自己王手王取無効のルール説明と例題
自己王手王取無効というルールを考えた経緯やルールの意味を先に説明し、整理したルールは最後に記載しています。
動機付け
安南などの能力変化系のフェアリールールでは、二歩王取有効/無効 という概念があります。これは 利き二歩有効/無効 とも呼ばれます。
安南とは、味方の駒が縦に並んでいるとき、上の駒の利きが下の駒の利きになるというフェアリールールです。
例えば下図は先手が28歩と打った局面。28歩の真下に自分の銀がいるので28歩は銀の性能になっています。28歩は銀の利きで動けるので玉を取れそうですが、玉を取った後の局面は1筋に二歩が生じます。
二歩は禁手。だから28歩は玉を取れない。このように考える立場が二歩王取無効(利き二歩無効)です。二歩王取無効では、28歩は王手ではありません。
一方、玉を取る手では二歩よりも玉を取ったことを優先する。つまり、28歩は王手であり、28歩は玉を取れると考える立場が二歩王取有効(利き二歩有効)です。
どちらが正しいというわけではありません。どちらかに決めておかないと困る局面があるということです。
二歩王取有効/無効は、玉を取る手が二歩になるとき、玉を取ったことと二歩のどちらを優先するのかという概念です。普通の詰将棋では歩が別の筋に動くことがないので、二歩王取有効/無効を考える必要はありませんでした。
少し拡張して、「玉を取る手が何らかの禁手にあたる」場面は将棋や普通詰将棋でも現れます。下図は普通詰将棋の1手詰です。
初形で自玉に王手が掛かっていますが、22銀 と打てば詰みとなります。
でもちょっと待ってください。上図で22銀が玉を取れば、自玉が12飛の王手にさらされてしまいます。
この状況は利き二歩有効/無効と似ていますね。
将棋や通常の詰将棋では、疑いなく22銀は王手です。
つまり、将棋や通常の詰将棋では、玉を取る手が自玉を王手にさらすときは玉を取ったことを優先すると暗に決まっているということです。
自玉を王手にさらす着手のことを自己王手と呼ぶことにすれば、将棋や通常の詰将棋では自己王手王取有効という立場を採用していると捉えることができます。そのように考えれば、自然に自己王手王取無効というルールが生まれます:
例題とルールの確認
細かいルールを列挙する前に、いくつかの例題を通して自己王手王取無効の基本的なルールを確認します。
例1
21金 迄1手
自己王手王取無効というルールを追加した詰将棋です。
普通の詰将棋なら21金だけでなく22金と打っても詰みですが、このルールでは22金には13角の受けがあります(参考図)。
参考図で玉を取る11金は、自己王手の禁手で指せません。玉を取れないわけですから、確かに13角で王手を解除できています。
ちなみに、参考図では32王という王手ができます。自玉を13角のラインから外し、22金で玉を取れるようになっているので32王は王手です。しかし、22角と金を取られて後続の手段がありません。
注意すべき点として、21金に対して34飛の受けは成立しません(下図)。
34飛に対して11金と玉を取る手は王手放置にあたります。自己王手王取無効では、玉を取る手が王手放置になる場合、将棋や通常の詰将棋と同様に玉を取れると定めることにします。つまり34飛とは指せません。
ややこしいのですが、王手放置と自己王手を厳密に区別して考えます。玉を取る手があくまでも自己王手の場合に限ってルールを改変しています。その理由は、参考図の34飛のような受けを許すと玉を詰ます手段が限定され、発展性が損なわれると考えているからです。
王手放置と自己王手の定義は、大雑把には下記の通りとします。
しかし、上の定義と自己王手王取無効の定義をそのまま組み合わせると、「自己王手」を使って「王手」を定義し、一方では「自己王手」を使って「王手」を定義していることになります。つまり、循環定義となっておりうまく定義できていません。実際、現状の定義ではある着手が合法手か禁手か決まらない場合があります。
図1は攻方が22金と打った局面です。
受方は図2のように同玉と取れるでしょうか?
図2の同玉は自己王手である可能性があります。同玉が自己王手かどうかは、同玉と指した後に玉が取られるかどうかで決まります。22玉を取れそうな駒は31王のみです。よって、以下の同値が成り立ちます。
$$
22同玉は自己王手
\iff 31王は22玉を取れる
$$
31王が22玉を取る手が自己王手なら、31王は22玉を取れません。自己王手でなければ、31王は22玉を取れます。
31王が22玉を取った後の局面では、12飛によって王手が掛かります。よって、図2で31王に王手が掛かっていれば王手放置で、王手が掛かっていなければ自己王手です。玉を取る手が王手放置の場合は玉を取れると定義していました。したがって以下の同値が成り立ちます。
$$
\begin{align*}
& 22同玉は自己王手 \\
\iff & 31王は22玉を取れる \\
\iff & 31王が22玉を取る手は自己王手ではない \\
\iff & 図2で31王に王手が掛かっている \\
\end{align*}
$$
図2で31王に王手が掛かっているかどうかは、22玉が31王を取れるかどうかということですが、31王を取った局面では32歩により王手が掛かっています。よって、22玉が31王を取る前の局面、つまり図2で22玉に王手が掛かっているかが問題になります。22玉に王手を掛けうるのは31王のみなので、まとめると以下の同値が成り立ちます。
$$
\begin{align*}
& 22同玉は自己王手 \\
\iff & 31王は22玉を取れる \\
\iff & 31王が22玉を取る手は自己王手ではない \\
\iff & 図2で31王に王手が掛かっている \\
\iff & 22玉が31王を取れる \\
\iff & 22玉が31王を取る手は自己王手ではない \\
\iff & 図2の局面で22玉に王手が掛かっている \\
\iff & 31王は22玉を取れる
\end{align*}
$$
上記のように、22同玉の着手から31王や32歩の情報を使って考えましたが、「31王は22玉を取れる」に戻ってきてしまい、具体的に22同玉が自己王手なのかどうかは分かりませんでした。
この不都合を避けるために、お互いの玉を隣接させるような着手はできないというルールを追加しようと思います。
玉が通常の動きではなくなるルールと組み合わせる場合を考慮すれば、最後の文は「ただし、自玉を相手の玉の利きに入れる着手は禁手とする。」とすべきです。一旦は簡単のため、隣接させてはいけないという文言で進めます。
なお、自己王手王取無効を多玉・複玉と組み合わせることも、現状は想定していません。つまり、玉を取る手は「自玉を相手の玉に隣接させる着手」になり得ません。
上記のように定義すれば、図1で同玉は玉を隣接させる禁手となります。
玉を隣接させてはいけないというのは少し恣意的な定義だと思いますので、もしもっと良い案があればお知らせください。
ルールの話はこれくらいにして別の例題を見ていきます。
例2
38角、39飛、26金、17角、24王 迄5手
初手38角に15玉は25金、17玉は27金と打って早く詰みます。最善は38角をピンして動けなくする39飛です。3手目26金に17玉は27金と引いて詰みとなります。26金には17角という受けがあります。現状、38角と26金がピンされていて動けません(参考図)。
35王がオレンジのラインから外れれば、38角が動けるようになるので38角で王手が掛かります。35王が青のラインから外れれば、26金で王手が掛かります。よって、どちらのラインからも外れる24王は、38角と26金をアンピンして両王手になります。両方の王手を外す手段はなく、これで詰みとなります。
なお、38角と26金を指す順序は限定されています。初手26金の場合、17角、38角に15玉と逃げられて詰みません(左下図)。また、初手34角は33龍、26金、17角と進んだときに、34角と26金の両方をアンピンする王の動き方がなく詰みません(右下図)。
ここで、また少しややこしいルール上の問題を考えます。
図3は攻方が22金とした局面です。これに対して13角という受け(図4)は成立するでしょうか?
現時点では、王手放置と自己王手は、着手前後の局面で自玉に王手が掛かっているかどうかで下記のように定義しています。
11玉を取る前の局面では39飛で自玉に王手が掛かっていてます。玉を取った後の局面では39飛と13角の2枚で自玉に王手が掛かっています。したがって、上記の定義によれば11玉を取る手は王手放置です。
一方、自己王手王取無効のルールでは以下のように決めています:
玉を取る手が王手放置→玉を取れる
玉を取る手が自己王手→玉を取れない
図4で11玉を取る手は王手放置なので、実際に玉を取ることができます。つまり、22金に対して13角という受けは成立しません。
しかし、もし36飛がいなければ、11玉を取る手は王手放置ではなく自己王手になるため13角で王手を解除できます。36飛がいるせいで13角が指せなくなっており、これは直観に反する奇妙な現象です。
問題は王手放置と自己王手の定義にあります。「自玉に王手が掛かっている/掛かっていない」の二値で判断していましたが、これでは不十分でした。新たな王手駒の王手に自玉をさらす着手を自己王手と定義しなおします。そうすれば、図4で11玉を取る手は自玉を新たに13角の王手にさらしているので自己王手となります。36飛の有無にかかわらず13角の受けが成立するようになりました。
改めて、自己王手と王手放置を以下のように定義します:
これは直観通りの定義ですね。
修正前の定義では、自己王手と王手放置は排反な概念でした。しかし、修正後の定義では、自己王手かつ王手放置であるような着手も起こり得ます。実際、図4で玉を取る手は自己王手であり、王手放置でもあります(下図)。
いずれにせよ、玉を取る手が自己王手であれば玉を取れないので、図4で玉は取れません。
ちなみに、王手放置・自己王手の定義を変更しましたが、図1・2で考えた問題に影響はありません。両王手が掛からない局面では、王手放置・自己王手の定義は変更前後で同値だからです。
次は最後の例題です。
例3
36金、14角、同と、25角、46玉、36角、35角、25玉、24と 迄9手
初手36金と打てば、受方は角を打って金をピンするしかありません。25角では同とで詰むので、14角と離して打ちます。同とに25角と打ちます。ここで46王が大事な一手です(左下図)。36角と金を取るしかないですが、もらった角を使って詰みとなります。なお、46王のところで35角(右下図)は同玉が可能なのでご注意ください。
ちなみに、4手目に53角と離して打つ手(左下図)には、44歩、同角成、43香(右下図)のような受けがあって詰みません。
右上図で、金に紐を付けつつ王を動かして両王手することができればいいのですが、そのような手段はありません。
なお、4手目53角に35銀(左下図)のように受けるのは、46王(右下図)が可能で詰んでしまいます。
右上の図で35銀が王を取ると、受方玉が新たに53角の王手にさらされます。つまり、王を取る手が自己王手なので、35銀は46王を取れません。したがって、攻方は46王と指すことができます。
右上図では36角と応じるしかありませんが、35角成で詰みとなります。
自己王手王取無効の定義
最後に「自己王手王取無効」のルールを整理しておきます。実用のための簡易的な説明と厳密な定義に分けています。
簡易的なルール説明
自己王手:新たな王手駒の王手に自玉をさらす着手のこと。セルフチェックや自殺手ともいう。
王手放置:現在掛かっている王手をすべては解除しない着手のこと。
厳密な定義
通常の王手: Xと着手した後の局面で、もし相手がパスをしたら相手の玉を取ることができるとき(※)、Xを王手という。ただし※で仮想的に考える着手では、下記を除いていかなる禁手が生じてもよい。
・駒の性能に反する動き方
・他のフェアリールールによって定められた、王取無効の着手
通常の自己王手:新たな王手駒の王手に自玉をさらす着手のこと。ただし、ここでいう王手は「通常の王手」である。
通常の王手放置:現在掛かっている王手をすべては解除しない着手のこと。ただし、ここでいう王手は「通常の王手」である。
自己王手王取無効とは、王手の定義を以下のように変更し、さらに自玉を相手の玉に隣接させる着手は禁手とするルールである:
(自己王手王取無効の)王手:Xと着手した後の局面で、もし相手がパスをしたら相手の玉を取ることができるとき(※)、Xを王手という。ただし※で仮想的に考える着手では、下記を除いていかなる禁手が生じてもよい。
・駒の性能に反する動き方
・他のフェアリールールによって定められた、王取無効の着手
・通常の自己王手
上記の王手の定義を使って自己王手王取無効の自己王手、王手放置を定義する。
(自己王手王取無効の)自己王手:新たな王手駒の王手に自玉をさらす着手のこと。ただし、ここでいう王手は「自己王手王取無効の王手」である。
(自己王手王取無効の)王手放置:現在掛かっている王手をすべては解除しない着手のこと。ただし、ここでいう王手は「自己王手王取無効の王手」である。
上記では、通常の自己王手を使って自己王手王取無効の王手を定義しています。このように定義することで、自己王手王取無効での「王手⇔自己王手」や「王手⇔王手放置」の循環定義を避けています。
そもそも通常の自己王手を使って自己王手王取無効の王手を定義できるかという点が気になるかもしれません。しかし、玉を取るという仮想的な着手でのみ通常の自己王手の定義を使っているので問題ありません。
例えば、攻方が受方玉を取ることを考えます。下図の11銀成が一例です。
受方玉を取れるかどうか知るためには、受方玉を取る着手が自己王手であるか、つまり受方玉を取ったら攻方玉が取られるかを判定する必要があります。しかしながら、受方玉が取られた局面では受方駒がピンされていることはないので、受方は自玉を王手にさらす心配がありません。
つまり、上図で11銀成とできるかどうかは12飛が32王を取れるかどうかにかかっていますが、12飛を動かして受方玉を王手にさらすことはないので、通常ルールと同様に判断できます。利きに王があれば取れるし、そうでなければ取れないというだけです。
相手の玉を取る手に限れば、「通常の自己王手」と「自己王手王取無効の自己王手」が同値になっているわけです。
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