【あとがき】苦しさと恋と夢が混ざった中3の夏
閲覧いただきありがとうございました。
処女作となりましたが、私に中学時代の
エピソードでした。いかがでしたか。
いくつか今の私から見たあの頃について
書き添えておきたいと思ったので、
あとがきを作らせてもらいました。
まず、メディアリテラシーについて。
今でも悩んでいる人はきっと多いと思う。
SNSの普及で知人同士のやりとりは多少
減ったのかもしれないけど、
それでもあの1回の行為であの頃の私は
ガラッと崩れ落ちた。
元々私はすごく活発で学級委員や生徒会を
務めるようなクラスの中心にいるタイプ。
そんな私でも、たった1枚の写真だけで
クラスの見え方が180度変わった。
全て被害妄想だけど。それでも。
話の中で私の行為は恥ずべきことで、私の罪だ
っていう文章があったけど、あれは大人になって
からも変わらず思っていて、あれから10年以上
経っても誰にも言うことはなかった。
適応障害と診断され、カウンセリングを受けた際
過去について質問され、そのときに人生で初めて
その話を打ち明けた。
話す間も口癖のように「私が悪いんですけど」
と繰り返す私に、カウンセラーさんは
「悪いのはあなたじゃなくてその男の子。
見せて送ってと言ってきたことがまず罪だ。」
と言った。
その時に初めて私が被害者だったと思えた。
現代では形は違えど、多くの問題があると思う。
SNSでは1対多数の世界があり、悪用の機会も
被害の大きさも1対1のやりとり以上に深刻だ。
その危険性を、やってしまってからでは
とりかえしがつかないことを伝えなければならない。
そして、声をかけることの罪。
1枚の写真でその人の人生が一変することもまた
伝えていかなければならない。
それがこれからの養護教諭や保健教育に欠かせない
役割だと感じている。
次に、リストカットについて。
ケロイド体質だった私の腕には数十本に及ぶ
傷跡が今もくっきりと残っている。
半袖で過ごせば一瞬でわかるくらいの傷。
あの頃、周りの病んだりぐれたりしている子が
リストカットをしているのを知っていた。
体育の時にわざわざ見えるように包帯を巻いている
のを度々目にしていたからだ。
流行りのせいにしてはいけないが、その分抵抗も
少なかったように思う。
痛みにはどんどん鈍くなり、血が流れることへの
爽快感を知り、もっと深くたくさんの血を求めた。
縫うことはしなかった。処置のことなんて知らなかった。
ただガーゼを当て、包帯を巻くだけだった。
リストカットからの卒業はあまりはっきりした
ものではなく、愛用していた切るものを没収され、
自ずと切る回数が減り、久しぶりに刃物を腕に
当てた頃には痛くてもう切ることができなかった。
一度目の卒業は、刃物の没収。
二度目の卒業は、正しい痛みを知ったこと。
人に何か言われたからやめます。なんてそんな
簡単なものだったらもうやめることができてるから。
一経験者として、リストカットをしている子供が
周りにいるのなら、まず家の中から刃物を全て
取り除き、本人の持っているものも手紙を添えて
回収すること。
まずは環境を整えて機会を減らす。
金銭の自由がない子供にはいちばん効果的だと思う。
次に、あなたが傷つくことが悲しいつらいと
誠心誠意伝えること。
これは言われたからやらなきゃと思わせるというより
本人がやめなきゃと思い立つきっかけ作りにすぎない。
でも、子供が大事で大切で大好きなこと、そんな子が
傷ついているのを見るのはつらくてたまらないと
伝えることで、きっと切る前にその人の言葉を思い出す。
ただし、リストカットをしてきた子たちは
何かの捌け口にその方法を使ってきたわけだから
相談体制を確保したり、緩やかな環境づくりをしたり
子供がのびのび愛情の中で過ごせる場所を
整えることがリストカットを止める大前提。
少しでも私のような傷跡に泣く子が減りますように。
ちなみに私は傷を除去する手術を大学生のときに
受けました。保険適用外で50万。それで消えるなら
と思って施術しましたが、傷の幅が広すぎて除去
仕切れなかった上に、傷は蛇行して縫われ、
案の定ケロイドが目立つようになりました。
子供や友人に「それどうしたの?」とよく
聞かれますが、傷跡を治したの。と曖昧な返答を
しています。あえて服で隠さないのは私の意地です。
最後に先生とのその後についてですが、
それからも文通は卒業まで続きました。
卒業式の日に、短冊に将来の誓いを書いたのですが、
「帰る前に短冊を持って僕のところへおいで」
と言われていたので、訪れると
その短冊の裏に先生の携帯のアドレスが書かれて
いました。お決まりの「秘密だよ。」を添えて。
とってもワクワクする展開ですが、
ご期待するようなことは何一つありませんでした。
今でも教え子として
成長を見守ってくれていると思います。
コロナ禍や自身の休職もあり、未だに
先生には自分が働いていることを伝えられて
いませんが、時期が来たら飲みに行くお誘いを
できたらいいなと思っています。
ちなみに先生は既に結婚されていて2児の父です。笑
以上です。最後まで閲覧ありがとうございました!
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