見出し画像

かっぱのえびせん①


(小説)


「佐倉さん見ましたスローガン?
また"ががぁりん"が取ってましたよ、大賞。」


後輩社員の脇田はそう話しかけて、オフィスの後方に2度ほど首を傾けた。

潔い筆字ででかでかと書かれたその文字が、
業務に勤しむ傀儡人形(サラリーマン)を睨むように
佇んでいる。

しかし、文字の迫力に反して
内容は戯けたものだった。


"プレゼン資料の矢印の太さと、アソコのデカさは
比例する!   作:ががぁりん"


「先月のリモート会議がどうとかのやつも
ががぁりんでしょ?
最近じゃあ、みんな対抗して出してるって
聞きますけど、すごいっすよね、やっぱ!」


うちの会社には古くから、毎月のスローガンを
社員から匿名で募集し、集まったものから幹部が
話し合って大賞を1つ決めるという、
無駄にユニークな制度がある。

そして、ここのところ、
"ががぁりん"なるペンネームの猛者が
猛威を振るい、連覇を成し遂げている
といった状況なのである。

「ワッキー、あのね。
スローガンがいくら採用されたって
給料が上がるわけでもなし、その人の仕事が
出来る証明になんてならないんだから。
すごいとかないよ。

そもそも会社のスローガンなんて
ふざけていいもんじゃないしね。」

「いや、僕が思うにががぁりんは、
相当仕事も出来ると思いますよ!
なんてったってセンスがありますからね!」

「いいから、早くお前は資料を仕上げなさい。
…矢印は気にするなよ。」

「わかってますよ!」


そう言って脇田はこちらに背を向けると、
続いて調子のギアを一つ上げて、隣の事務の
女の子に、またスローガンの話を始めた。

「わかってないじゃないか。」


"ががぁりん"の正体は、僕だ。

半年前から、スローガン投稿という
馬鹿げた企画に大喜利を始め、
今や連続採用で社内の噂となっている
この状況を見て
密かにほくそ笑んでいるのだ。




7年前、僕は芸人を辞めた。


「なんでそんな…そんな簡単に
降りれんねん!!
本気ちゃうんか!?なぁ!
夢やったんちゃうんか!?お前も!」


相方であった男は、切れのある瞳に涙を溜め込み
怒号を響かせた。
月が綺麗な汚い公園。
そんな夜も、もう7年前。


本気だった。
夢だった。

だから降りた。

夢は、夢だったから
やめるし 止まる。



「えー、来月はあたしも出してみよっかなあ。
佐倉さんは、送らないんですか?」

脇田に釣られ、事務の娘も盛り上がり、
きらきらした眼でこちらを見つめる。

「出さないよ、僕は。
ああいうの考えるのできないんだ。」

「そうですよね、佐倉さん、
大喜利苦手そうっすもんね。」

「なんだよそれ。」


ハハハと笑う若人たちに、
「大喜利はずっと得意だった」との告白を
喉元まで出掛かって飲み込んだ。


(たかが会社のスローガン。
でも、なんだか楽しくやってるぜ、こっちも。)


たしか来月分の締切は水曜だったな。
次の休みは、製作にあてるとしよう。


…②につづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?