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福祉・医療制度改革ズームイン(7)介護報酬改定、複雑な決着を紐解くと……

ニッセイ基礎研究所上席研究員
三原岳


3年に1回の2024年度介護報酬改定が概ね決着しました。今回の改定では、物価が上昇する中、賃上げのための財源確保が争点となり、改定率はプラス1.59%となりました。これは医療機関向けの診療報酬本体の改定率(0.88%)を上回っており、厳しい財政事情の中、一定程度の財源が振り向けられた形です。

 一方、訪問介護の基本報酬が下げられるなど、首を傾げるような出来事も起きました。この背景には、プラス改定に働く流れと、マイナス改定に向かうような議論が交錯したことがあります。具体的には、物価上昇や賃上げへの対応などでプラス改定が意識された一方、岸田文雄政権が重視する「次元の異なる少子化対策」で国民負担を増やさないことが盛んに強調されたため、歳出抑制圧力が強まりました。

 つまり、「右向け左」と言わんばかりの政治サイドの指示が議論を混乱させた結果、分かりにくい決着になった面は否めません。
現場のケアマネジャー(介護支援専門員)の皆さんにとっては、ダイレクトに仕事に絡む話は少ないかもしれませんが、今回は介護報酬改定の動向を俯瞰したいと思います。
(このため、個別項目に関しては、稿を改めて取り上げたいと思います)


強いられた帳尻合わせ

まず、改定率を見て行きます。周知の通り、今回の介護報酬の改定率は1.59%増。これを過去の改定率を比較すると、図表1の通り、それなりに多くの財源が振り向けられている様子を見て取れます。

さらに、今回は診療報酬本体と6年に1回の同時改定だったわけですが、同じように同時改定だった2012年、2018年と比べると、介護の改定率が診療報酬本体を初めて上回ったことも確認できます。このため、改定率だけ見ると、厳しい財政状況の中、介護に予算をシフトした傾向を指摘できます。武見敬三厚生労働相も「全てが難しかった」と振り返りつつ、「処遇改善加算の一本化による賃上げ効果を含めますと、大体2.04%程度(筆者注:の増額)になります」と述べ、人材不足が恒常化している介護現場に配慮した点を強調しています。 しかし、訪問介護の基本報酬が引き下げられる不思議な出来事も起きており、「本当に介護現場に配慮したのか!」と思われるかもしれません。別に筆者も役所の肩を持つわけじゃありませんが、予算編成過程を振り返ると、政治サイドから「右向け左」と言わんばかりの相異なる指示が下ったため、厚生労働省として、かなり苦しい対応と説明を強いられている面がありました。

図表1:最近の診療報酬本体と介護報酬の改定率
出典:厚生労働省資料を基に作成
注1:消費増税に伴う医療機関のコスト増への対応分を含む。
注2:消費税を活用した救急病院勤務医の働き方改革への特例対応を含む。
注3:薬価の毎年改定や消費税引き上げに伴う2019年度分の改定は省略。


分かりやすく言うと、2つの異なる流れを同時に満たそうとした結果、「帳尻合わせ」「会計操作」が実施されたわけです。以下、一つずつ改定率に及ぼした要因を読み解いていきます。

 そもそも今回の予算編成では、物価や賃金が上昇に転じたことで、これまでと違う対応が求められました。具体的には、医療機関や介護・福祉事業所の賃金や物件費は市場実勢に左右される一方、国の定める報酬で収入が固定されており、他の産業のように価格に転嫁できないため、インフレ局面では一種の逆ザヤ状態が生まれてしまいます。

そこで、「今回は今までにない改定率を実現しなければならない。今回は一歩も引けない」(田村憲久元厚生労働相)といった声が与党から示されるなど、プラス改定を求める意見が強まりました。

一方、毎年の予算編成では、社会保障費の増加を約5,000億円規模に抑える見直しが焦点になっています。さらに、今回の予算編成では、岸田文雄首相が「次元の異なる少子化対策」を進める際の財源対策として、「実質的な国民負担を増やさない」と繰り返し強調しました。このため、給付抑制の圧力も例年以上に強まりました。

 以上のように、プラス改定に向かう流れと、マイナス改定に働く議論が同時に展開され、政府として帳尻合わせを強いられたわけです。


帳尻合わせの予算編成

こうした帳尻合わせは政府の説明に現れています。社会保障関係予算の全体像を示した図表2を見ると、「介護報酬改定」という項目が左側の「制度改革・効率化」と、右側の「社会保障の充実等」の双方にまたがっていることに気付きます。

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