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【短編小説】私の日②

 土曜日の電車にしては空いていて、二人並んで座ることが出来た。雪が降り始めたことで、外出を控える人が意外といるのかもしれない。
 二駅で電車を降り、俺達が昔から通う映画館に着いた。
 今やっている映画の中から、雪乃は恋愛物を選び、俺は大人しくチケットを買って、館内へと進む。

 雪乃も俺も、映画を観る時は飲食物は買わない。静かに観たいから、飲食など言語道断なのだ。これは出逢ってすぐに分かった共通の認識だった。
 今日も例に漏れず、何も買わずに指定席へと座った。俺の左隣が雪乃。この定位置もずっと変わらない。

 お互い何も言わなくても、どんな場面でも、この位置が変わる時はない。俺の左隣は雪乃だけの場所だ。
 
「映画、久しぶりやね」
「そうだな」
 
 仕事で忙しかったのもあるが、自分の気持ちに余裕が無かったことが大きな理由だ。
 雪乃が選んだ映画は、少しファンタジー要素もある独特な世界観のストーリーだった。ハッピーエンドなのか、切ないのか。何故か、俺には判断がつかなかった。
 
 映画館を出て、服屋や雑貨屋が多く建ち並ぶ辺りへと移動する。
 外は相変わらずチラチラと雪が降っていて、地面には積もってはいないが、街路樹の枝にはところどころ白く乗り始めていた。
 
「はぁ、いい話やった」
「そうか、良かったな」
 
 雪乃が自分の両頬を手で覆って、はぁっと大きな息を吐く。その顔は満足した、と言っているから、俺の微妙な感想は言わない方がいいだろう。
 ただ、いろんな意味で、忘れられない映画になったことは確かだ。

 俺も大きく深呼吸をしてみる。キンと冷えた空気がたっぷりと肺に入ってきて、心臓が締め付けられ、針で刺されたような痛みを感じた。
 街中にも関わらず、まるで雪乃のように澄んだ空気だ、と柄にもなくそんなことを思う。
 


 それから、雪乃はお気に入りのショップを巡った。
 外に飾られたマネキンを見て、かわいい、とはしゃぎ、店内に陳列された雑貨を見ては、俺の顔をワクワクした顔で覗き込んでくる。

 そんな中、雪乃は一つの置物の前で座り込んで、静かに眺め始めた。スノードームだ。煙突のついたログハウスの前に庭があり、そこを嬉しそうに走っている子犬がいる。子犬を抱きとめようとしているのか、青い帽子を被った少年も小さいサイズなのに、楽しそうに笑っているのが分かる。そこに真っ白な雪がふわりふわりと舞い降り、小さな世界を美しいものへと変えていた。
 
「綺麗やなぁ」
 
 ボソリと雪乃の呟きが下から聞こえてきた。
 
「雪乃は雪が本当に好きだな」
「うん。私の世界やろ?」
 
 クスクスと笑いながらも、雪乃はそのスノードームから目が離せないらしく、暫くの間、俺達はその前に留まった。
 
「そんなに気に入ったなら、買ってやるよ」
「ううん、いいよ」
「いや、今日の記念」
「でも」
「その代わり、これは俺の家に置いておくから、雪乃は見に来いよ」
 
 そう言って、雪乃の前からスノードームを手に取り、レジへと向かう。
 俺の言った言葉に雪乃がどんな顔をしたかは、知らない。言うだけ言って、すぐに顔を背けたから。嬉しそうにしてくれていたらいいな、と思うが、どうだっただろうか。気になるなら見ればよかったのに、とは言わないで欲しい。

 それから少しだけ並んで、会計を終え、雑貨屋オリジナルの可愛い紙袋を持って、そこを後にした。

 既に十六時近いが、雪乃が行きたがっていたカフェへと向かった。
 
「おぉ、並んでるな」
 
 もうピークは過ぎていると思ったが、人気のカフェに時間は関係ないらしい。
 
「ベリーベリースペシャル、ホイップ増し増しで」
 
 ようやく席に案内され、いざメニューを開こうとしたら雪乃は何も見ずにそう言った。
 
「了解」
 
 何とも凄そうなパンケーキになりそうだ。
 雪乃の代わりに注文し、歩き回って疲れた脚を少し伸ばす。正面に座った雪乃はテーブルに頬杖をついて、大きな窓から外を眺めている。
 
「積もるかなぁ」
「どうだろうな。積もってほしいか?」
「うん、今日は積もってほしい」
「そうか」
 
 その会話を最後に、俺達はパンケーキが来るまで無言でぼんやりと外の景色を眺めていた。
 届いたパンケーキは、俺に人生初のこってりどっしり感を味あわせてくれた。生クリームでパンケーキが見えないとは恐れ入る。
 半分は頑張って食べたが、それ以上は勘弁してもらった。俺が苦戦して食べている間、雪乃は幸せそうに笑っていた。


(つづく)
 

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