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秋にも総選挙?高齢者の投票は?

共同通信社 特別報道室 編集委員
市川 亨

社会保障分野を10数年取材している記者

要介護の高齢者がもっと投票しやすいよう国は制度を改正すべき。
訪問介護で投票所への移動を支援できることをケアマネの皆さんに知ってほしい。


「自分で行って、自分で書く」のが前提の制度

読者の皆さま、こんにちは。共同通信の記者で市川亨と申します。今回は「選挙での高齢者の投票」についてお話ししたいと思います。
岸田文雄首相は今年6月、衆院を解散して総選挙に踏み切ることを検討していましたが、見送りました。ただ、秋には総選挙が行われるのではないかとの観測が強まっています。皆さんは、要介護のお年寄りから「選挙に行きたいけど、投票所まで行けない」といった話を聞いたことはないでしょうか。日本の選挙制度は「自分で投票所へ行くことができ、自力で正しく投票用紙に名前を書ける」人以外には、とても厳しい仕組みになっているのです。


郵便投票は「要介護5」だけ

要介護者や障害者には、郵便で投票できる制度がありますが、対象は「要介護5」、身体障害の場合は障害者手帳で1~3級の人に限られます。例えば要介護2でも、人によっては外出が難しい場合がありますが、要介護5でなければ郵便投票は利用できません。
郵便投票を巡っては、2018年に与党が要介護3まで対象を広げる方針をいったん決めたものの、実現に至っていません。要介護5の人は全国に60万人弱いますが、2019年の参院選で郵便投票した人は2万人足らずでした。しかも、2010年の参院選に比べると4割近く減っていました。周知が不十分で、知らない人が多いことが原因の一つと思われます。
投票所まで送迎バスを用意するなど移動支援を実施する自治体もありますが、2019年の参院選を見ると、全体の14%にとどまっています。
投票所では、自筆が難しい人向けに職員が代筆する制度もあります。しかし、認知症や知的障害、自閉症などがあると、初対面の人とうまく意思疎通できない人もいます。「投票先を他人に知られたくない」「周りに聞こえる大きな声で確認を求められた」といった声も出ているのですが、家族やヘルパーによる代筆は「投票先を誘導する恐れがある」といった理由から認められていません。
そのため、身寄りがない人や、投票所までの送迎を頼める家族や知人が近くにいない人、そういう人がいても「頼みにくい」と遠慮している高齢者は、投票に行きたくても諦めている現状があります。


訪問介護で連れて行ける

ですが、実は介護保険の訪問介護で投票所までの送迎や付き添いが認められていることは皆さん、ご存知だったでしょうか。私も厚生労働省や自治体に取材して知ったのですが、現場ではあまり知られていないようです。厚労省に聞いたところ、「外出支援として報酬の算定が可能です。『ほかに連れて行ける人がいないこと』が条件ですが、例えばヘルパーが車に乗せて投票所まで連れて行くのもOKです」ということでした。ただし、投票所に入ってからの介助は投票所の職員に引き渡す必要があります。
障害者の場合でも、訪問介護に当たる「居宅介護」、視覚障害者向けの「同行援護」、知的障害者ら向けの「行動援護」が利用できます。
しかし、自治体は積極的に広報していません。国のほうも、選挙を所管する総務省は「厚労省で周知してもらえれば」と言い、厚労省は「選挙は総務省の担当なので」と、自治体を促す姿勢が見えません。縦割りの弊害が生じています。


自己肯定感が低下してしまう

私が以前に取材した70代の女性は要介護2でしたが、1人暮らしで酸素吸入が必要なため、普段の外出もなかなか難しい状況でした。離れて暮らす親族の都合がつかないと、投票は諦めていました。「年を取って困ることが増え、1票の大切さを昔より感じる。私のような人はたくさんいるだろうから、何とかしてほしい」と訴えていました。
言うまでもなく、投票は民主主義社会での重要な権利で、政治に自分の声を届ける数少ない手段です。高齢者にとっては大切な社会参加の一つですし、「投票もできなくなってしまった…」と自己肯定感や意欲の低下を招いてしまいます。
自治体や関係機関によっては、「投票に訪問介護は使えない」と誤った認識を示すことがあるかも知れませんが、ケアマネジャーや介護職の皆さんには、「投票したい」という願いが叶えられるよう交渉や調整に当たって頂ければ、と思います。

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