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我が家の秘湯へようこそ【癒しを求めて別府旅④】

「このかまど地獄には一丁目から六丁目まで名前がついた6つの地獄があるんです」

きちんと調べてきた後輩を頼りに、まずは一丁目。柵の上からのぞいてみると……

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ぬかるみ!?
田んぼ道の水たまりみたいな色とサイズだけど。侮るなかれ、歴とした90度の熱泥。このなんとも親しみのある色は粘土が溶け出しているからだそう。

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二丁目では巨大な赤鬼が待ち構える。じっと見上げているうちに、誰かに似てるような……あ、怒った上司そっくり!

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海地獄にも引けを取らないクリーミーな水色は三丁目。近寄ってみても空をひっくり返したみたいでつい見惚れちゃう。

一回分の入場料で色んな地獄が楽しめるし、◯丁目という名前もユニークだ。もちろん天国にゃ敵わんだろうが、地獄の町を歩くのも悪くない。


ならず者気分で散策していると、むわむわと白い蒸気が行手をふさぐ。出どころをたどると東屋のような建物。どれどれ、中に入ると〝蒸し湯〟になっている。この蒸気は肌や喉にもいいらしく、お寺の煙みたいに顔に浴びせまくった。さらには熱々のお湯を飲めるコーナーも。ここは観光地というよりテーマパークみたい。はたから観るだけじゃなく体感できる。


するとなにやらマイク越しに陽気な司会の声が聞こえてくる。四丁目はすでに家族連れや外国人観光客でいっぱい。どうやらショーが始まるらしい。私たちもお邪魔してみると、月のクレーターみたいな窪みがぼこぼこと空いていて、そこにお湯がたまっている。

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ほお、これも地獄なのね。穴からゆらゆらと立ち昇る湯気を見ながら感心していると、

「お嬢ちゃんたち、この中で一番温度が高いのはどれか分かるかな?」

急に話を振られてびっくり。振り向くと、蛍光ピンクのポロシャツにえんじのパンツ、もふもふの白帽子とサングラス!ヘッドセットマイクを付けた強烈なインパクトのおっちゃんが私たちが答えるのをじっと待っている。観客の子どもたちも期待の眼差しでじーっ。

「あれかな?」

心強い後輩がためらうことなく蒸気がたくさん出ている穴を指さし、「大正解!」

ちょっと見ててね、とおっちゃん、おもむろにライターを取り出すと線香に火をつけた。柵から身を乗り出し奥のくぼみめがけて煙をふうっ。

……あれ。何も起こらない?不安になったそのとき、水面にぶわっと蒸気が巻き上がる。おお、魔法みたい!観客からは拍手と歓声。科学的な仕組みはわからないけど、実験の授業のようでわくわく。

おこちゃまたちに負けず劣らずはしゃいでいると、「次はこっち」と手招きされ五丁目へ。「こっちのほうが熱いからね。さあ、どうなると思う?」とエメラルドグリーンの大きな池にふうっ。さっきよりも豪快に煙が上がり、水面を走っていく。お湯の色も神秘的でさらに魔法っぽい。何回見ても楽しい。

「さあ、最後はこっちへ」
導かれるまま赤い熱泥の六丁目へ。ふと振り返るとついてきたのは、私たち三人と外国人カップルが一組。さすがに子どもたちは飽きちゃったか。

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「一人ずつやってみる?」
年甲斐もなく盛り上がる私たちにおっちゃんからまさかの提案。我先にと押し寄せる成人女子三人。実際にやってみると、簡単そうに見えてコツが必要。誕生日ケーキのろうそくを消すみたいにちょっと口をすぼめて。全体ではなく、ぐつぐつ煮えている部分に狙いを定め、おなかの底から一気に吹きだす。すると1、2秒遅れて蒸気が上がる。「うまいねえ!」「すごいやん」と褒めちぎられ、もしかして私って才能あるんかなと浮かれ気分。最初は「え?これ私たちもやるの?」と遠慮気味だったカップルも「Try! Try!」と盛り上げると、照れながらも楽しそうにやってくれた。日本のいい思い出になったらいいなあ。


パフォーマンスが終わると、大人としての自分を取り戻したのかどっと疲れが。ちょうどいいところに屋台を発見。名物『温泉ピータン』で腹ごしらえすることに。ひとつずつ注文して足湯の前のイートインスペースへ。

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「割り方わかるか?」

写真に収めていざ食わん、というところでスタッフの札を提げたおっちゃんが声を掛けてくれる。

「割るって、普通に割るんじゃないんですか?」
「じゃあ、貸してみ」

と言われるがまま卵を差し出すと、机の上でごろごろ転がし全体にひびを入れ、べりべりべりっと薄皮ごと一気にはがす。瞬く間につるんとした肌が露わに。ほら、あんたのも、とおじさんは慣れた手つきで次々と殻をむいてくれた。毎日どれだけの卵割ってあげてんのやろ。感心していると、「黄身が見えるまで食べたら、ちょっと出し」と卵から醤油に持ち替え、齧ったところにちょっとずつ差してくれる。これがまた、辛すぎず物足りすぎず適量。プロの技。

「で、お姉さんたちどこから来た?」
「あ、関西からです」
「私も昔関西にいたんだよ」

と意気投合して、当時のことを聞かせてくれた。その間にもわんこそばみたいに素早く、的確に、醤油を垂らす。至れり尽くせりで親戚のおじちゃんと喋っているような感覚になってくる。

「へえ、それで今はここで働いてるんですねえ」

初対面なのに馴れ馴れしく相槌を打つと、「何いうてんの」とテンポ良いツッコミ。

「働いてるも何もオーナーや」

え?オーナー!?
三人そろって卵だけじゃなく目も剥いた。
てっきりボランティアの人かと。
オーナーってめっちゃ偉い人やん。トップやん。直々に卵を割ってもらい醤油まで差してもらって、挙句横柄な相槌を。自分たちの態度に戦慄。

「そこに足湯あるやろ」とオーナーがイートインスペースの奥を指さす。かまど地獄の足湯はしっかり青い源泉かけ流し。他の地獄でもここまで色のついたお湯に浸かれるところはなく、すでに多くの人で賑わっている。

「あのお湯と同じのが家の風呂にも流れてる」
「へえ」
「ゆっくり入っていかへんか?」
「え?今から!?」

戸惑う私たちをよそに道のりを教えると、オーナーはさっと次の客のところへ卵を割りにいってしまった。

どうしよう。
これって自宅に招待されてる?
初対面のおじさんの家のお風呂にお邪魔してもいいものなの?
とはいえ、せっかくの好意をないがしろにはできない。

言われた通り、まずは受付へ。「お風呂に入りたいです」と伝えると、案の定怪訝な顔をされたので、慌ててオーナーの名前を出す。お姉さんの顔がぱっと明るくなって、奥からカギを出してくれた。疑っていたわけじゃないが、正真正銘オーナーなんだ。

教えられた扉は自宅の裏口になっていて、開けるとすぐ脱衣所。浴槽には本当に青いお湯が満ち満ちていた。白や金は入ったこたがあるけど青は初めて。温かいのに南国の海にいるような爽快さ。なにより、今は私たちだけの「ヒミツの温泉」という特別感にドキドキした。もちろんバスタオルも用意されているもてなしっぷり。このサービス精神が他の地獄と一味違うエンターテイメント性につながってるんだなあ。


お湯を堪能した後、お礼を言おうとすぐさま屋台の前まで戻った。くまなく目を凝らしたが、オーナーの姿はどこにもなかった。


※かまど地獄の前に訪れた海地獄と鬼石坊主地獄も少し紹介。
ちなみに別府旅のヘッダーはかまど地獄の五丁目です。オーナー、素敵な経験を本当にありがとうございました。

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コバルトブルーが美しい一番人気の海地獄。
世界中の青を詰め込んだような色ですが、98度もあるとか!

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名物の蓮と蒸し焼きプリンで花も団子も大満喫。

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鬼石坊主地獄ではとろとろの泥がゆーっくりぼこぼこと沸騰。きれいな弧を描いていくのを見ていると吸い込まれそうになる。

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お母さんがせいろから出してくれる肉まんはふっくらもっちり。熱々の肉汁が溢れる!

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