんと児玉さんとこに旅行にいきたいの。できれば来週か再来週。伊織さん一緒に来てくれる? _見てるよー、しかしほんっといきなりだね。わたしはまあ大丈夫だし、桐田さんたちもたぶんOKだと思うけど、先生はなんていってる?ご家族は?千里ちゃん調子はいいの? _まず最初に伊織さんからOKもらわなきゃ。そしたら先生にも親にもすぐきいてみる。ダメとは言わせない😤わたし

          【小説】新月の夜、青の波 (第4回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第3回/全15回)

           それからまもなく、ピーニャで千里さんを見かけなくなった。  もとから週に二回程度のシフトで、それもきちんと曜日が決まっていたわけでなかったし、家業にいよいよ本腰を入れることにしたのかもしれない。いずれにしてもしばらく見かけないことに不審はなかったのだが、陶子さんにふと訊いてみたら「体調があんまりよくないみたい」とのことだった。日暮れが早くなり、たまには冷たい風が吹く日もあるから、そういうこともあるだろう。そこで汐波は、秋植えのハーブ苗の在庫一掃セールについてお知らせします、

          【小説】新月の夜、青の波 (第3回/全15回)

          【小説】新月の夜、青の波 (第2回/全15回)

             秋がいよいよ深まるころ、恒例の「加藤家石窯ピザの会」が催される。  ピーニャの常連客である加藤さんはこのへんの農家で、とはいっても加藤さん自身は勤めに出ており、農業はご両親が現役で活躍しているのだが、自宅の構えはたいそう立派なものであった。「農家としては普通だよ」と言うその庭は広々としており、軽トラックやトラクターや自家用車を置いてなおあまりある車庫、農業資材を保管してもなおあまりある離れなどが建ち並んでいる。そして目を引くのが庭の隅に鎮座する、耐火煉瓦と石で組み上げ

          【小説】新月の夜、青の波 (第2回/全15回)