歳を重ねるということ

過去に出会った音楽はずっと好きだし、昔に読んだ小説やマンガも場面やセリフなどをずっと覚えていたりする。名作はもちろん時代を超える価値があるわけだけど、いま出会う作品たちがそれに劣るわけではもちろんない。年寄りの「昔はよかった」は「昔(の自分)はよかった」ということであって、かわったのは外界ではなく自分であることを認識した方がよい。
ヨルシカが大好きで、特に歌詞がすごく好きだけど、以前にも書いたとおり、10代に出会いたかったなと思うことはある。小沢健二と出会ったのが10代でなければ、あんなふうに呪いにかかることもなかったかもしれない。ワサビを食べられるようになるのは大人になって嗜好が変わるからではなくて、単に子供の頃より味覚が鈍くなるからだ、という話を聞いたことがある。若いつもりでも、いつまでも多感な少年少女ではいられない、ということだ。だからこそ、その時代に出会った作品はずっと特別な存在になる。
でも、多感であることはよいことばかりではない。繊細さは両刃の剣で、プラスにもマイナスにも大きく感情が振れてしまう。フルマラソンって、あとで振り返ると楽しさとか充実感とかしか覚えてないけど、走ってる最中はしんどいとか早く終わってくれとかしか考えてなかったりする。今となってはわからないけど青春ももしかしたらそんな感じだったかもしれない。少なくとも楽しいことばかりではなかったし、早く大人になりたいとずっと思っていた。10代の感性を懐かしく思うし、いま出会う作品やアーティストたちと、その時代に出会いたかったと思うことはあるけど、実際にあの頃に戻りたいとは思わない。いろいろ経験してたどり着いた今の自分が、過去の自分史上いちばん好きだから。
歳をとって、得たものもあれば失ったものもある。失う方は必然だから仕方ない。美智子様(上皇后陛下)は、病気の治療の結果うまくピアノが弾けなくなってしまったことに対して、「今までできていたことは授かっていたもの、それができなくなったことはお返ししたもの」という趣旨のことをおっしゃられたそうで、それに感銘を受けたので自分もそう思うことにしている。
そして、歳をとって得る唯一のものは経験だ。すべての経験は成長につながると思うけど、振り返ると、特に自分を成長させてくれたのはつらいことや悲しいことだったと思う。そういう経験すべてが今の自分を作っている。でも、ただ経験すれば成長する、というわけではない。その経験をどのように消化して、どう自分に落とし込むか、それが何より重要。人はただ生きていれば成長するというわけではない。「涙の数だけ強くなれるよ」であって「涙の数だけ強くなるよ」ではないのだ。経験は成長の種であって、水をやらなければ実らない。
当たり前の話だけど、歳が上だから偉い、なんてことは全くない。人間を生物として見た場合、若い人たちのほうが生物としてすぐれているし価値のある存在だ。年齢相応の分別を獲得できなかった年長者ほど憐れなものはない。そういう輩に限って、歳が上ってだけで偉そうな態度をとったりするから余計に悲しい。歳が上だから敬われるのではなく、敬われるような中身のある人が敬われるのです。いい歳してそんなこともわからないとは、いったい今まで何をしてきたんだ。

年寄り側の年齢になってきて、最近特に、自分に残された生物としての役割は、若い世代の礎になることだな、と思う。別にそう思わない人がいても構わないけど、自分はそう考えているし、そうやって生きることが、これからの人生の意味なんじゃないかって思うようになった。もちろん、自分の生活や楽しみを優先した上で、だから、あんまりえらそうなことは言えないけど。
ふだんの仕事も、前回書いた学校の先生の仕事も、そういう意味で、少しでも若い世代のために何かできるかもしれない、そういう仕事で、その機会をもらえていることは本当に幸せなことだと思う。大げさに言えば、生きている意味を与えてもらっている。前回のエントリーで書いたとおり、生きてる意味なんてないし、なくても全然かまわないのだけれど、でも、もちろん、あってもいい。あるとうれしい。特典会みたいなものかもしれない。なくてもライブには行くけど、あったほうがうれしい。
人生の価値は終わり方だろうから、とは「藍二乗」の歌詞だけど、人生の価値が終わり方にあるとしたら、まさに人生が終わる、その瞬間に、自分の人生を振り返って、悪くなかったな、と思えたら、それですべてが報われるような気がする。人生を肯定するのは自分で、それは日々の積み重ね、つまりその過程にある。結果ではない。誰かのために使う時間、それを幸せと思えることは、幸せになるための大切な能力。ネイティブアメリカンの教えにあるとおり、自分が死ぬとき、周りの人たちが泣いて、自分は笑っていられるような、そんな人生を送りたいね。

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