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【後編】岡山の百閒と漱石を訪ねる。

 〜これまでのあらすじ〜岡山・吉備路文学館で夏目漱石金之助のKAWAIIを浴びたオタクは、百閒生家跡地の何もなさと句碑を味わいながら、疲労に痛む足を抱えて内田百閒記念碑園に向かうのだった。(前編の記事はこちら

内田百閒記念碑園

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 さて続きである。生家跡地から川沿いに戻って、少し下流に向けて歩くと内田百閒記念碑園がある。車道沿いに作られた、細長いスペースだ。ここに名前の通り、百閒の記念碑(句碑)がある。

 …あるはずなんだけども、見当たらない。細長い公園の端まで行ってもわからない。しかたがないのでネットの情報写真を見直して、元の入り口(↑の画像のところ)まで戻ると…

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 いやこれは見逃すわ。石垣としてあまりに馴染んでいる。でも手前の丸い石に座って眺められるし、春は桜が咲くだろうしで、なかなかにいいところだ。

 ほほう、いいところっすねえ百閒先生〜とよくわからないポジションから心で碑に語りかけつつ、さて…と公園を出ようとすると……。

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 アアアアア岡山城が見える…!!!(突然取り乱すオタク)
 いや、考えてみたら当たり前だ。百閒はふるさとについて語る時、後楽園(御後園)が同じ町内だったことを語っているし、さっきまでいた生家跡からすぐ近くなのだから。でも動揺した。頑なに岡山に帰省しなかった百閒が、それでも自室の壁のいつも見えるところに岡山城の写真を貼っていたエピソードをおぼろに覚えていたんだもの。

 そうかあ…こうして常に岡山城が見えるところで…桜がたくさん植林されたのどかな川沿いの公園に…ウッウッ。などと勝手な感慨に耽ったものの、別にここは百閒の墓ではない。そもそも墓だとしてもそれがどうしたという話である。でもじんわりしてしまったのだ、妄想が得意なオタクだから。

 記念碑園との出会いに感謝しつつ、このまま橋を渡って夏目漱石の歌碑に歩いていく。この歌碑は前回の岡山行きでも見ているので、まあ今回はいいかな…と思っていたのだが、川向こうにいる漱石先生に会いに行く百閒の気持ちを味わいたいがために歩く。もちろん百閒が岡山で漱石に会ったことはないので、完全なるご勝手ドリームである。よくわからん理屈でいくらでも遊べるのでオタクは楽しい。

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 ものすごい風が吹き付ける中、やたら広い旭川を渡っていく。この写真の真ん中から左のあたりが漱石歌碑の位置のはず。待ってて下さい先生(待ってない)。

夏目漱石の歌碑

 というわけで到着(思ってたよりは距離があった)。一年くらいぶりに見る、岡山の漱石歌碑である。ここは吉備路文学館でも紹介されていた、25歳の夏目金之助(漱石)が大学の夏休みに逗留していた、親類のようでよく考えたらほぼ他人だけど仲は良かったし縁のあるお家があった場所である(詳しくはググって下さい)。

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 さんざん指摘されまくっていることだが、刻まれているのは人生のわりと晩年近くの短歌だし、上に乗っている猫はまあ吾輩は猫であるイメージだろうしで、特に岡山とは関係のない要素で出来た歌碑である。

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 でも猫がいい味出してるから、まあいいかってなるんだよな…猫のキャラクター性は強い。そもそも岡山に遊びに来ていた25歳の夏目金之助くん、まだ小説も書いてないし、俳句も正岡子規へのお愛想でちょろっと手をつけた程度(本格的にやるのは卒業して松山に行ってから)の、何者でもない時期だからしかたがない。強いて言うなら漢詩の人か。

 まだ何者でもない金之助くんは複雑な家庭環境のわりにのびのびしたところもあるので、お世話になっているお家の庭をみて「つまらないなあ、僕ならあのあたりにブランコを置くね」みたいなことを言ったり(器械体操の一環で、ブランコ得意だったらしい)、手ぶらで潮干狩りに行って、思いのほかたくさん貝が獲れたけど、持って帰る入れ物がないので穿いてたふんどしに包んで自分は下半身もろだしで歩いて帰ってきたり、その歩いた道が現在漱石ロードとかいう名前になってたりしている(まじです)。だいぶ天然なとこあるよねこの人。

 岡山での夏目金之助くんについてはこの本が詳しい。あと本文中のほとんどの写真に著者の方の愛犬?らしきワンちゃんが写ってるのが妙に面白い(じわじわくる)。

 まあともかく、このあたりがまさしく夏目金之助くんが夏休みに水害に遭った場所なんですが、そんな歌碑から振り向いて見える景色がこちら。

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 そら水害にも遭うよなぁ……。文章で読むよりもわかりやすく実感させてくれる現地の強み…まあ現代ではかなり治水に治水を重ねていることも、歩いていてよくわかるのですが。当時はそら大変だったろう…。

 漱石の岡山水害体験、初めて子規宛の書簡で読んだ時はそこまで深く考えずに読み飛ばしていたものの、西日本豪雨や関東の台風被害を繰り返しテレビで見た後では、その文章から伝わるビジュアルの鮮やかさと理解度が段違いでなるほどなあ…となったり。吉備路文学館で読んだ現代語訳でさらにそれが身近に思えたりと、なかなか繰り返し読むことで味わいが変わってきた。

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 要素としては岡山逗留と関係のない碑でも、ここにあることに意義があるんだよなあ…などとしみじみ味わいつつ、へろへろになってひとりツアーを終えたのであった。一日トータルで18,000歩を記録した。

 帰宅してからは、百閒のふるさと懐古エピソードをまとめたこの本をひさびさに味わっている。読むほどに、百閒の愛した岡山は、百閒の在世中には既に百閒の中にしか無くなってたんだよなぁ…と繰り返し教えられるけれども、現地を見て歩いて感じた後ではまた読み味が違って嬉しい。江國滋の解説も良いです。