それは妖(あやかし)本の虫のおんな。

 彼から聞いた話から想像する限り、彼女は前髪を長くたくわえて下ろしていて髪は鬱陶しい長さ、目は切れ長で陰気な雰囲気で足を引きずって歩いているイメージだった。実際、彼女に会った印象は濃い顔に眼力の鋭い丸い目が付いていて頬っぺたが丸く、キリッとした口元でカッコよくスタスタと早足で歩く女だった。前髪は左右に分けていたので丸いおでこがツヤっと光りを放っていた。しかし彼女が口を開いた途端、イメージは一転する。ひどく陰気で低い話し声だった。話すだけでこの場をしんと暗くするのはこの人くらいだと私は思った。彼女はお腹が空いているが、昼食がまだなので今からお店に入りたいと言っていた。

 じゃあ入るか。すぐ側にあったサイゼリヤに2人で入る。彼女はメロンソーダ、私はアイスコーヒーを頼む。パスタを頼む彼女と何も頼まないわたし。注文が来るのを待っている間、私たちは本題の打ち合わせをした。今度、彼と3人で詩の同人誌を作ろうという話になっていたのだった。彼は今日予定があった。彼女はメロンソーダを飲むときズズッと大きな音を立てて飲み、その様子が化け物みたいに不気味だった。私は恐る恐るアイスコーヒーを静かな音でストローで飲む。不気味で不思議な女。心の中でそう呟く。しかし彼女の恐ろしいところはその詩作の才能であった。躊躇なく性的な内容を含む詩は彼女にしか書けない独特な輝きがあった。その彼女の才能を尊敬すると同時に軽蔑もしていた。自分なら自身の自慰行為について詩にしようと到底思わないからである。彼女は自身の処女喪失さえもネタにしていた。まあこれはあけっぴろげに書くことができる彼女の才能への嫉妬だと言うのは明白だ。

 くやしいならお前も書いてみろと創作の神は囁く。彼女は創作の神から愛された選ばれた詩人なのだ。そんな人と同じ本に載る、光栄である。その幸せを噛み締めながら、打ち合わせを進める。表紙や装丁、紙の指定、行数、文字の大きさなど1時間半の間にどんどん決めていく。後は彼の了承を得るだけだ。

 話を進めるときに不意に彼女が笑う瞬間が何回かあった。話しているときの陰鬱な雰囲気とは違い、彼女の笑い声や笑顔は見た人に多幸感を与えるものであった。ずっと笑ってればいいのに、そうまた心の中で呟く。最初はなんだコイツと思っていた私も、一緒にいるうちに少しずつ彼女を好きになっていった。何よりも文学への造詣が深いところが話していてとても楽しい。志賀直哉や安部公房、大江健三郎の話でここまで盛り上がったのはお互い初めてだったようで、打ち合わせそっちのけで楽しんでしまった。何度も脱線する話を戻すということを繰り返し、また後日2人で遊びにいく約束を取り付けた。

 帰りの電車で今日がすごく楽しかったから、口角が上がりっぱなしでいつもより幸せそうな表情をしていることに気づく。最近長く付き合った恋人と別れたばかりで毎晩泣いていたのだ。来月彼女と会うのが楽しみで今から心踊る。彼女の連絡先のトーク画面を見ながらニマニマする、帰路。


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