三上延「百鬼園事件帖」に心奪われて。
【2023/7/7追記】単行本化ありがとうございます!!!!!9/1発売、予約します!!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322207001160/
【追記ここまで】
皆さまこんにちは。内田百閒が好きな一介のオタクです。内田百閒オタクと言うにはまだ役者不足ですが、根っからのオタクが内田百閒を好んでいろいろ読んだり感想を書いたりしております。ねえみんな聞いて〜!百鬼園先生が主役の小説があるんですよ〜!!(大声)
内田百間榮造先生が主役の連作短編。
その名も「百鬼園事件帖」。舞台は昭和7年の東京・神楽坂。少し変わった大学教師、内田榮造先生と、ひょんなことから彼に関わることになった、語り手役の大学生「甘木君」が繰り広げる、奇妙で不穏な謎めく事件の数々……。探偵と助手の二人を軸として謎を解いていく、タイトル通りの「事件帖」です。
著者は三上延先生。『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズ等でお馴染みの作家さんですね。
内田百閒の小説世界のような、謎の数々。
助手であり語り手の甘木君は、内田先生と関わるようになってから、何故だか次々と奇妙なことに遭遇します。おそろしい夢を見せる「漱石先生の形見の背広」、まるで猫になってしまったかのような若い娘、死んだはずの者の姿をしたドッペルゲンガー……。
百閒作品でお馴染みのキーワードやアイテムが散りばめられた世界はどことなく不穏に広がり、まるで百閒小説の中に迷い込んでしまったような読み心地です。
もちろん、事件は探偵ポジションである百鬼園先生によって華麗に解決……というわけでもなく。いや百間先生の活躍によって一つの答えが出されるわけですが、それでもどこか不穏が残るような、隅から隅まで光に晒すのではないラストが、むしろ独特の後味となっているのです。
ちなみに舞台が昭和7年のため、百「間」先生は第一創作集『冥途』を世に出したもののあまり売れず、大学でドイツ語教師をしながら地味な暮らしをしている、まだ随筆が大ヒットして有名作家になる前の「内田榮造先生」です。
このエアスポットのような時代設定が絶妙なんですよね。あと2年もすれば『百鬼園随筆』が爆売れして大人気作家になるものの、まだそんなことも知らず、細々と雑誌に短編小説などを載せている時期です。ほぼ無名作家ではあるが友人の芥川龍之介は死んでいるし、芥川の死にまつわる話である「山高帽子」も既に雑誌に発表している。ここがポイント。
最新作「竹杖」が現在配信中。
短編連作シリーズである「百鬼園事件帖」は第一話「背広」、第二話「猫」、第三話「竹杖(前後編)」が発表されていますが、残念ながら現在(2022年9月25日)購入して読めるのは、第三話「竹杖」前編・後編のみです。でも単発で読んでも大丈夫ですので!前回の事件については甘木君がざっと語ってくれますし、それぞれの内容は独立しているので、どの話から読んでも問題ありません。
後述しますが、初出がすべて電子配信のみの雑誌掲載のため、配信期間が終わってしまうと、新規に買うことが出来ないんですよね……(一度買ったものはずっと読めます)。でも最新話「竹杖」は、前編・後編ともに購入できます!むしろ後編は本日(9/25)配信されたばかり!
三上延「百鬼園事件帖」「竹杖(前編)」は電子雑誌「小説野性時代」第225号/2022年8月号にて、「竹杖(後編)」は同誌第227号/2022年10月号に掲載されています。それぞれ400円にも満たないお値段!もちろん他の作品も読める!お得!!
上記リンク先は公式サイトの各号紹介ページ、KADOKAWAですので bookwalkerでの購入ページへのリンクが置かれていますが、実際には他の電子書籍配信サイトでも購入できます。みなさま普段お使いのサイトからどうぞ(私はKindleで買いました)。
「竹杖」があまりにも最高で。
何を隠そう、この現在配信されている「竹杖」があまりにも最高オブ最高(個人の感想です)だったため、抑えきれないパッションのままにこのnoteを綴っているのです。
これまでの話でも、「漱石先生の背広」や「猫」など、それぞれ百閒作品から取ったモチーフが重要な種として扱われてきましたが、「竹杖」の主軸は「ドッペルゲンガー」。そして若くして自死した友人・芥川龍之介です。
さらには「漱石先生の形見の蓄音機(サラサーテの盤の構想元になったとも/実は漱石没後の購入品だったが、百閒先生がそれを知るのはまだまだずっと後年のこと…)」や、みんなだいすき「長春香」の長野初なども重要な位置に置かれ、もう、あっこれも!これも出てくるのか!と内田百閒好きにはたまらない世界が広がっている上にお話が面白い。360度読んでいて楽しい。
まず「竹杖(前編)」が、前編と付いているものの、これ一本で不条理な幻想怪奇短編として完成されている。むしろこの謎が解けない(前編ですからね)、何もわからず恐ろしいまま終わってくれてもいい……!と真剣に思ったくらいに好きな話です。
しかし!「竹杖(後編)」はそんな一読者の勝手な希望をはるかに超えた力強さでぐいぐいと読む手を引き、こ、これどうなるの!?えっどうなるの!??と最後まで飽きずに読ませられました。
特に芥川龍之介との関係が……。
私は十数年前に内田百閒『私の「漱石」と「龍之介」』を手に取って、まとめられた芥川との回想を読んだ時からずっと、ずーーーーーっと地道に「この二人は……なんなんだろう……」という呆然とした感情を抱えていたのですが、「竹杖」後編にはそんな内田百閒と芥川龍之介のやり取りが……三上延先生の解釈で描かれていて……。もちろん私の考えてきた解釈と100%一致するわけではないんですが、かなり、とても「アーーーーーーーーー!!!!!」と叫びたくなるほど、ありがとうございますありがとうございますと拝みたくなるほど最高で……だめだ語彙が溶ける。
詳しく語るとネタバレになるので端的に言うと、
・芥川と百閒の違い、芥川が行けない百閒の世界。
・百閒作品でははぐらかされる、百閒先生の「弱み」の露出。
この二点が本当に素晴らしく最高で大大大感謝でした……。
それぞれの作風や生き方を考えていても、芥川と百閒の間には互いに超えられない壁のような一線があって、それがある意味であのとき生死を分けたのかもしれないし、その「違い」を知っていたからこそ、芥川は百閒を評価したのかもしれない……そんなことを、小説「山高帽子」や芥川について書かれた百閒の随筆を読んでぼんやり考えていた私にとって、「竹杖」後編で明かされた設定(というのもあれですが……)は、「なるほど!!!」と「そう来たか!!!」の両方の感情に包まれました。
フィクションだからこそ出来る可能性と、それにより描き出される「ノンフィクション」の抽象化が素晴らしい。
また、百閒先生は特に随筆中では格好をつけるタイプですから、あんまり心の奥までそのまま書いてしまう感じではないんですよね。肝心なところではぐらかしたり、ぱさっと切って空白地帯にしたりする。むしろ小説の方が滲み出てる気がする感じ。
しかしこれは甘木君の目を通した小説なので、百間先生の、事態に直面した際の弱みの露出だとか、感情が顕れてしまっている表情や所作がそのままに描かれる。
普段、随筆等で百閒先生のスタイリストな立ち位置を読みながらも、その奥にある百閒先生本人の感情や表出するものを空白に想像していた人間として、生々しくもしっかりと描かれてしまったその部分に「アーーーーーッッッ」「ウワーーーーーッッッ」と夜中に絶叫ツイートを連発することになるのです。なった。その節は騒がしくしてすみませんフォロワーさんたち。
そんな「百鬼園事件帖」を読んでほしい。
というわけで、もう本当に……少しでも興味を持った方にはぜひ、読んでいただきたい。もちろん電子書籍のみというのは独特のハードルがありますし、「紙の単行本で出たら読もう〜」となるかもしれませんがしかし!単行本化は決定されていないので!!(公表されてないだけで裏では進行中なのかもしれませんが)
あと電子配信のみの雑誌って配信終了したらマジのマジで読む手立てがなくなるので!!!!!!!!
なんでこんな大声になっているのかというと、何を隠そう私も「百鬼園事件帖」第一話の「背広」を、いまだに読めていないからです。KADOKAWAに問い合わせまでしたけど読む手立てがない。いやほんとに……。
「百鬼園事件帖」の第一話と第二話が掲載されたのは、「文芸カドカワ」という電子配信のみの雑誌でした。しかし現在は廃刊、おそらく配信から三年は各電子書籍サイトで購入できたようですが、それを過ぎた今、完全に、どこからも入手できなくなっています。
これが紙の雑誌であれば、地域の図書館にあるかもしれないし、古書流通で買えるかもしれない。最終手段として国立国会図書館のものを複写してもらうこともできる。しかし電子配信オンリーでは……。本当にお手上げです。
私は第二話「猫」は購入が間に合ったのですが、こちらの掲載号も既に配信終了となってしまいました。
第三話「竹杖」前編・後編は、これまでとは掲載誌が変わって「小説野性時代」(以前は紙でしたが現在は電子配信のみ)になっていて、こちらはまだ現役で続きそう……続いてくれ……頼む……という現状です。いや電子配信雑誌の内実なんてわからないので、続くはずとしか言えないのですが……。まあとにかく、もうしばらくは各電子書籍配信サイトで購入できると思うのですが、それも永遠ではないので……いつどうなるかわからないので……。
ですので!少しでも気になった方には、ぜひ購入しておいて欲しいのです!!読める時に読んでおかないと、今の時代、先がどうなるかなんてわからないぞ!!!
私はいまだに第一話「背広」が読みたくて歯ぎしりしてます。だって漱石先生の背広がキーアイテムですよ……!?
もちろん一番いいのは、全てまとまった単行本として発刊されることですよね!そしたら全話読める。
ただ、今のところ公式には単行本刊行の情報はありませんし、そもそも第一話が2017年、第二話が2019年、そして今回の第三話が2022年と二、三年に一度のペースで発表されているシリーズなので、もしかするとまた二、三年後に四話が来て、それで単行本に……などと考えると、気長に待つしかありません。私に出来るのは、こうしてnoteを書いたり、出版社にメールをして単行本の希望を伝えることだけ……。
一読者のオタクはただただ無力なのです。需要は伝える。
というわけで、書誌情報など。
三上延「百鬼園事件帖」
第一話「背広」(電子雑誌「文芸カドカワ」2017年10月号掲載)
第二話「猫」(電子雑誌「文芸カドカワ」2019年7月号掲載)
第三話「竹杖(前編)」(電子雑誌「小説 野性時代」第225号/2022年8月号掲載)
「竹杖(後編)」(電子雑誌「小説 野性時代」第227号/2022年10月号掲載)
※2022年9月25日現在、購入できるのは第三話掲載誌のみ。また今後状況は変わるかもしれません。【追記】2023年9月1日に単行本が刊行されます!!
あと読んでおくとより「竹杖」が楽しめる本。
(小説「山高帽子」については、作中でも丁寧に紹介されているので必須ではないかもしれませんが、一応……)
【追記】冒頭にも書きましたが、単行本発売おめでとうございます&ありがとうございます!!!
これまで読む手立てがなくなっていた第一話「背広」を始め、「猫」「竹杖」に加えて、書き下ろしの「春の日」というお話も収録されるそうで……今からとても楽しみです。
楽しみすぎて、予約開始即カドカワストアで予約しました。リアル書店で予約したりもしたいんですが、なんせ本が発売日の3日後にならないと店頭に並ばない地方なのでね……。
この追記を書いている時点では、まだネット予約はカドカワストアでしか始まっていませんが、他の販売サービスでも随時開始されるはずです。