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いきなりそれ?

突然、彼女から葉書が届いた。結婚しました、と書かれた文字をとっさに理解できなかった。
彼と別れるゴタゴタの相談に乗ったのは去年だぞ。一人になったさみしさで俺の腕に甘えてきたのも、去年だぞ。一年ちょっとで結婚? 知らないよ、聞いてないよ。そもそも、どこの誰だよ。

俺はたまらず電話をかける。電話番号はとうの昔に暗記している。いつもはドキドキするはずの呼び出し音に、今日はイライラする。
「はい」
聞きなれた声、胸のあたりがズキッとする。
「葉書見たんだけど」名乗りもせずに切り出す。
「あ、守? 届いたんだ。うん、結婚したの。突然だけど」
「いつ、聞いてない!」思わず口調が強くなる。
彼女はしばらく沈黙する。俺の背中に冷や汗が流れる。
「わかった。直接話そう。あなたとは長い付き合いだから」彼女が落ち着き払った声で言った。

よく一緒に行った喫茶店で待ち合わす。いつもの窓際の席で彼女が手を振る。銀糸の縫い取りのある白いブラウスが、まるでウェディングドレスみたいだと思った。慌てて考えを散らす。
「久しぶり」いつもの笑みで彼女が言う。
「ああ」
「いきなり葉書送ってなんか悪かったね」
「なんにも聞いてないぞ」
「急展開だったのよ。旦那はチーターみたいに急接近してきて、速攻だった」
おれは鈍い牛かよと内心毒つく。
「それに、・・・守には・・・言いにくかったの。その、・・・あの頃、私」
大きく息をして彼女は言った。
「思わせぶりな態度とってたから。恥ずかしくて」
「さみしい時だけ俺にちょっかい出したと?」
「ごめんなさい!」
彼女はスッパリ謝った。潔い謝りっぷりも魅力の一つだったが、いまは残酷だ。
「みっともない姿見せたと思ってる。あの時はとにかく甘えたくて」
「・・・旦那は甘えさせてくれる人なんだ」
彼女は無言で肯定した。あーあ、俺はつなぎ役かよ。ため息も出ねえ。

彼女の左手薬指で光る指輪。結婚指輪というやつか。そっけないほどのシンプルなデザイン。今の彼女みたいだ。
「ま、幸せならいいけど」
悔しいけれど、今日の彼女はとてもきれいだ。
「守がいてくれたおかげ。あの時支えてくれたから、乗り越えられた。本当に感謝してる。」
「・・・ほっとけないだろう。何年の付き合いだと思ってるんだよ」
「一緒に育ったようなもんだよね。思春期を何とか乗り越えて大人になった」
「もう30過ぎだけどな」
「守は変わらないね」
「・・・変わらないよ」告白する勇気がないのもな、という言葉は飲み込む。

何年も、それこそガキの頃からずっと思い続けてきた。友達で始まった関係だから、告白して壊れるのが嫌だった。見守りつづけていれば、いつか隣に立てると思ってた。そんなの俺の独りよがりだった。
その後彼女と何を話したかは覚えていない。これが最後と思ってしまったら、言葉が出てこなかった。

喫茶店を出て別れ際、彼女は言った。
「じゃあ、またね」
はっ? まだ続くのか俺たち? それでいいのか俺?
って言うか、あいつ俺の気持ち知ってるのか?




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