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Rainbow②

自由と孤独-②

 石垣島の白保海岸で、引いては寄せる白波の音。海岸近くの樹々が大きな手を揺らす音。遠くから聞こえる漁船のエンジン音。高校三年生の新城真里は、満天の星をぶら下げたままの藍色の空の下で、一日の始まりを迎えることを中学生の頃から日課にしている。
 二〇二四年、四月。うりずんの風が、八重の山々に蒼風を吹かせる。南からの暖かな蒼風は、真里の肩まで伸びた黒髪を揺らし、戯れて駆けていく。真里は、風に話しかけるように、何か呟いた。(ここは、豪華絢爛な舞台。私は、世界一のダンサー。観客を私のダンスで魅了する。……)
 ザー、ザーと波音が押し寄せる砂浜で、不意に、真里は何かの音を掴んだように、一瞬で静から動へと、スイッチを切り替え、軀をしならせて天を仰いだ。それから今度は、縦横無尽に砂浜を駆け、宙を舞い軽やかに回って見せた。まるで風と戯れる花びらのように。――真里の肌を伝う汗さえも、示し合わせた表現者であるかのように共演しダンスを続ける。水平線の向こう側では、藍色の空を割くように、オレンジ色の熱い光が広がってきている。真里のダンスの前では、あらゆる自然が彼女の観客となり共演者となる。――一体感。真里のダンスは、さらに熱を帯びていき、その洗練された繊細な動きから放たれる光は、水面の煌めきよりも眩く、消えゆく星々のそれよりも儚い。まるで地球上の全ての生命の輝きを彼女が一身に纏っているかのようだ。――
 古来より「踊り」とは、忘我の境地に自身の精神状態を高めていくものであるが、真里のダンスは、まさに「踊り」を原点回帰し体現させたもののようだ。
 樹々の枝で朝を迎えた鳥たちが歌う。うりずんの風が真里の手を取り回る。朝日が胸を焦がし熱を高めていく。八重の山たちが、体を揺らし新緑の風を生む。
 孤高のダンサーが、今、世界に夜明けをもたらしている。

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