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絶望の現在完了形物語〜序章〜|英語小話


それは重苦しい曇天の日であった。

どこにでもある普通の中学校。生徒たちがワイワイと過ごす教室に、チャイムが鳴り響いた。次は英語の授業である。ぼんやりとした気怠さに自席へ向かう足は自然と重くなり、全員が各々の席に戻り終えたのはちょうど教師が教室に入ってきたタイミングであった。日直の号令の後、その授業の幕が開けた。

「今日から現在完了形の単元に入ります。」

教師の言葉を聞いた生徒たちは一斉に思考する。

「なんだ現在完了形って。現在進行形に関係あるのか?『現在』『完了している』?どういうことだ?先生は一体何を言いたいんだ?」

そんな生徒たちの動揺の中、教師はこともなさげに「現在完了形は継続・経験・完了を表します。」と言葉を続ける。それを聞いた生徒たちはさらなる混乱に陥った。

「継続と完了とか真逆の意味じゃん。もはやなんでもありじゃん。なんのつもりだよ。」

当然、その後の説明など耳に入らない。混乱の渦に飲み込まれ、脱出叶わぬまま授業は終わり、彼らには漠然とした、しかし確固たる感想が残る。

「現在完了形意味わからん。嫌い。」

当然、授業の復習どころかその日を思い出すことすらない。嫌いなものについてわざわざ考える、なんてことは誰もしないのだ。感想のみを記憶に残し、彼らはいつも通りの日常に戻っていく。

これが長く続く絶望の物語、その序章に過ぎないことも知らずに。

現在完了形の授業はその後もしばらく続く。無心で板書をノートに写すだけの、終わりが見えぬ地獄を彷徨い続ける日々。

「人生とはこんなに辛いものなのか。早く、早く終わってくれ!」

魂の叫び。しかし教師には届かない。怒り、悲しみが、現在完了形への嫌悪とともに、彼らの記憶に刻み込まれていく。

無限に続くとも思えた日々。しかしてついにそのときは来た。

鳴り響くチャイム。心なしか嬉しそうな日直の号令。一斉に賑やかさを取り戻す教室。

そう。現在完了形の単元が終わったのである。彼らは長く苦しい道のりを走りきったのだ。

ようやくhaveを「持つ」と訳せるあの日常が戻ってきた。これからの希望に満ちた日々を想像して、つい顔が綻ぶ。ああ、明日はどんな素晴らしい一日が待っているのだろうか。

明くる日、今日も窓の外には雲が広がり、英語の授業は始まる。

しかしこれまでの絶望はもうない。彼らは現在完了形という厚い壁をぶち抜いたのだ。何も恐れることはない。

そんな彼らに、教師はいつも通りの口調でこう告げた。

「今日から過去完了形の単元に入ります。」

あの絶望の日々が脳裏に浮かび上がる。

窓の外の重い雲から、今、一粒の雫が落ちてきた。

絶望の物語は、始まったばかり。









※完了形のとっつきにくさにを伝えたかっただけの文です。よって特に続いたりなどはしません。

完了形の攻略方のようなものについては別途書いていますので、こちらも併せて見ていただけると嬉しいです。



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