親が子に願うこと

もともと大好きな曲なんだけど、ふと思って歌詞を検索してみたら、
その凄さに改めて感動してしまった。

ゆるめるモ!さんの「逃げない!!」という曲の歌詞です。

時間たてば事務的にやってくる
明日なんて我々の明日じゃない

逃げたい じゃあどこに逃げればいいのかな
曖昧な場所ではなんにも変わらない
立ち向かえとかやり直せるよとか間違った道を
何度もやり直させるあなたいったい誰ですか
論点ずれてる人たちなんか押しのけて
自分の道作らなくちゃ
「失敗しない」なんて契約を人は誰とも結んでない
「幸せになります」とは皆いつか昔
大事な人と約束したはずだ

大人になるために早く忘れることだけ覚え
無理に目をそむけたら10年後の子供(きみ)を救えないよ
全部自分が悪いと責める君に伝えたい
おんなじ言葉を人に言わない君を誰も責められない


ゆるめるモ!には代表曲として「逃げろ!!」という曲があり、当然それが前提としてある歌詞なわけだけど、タイトルは正反対でも、歌詞は反対のことを歌っているわけではない。
あのちゃんもインタビューで、

今でもこれからも<逃げろ!!>という曲で逃げてもいいんだということを発信し続けたいです。時には逃げないことも大事だと世の中の人は言うけれどそれってなんで?と思っていたけれど、時に大切なものから逃げないことで自分の闇から逃げていることが本当はあると僕は思っていて、自分の闇から逃げることで何かから逃げてないってことにも繋がる。逃げろ!!と逃げない!!って実は対極の言葉ではなく対等な言葉なんじゃないかと僕は思っています。

https://memeon-music.com/2017/12/04/ylmlm-interview-jp/

と話しているし、歌詞を読んでもそれは一目瞭然だ。
自分を守るために、つらいことから逃げることは必要なことだけど、時に、逃げていることで自分を苦しめてしまう場合もある。
だから、自分を守るために「逃げる」、自分を守るために「逃げない」、どちらも必要だし、対極の言葉ではない。すばらしい詞だなあ…

引用しだすときりがないからしないけど、「逃げろ!!」もとてもいい歌詞。
「私へ」とか「ミュージック3、4分で終わっちまうよね」とか「Only You」とか「NEW WAVE STAR」とか…好きな曲もあげたらきりがない。
自分が大好きでライブにもよく行っていた当時の4人のメンバーはみんな卒業してしまったけど、今のメンバーも4人の魂を受け継いでくれているんだろうな、いてほしいな。


さて、その「逃げない!!」の歌詞の、自分がいちばん好きなところは、

「失敗しない」なんて契約を人は誰とも結んでない
「幸せになります」とは皆いつか昔
大事な人と約束したはずだ

の部分。

いろんな解釈があると思うけど、自分は、親の立場で、子供に対して、
これを忘れてはいけないなと常々思っている。
つまり、「子に対する親の願いって、『幸せになってほしい』、それ以外にある?」という話。

「どうして学校に行かなきゃならないの?」
「どうして好きじゃないのに勉強しなきゃならないの?」
「一生懸命がんばって、いい高校、いい大学に行かないといけないの?」
これらの問いに絶対的な正解なんてあるのだろうか。
少なくとも自分は、子供に対して「これが正解だ」なんて自信たっぷりに言えるような答えを持ち合わせてはいない。
いい高校、いい大学に行って、一流企業に就職する、そうすると必ず幸せになるのだろうか?確かにその方が収入は多いかもしれない、でも、収入が多ければ必ず幸せになるというわけでもないはずだ。
まあ、自分は仕事は手段であって目的ではないと割り切っている人間なので、収入が多い仕事の方が効率的ではあると思う。でも、みんながみんな仕事を手段と割り切っているわけではないし、収入が多いからってプライベートの時間がなくなったらそれこそ本末転倒だ。自分は、収入が倍になるとしても、今以上に忙しくなってライブにいけなくなるくらいだったら絶対に今の職場に残る。

親は子供の幸せを決められない。子供の幸せを決めるのは子供自身、違う人間なんだから当然だ。なのに、なぜ、当たり前のように子供の進路、子供の人生を決めようとする親がいるのだろう。
子供が、「自分は将来こういう仕事をしたい、そのためにこの学校に行きたいから勉強したい、そのために塾に行かせてくれ」というのであれば、親としてもちろん協力する。そこまで意識が高くなくても、「とりあえず友達みんな高校に行くし、まだ将来やりたいことも決まってないからとりあえず高校に行きたい」と言えば出資する。でも、そこに、少しでも本人の意志がないとモチベーションが続かないし、誰も幸せにならない。

確かに、長く生きているぶん、親の判断のほうが正しい場合が多いだろう。でも、失敗して学ぶこともまたたくさんあるし、うまくいかなかったとしても、「自分が決めたことだから」と納得して次に進むことができる。子供がつまずかないように石を取り除いてあげることが教育ではない。つまずいたときに自分でどうにかできるように導いてあげることの方がずっと重要だ。

「高校受験はいちどきりだから取り返しがつかない」?
「いい大学にいくかどうかで人生が決まってしまう」?
こういうことを平気で言う塾の講師とかいるけど、子供の人生を決めつけるなんて、こんな失礼なことある?
どんな道に進んだとしても幸せは見つけられるはずだし、見つけられるように導いてあげることが大人の責務なんじゃないのか?

これは持論だけど、子供の性格も、能力も、生まれ持ったものがほとんどで、後天的に獲得するものなんてほとんどないと思っている。努力で伸びたようにみえるのは、もともと伸びる素地があったというだけのことだし、そもそも、努力できるというのはそれ自体が才能であって、後天的に獲得するものではない(つまり、いくら無理やり勉強させてもその習慣は身につかない)。

「努力しなさい」っていうのは「頭がよくなりなさい」っていうのと同じくらい無茶なことを言っている、と、努力が苦手な自分は思う。
自分は、一生懸命勉強したから成績が良かったわけではなく、物心ついたときから成績が良かった。そして、継続して努力する才能はなかったので、いくら言われても勉強する習慣はつかなかった。努力すれば上を目指せると言われても、自分にそのモチベーションがなかったので、上を目指す興味はまったくなかった。一応、就きたい職業という目標はあったので、それを目指すための努力は自分なりにしたが、最小限の努力で最大限の効果をあげることしか考えなかったし、それは今も全く変わっていない。
自分にとってとてもよかったのは、自分の進学した学校が、私立の中高一貫校だったんだけど、良い意味でとても自由な学校だったことだ。決して悪い意味でなく放任主義だったと言い換えても良い。これが、大量に課題を出されたり、毎月のようにテストがあったり面接があったりするような高校だったら、つぶれていたかもしれない。

だから、教育(勉強の話ではなく、いわゆる「しつけ」的な意味での)って、本当に根本的な善悪の価値観を教えることとか、対人関係の初歩の初歩を教えることとか、その程度で充分なんじゃないかと思う。
基本的に価値観は人それぞれであり、「常識」と呼ばれるものだって個人差があるんだから、あまり教えすぎると親の価値観の押しつけになる。むしろ、その「価値観が人それぞれ違う」という、最も根本的で大切なことを教えることに意味がある。
自分で考え、自分で判断する。最初は難しいけど、自分で考える習慣はとても大切だ。

そして、自分が思うに、とても大切なのにあまり意識されていないと感じるのが、「自分を知る」こと。
自分は何が好きで、何が嫌いなのか。
何が得意で何が苦手なのか。
どういうときに喜びを感じて、どういうときにつらく、苦しくなるのか。
自分のやりたいことは何なのか。

自分を知るという行為は、親でも代わりにやってあげることはできない。
自分で自分の心に問いかけなければならない。
だから、それをなるべく子供の頃からやっていくことが大切なんじゃないかと思っている。

自分を知る、というのは自分を客観的に見る、という行為であり、つまりメタ認知である。これも自分の持論だけど、メタ認知こそ、人間が成長するためにとても重要な能力だ。自分を客観的に把握し、さらに、自分がどうなりたいかも認識した上で、なりたい自分に、可能な範囲で修正していく、これこそが成長と呼ばれるものだと思う。

そして、ここもとても大切だと思っているんだけど、(心の)「成長」とは、いったい誰の、何のためのものか?ということ。

意識高い系noteとかで、ときどき「(仕事に関する)スキルアップ=成長」みたいな書かれ方をしていたりすると鼻で笑ってしまう(性格が悪いので)。いやもちろんそれも「成長」って言っていいのかもしれないけどね。狭義のね。

自分にとっては、成長とは、「自分が幸せになるために、自分を知り、自分がより幸せになれるように変わっていくこと」だと思っている。
つまり、自分の幸せのために、人は成長するのだ。

さきほどのスキルアップで言えば、例えば、ステージに立つお仕事をしている人たちにとっては、ダンスが上達することは、自分の夢でもあり幸せに通じることだから、それは成長と言えるだろう。一方で、会社員にとって、Aという業務をするのに以前は1時間かかっていたのが30分でできるようになったとして、もしかしたらその分、以前の2倍の業務を任されることになるかもしれない。それで給料が倍になるなら本人の幸せにも通じるが、そうでない場合は会社の幸せにはなるけど本人の幸せにはなっていない。これは「成長」と言えるのだろうか。

人生は結果ではなく過程だから、つまるところ、人は、その瞬間瞬間の幸せのために生きている。そして、自分が幸せになるためには、自分をよく知り、自分がどういうときに幸せを感じるのか、それをなるべく理解していたほうが幸せになる確率が高いはず。

幸せになる方法、つまり、自分が何をしたいか、どういう時に幸せを感じるかをよく知り、よりよい自分になれるように修正していくこと、それを学べるように導いてあげたい。それが親としての自分の責務じゃないかと思う。

「幸せになる約束」はしてくれなくていい、でも、手段はどんなものでもいいから、とにかく幸せになってほしい。親として願うのはそれだけだ。

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