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闇のような前提が押し寄せてくる

娘が先日、運転免許を取得しました。
さっそく助手席に座らせてもらっています。
数年前、息子の免許取立てのときは同じシチュエーションでもやたら緊張したけれど、
今回は意外と平気。

教習所に通っている間もあれこれを始終聴いていたり、試験まえにもあれこれ質問されていたりしていて様子が分かっているからなのか。

免許を撮った翌日から、すぐに夫や息子とも練習しているのを知っているからなのか。


そんなことを考えていると、やっぱりはたと自分の持っている前提に気づくわけです。

去年、息子が就職と同時に家を出たときに
イヤというほど感じた、同じ前提に。

息子のこと、信じていない私
私が育てた息子を信じていない
だって、私が育てたんだよ
どうして信じられる?
私が私を信じていない



子育てのとき、確かにいろいろありました。
会社のストレスがどうにもならなくて、不安定になって、かなり子供にあたりました。

実家や義実家との関係もうまく作れなくて、すったもんだありました。

好きな男の人もいました。

そんな私だから、
ちゃんと子育てなんてできる訳ない。

私に育てられたあの子が幸せになれるわけない。

だから私がいないと。
私がいないとだめに決まっている。

この闇のような前提は
まだ私のどこかに根づいていて、
でも、それはこの上なく息子を侮辱していて。


母親って、息子のことになると、
ただただ寵愛を注ぐ生き物なんだろうかと思い知らされるのです。


あああ、、

子離れするぞ。

いつもありがとうございます。いただいたお気持ちは、写真家として、表現者として、もっともっと突き進むための糧として大切に使わせていただきます!