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福祉・医療制度改革ズームイン!(2)~福祉や医療で語られる「生産性向上」とは何か~

ニッセイ基礎研究所 上席研究員
三原岳

福祉・医療制度改革を論じるコラムの第2回は最近、福祉・医療の政策論議で頻繁に語られる「生産性向上」を取り上げたいと思います。実は、今年の通常国会で改正された介護保険法では、生産性向上に関する自治体の役割が新たに明記されたほか、2023年度政府予算では、現場からの相談を受け付ける窓口を都道府県に置くための経費も計上されています。このため、今後は福祉・医療の現場で「生産性」という言葉を意識する可能性が一層、高くなると思われます。

しかし、生産性という言葉が語られる時、どこか効率性や採算性が重視される響きがあり、率直な感想として、患者や利用者を第一に考えなければならない福祉・医療に合わない印象も受けます。今回は「生産性向上」が重視されている事情や経緯、その論点などを考察したいと思います。

生産性向上とは何か

限られた資源の中で、一人でも多くの利用者に質の高いケアを届けることを目的とした取組であり、業務の見直しや効率化等により生まれた時間を有効活用して、利用者に向き合う時間を増やすなど、個人の尊厳や自立の支援につながるケアの実現を図ることに資する――。

2024年度制度改正に向けた社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会が2022年12月にまとめた意見書では、こんな感じで福祉・医療における「生産性向上」の必要性を強調しています。

この文章に限らず、部会意見では「生産性向上」という言葉が計18回も登場します(見出し、中見出しを含む)。前回の制度改正に向けた意見書(2019年12月)が僅か2回だったことを考えると、かなり増えたことになります。 

この背景には、生産年齢人口の減少に対する危機感があります。図表1の通り、日本は本格的な少子高齢化社会に突入しており、それでなくても人手が足りない介護現場の人材不足は一層、逼迫する可能性が高まっています。

実際、厚生労働省の試算では、人口的にボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になる2025年で約32万人、同じくボリュームが大きい団塊ジュニアが65歳以上になる2040年には約69万人が不足すると予想されています。このため、少ない人員でも現場が回るようにするため、生産性向上の必要性が声高に強調され始めたわけです。


図表1:日本の総人口の実績と推計
出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」を基に作成
注:推計は死亡中位の数字。

例えば、2021年度介護報酬改定では、ICT機器を導入した事業所を対象に、人員基準などを緩和する見直しが一部で盛り込まれており、医療・介護の同時見直しとなる2024年度報酬改定でも焦点の一つになりそうです。

さらに、今年の通常国会で成立した改正介護保険法では、生産性向上に関する自治体の役割が明記されました。2023年度予算でも、生産性向上に関する都道府県の相談窓口設置に向けた費用が計上されており、厚生労働省の担当室長は「地域の関係者によるコンセンサスに基づいて、相談窓口も含めて推進体制をつくってほしい」(2023年1月1日『シルバー新報』)と期待感を示しています。

こうした国の方向性自体、筆者は必要と考えており、ICTやAI(人工知能)、ロボットの導入などを通じて、できる範囲で省力化すればいいと思います。

しかし、多くの福祉・医療関係者は「生産性」という言葉に違和感を持つのではないでしょうか。生産性という言葉は効率性や採算性を想起させるため、利用者との対話など手間暇が掛かる福祉・医療の現場には縁遠い印象があります。そこで、以下では敢えて「生産性」とは何か、という問いから起こし、求められる視点や対応策を考えたいと思います。


福祉・医療における生産性とは何か?

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