見出し画像

鳥の巣

鳥の巣ができていることに気づいたのは、ゴールデンウイーク前後だったと思う。
我が家があるのは大阪の通勤圏にある戸建ての住宅街で、ちょっぴり(だいぶ)高齢化が進んでいるまちだ。
住む人を失った空き家がちらほら現れたかと思うと、立て壊され、2棟のコンパクトな家が建ち、若い世帯が入る、といった世代交代が行われる一方で、リタイアした60~70のアクティブシニアが、できる範囲で自分の家をメンテナンスしている。そして、そうした誰々さんちが空き家になったようだ、そろそろ建ったあの家は新しい家族が入ったようだ、という情報も、なんとなく散歩の立ち話で住民たちに共有されていく。といった環境である。
そんな境界線のあいまいさは、きくと一瞬身を固くしてしまいそうだが、遠方の親戚のメンテナンスが及ばないお隣さん宅の、ちょっと庭木が出ていたらついでに切ってあげたり、主不在の家をどうするか決まるまで、何となく気にかける代わりに駐車スペースを借りるといった持ちつ持たれつな関係が残っている地域なのだろう。
ゴミ出しルールの徹底ぶり、各ブロックのカラス対策の創意工夫ぶりなど、自分が世帯の顔となってこのコミュニティで生活するなら、このレベルを求められるのかとなかなか緊張感ではあるが、生まれてからそんな雰囲気、そんな会話を聞きながら今日まで至るので、みんなマメで穏やかだと思う。

それで、巣の話だ。
約50年前に二世代同居を想定されてたてられた我が家には、階段を上がったところに小さな窓があり、横に続く廊下に流し台とトイレ(和式!)洗面台があり、ベランダへと続く。
日曜の朝、階段を下りる際、その窓の当りからチューチューとピーピーの間のような音が聞こえるのだ。あれ、いつから聞こえてたっけ?
過去にイタチが屋根裏や屋根からの排水管を駆け回る音がしたり、おネズミさんを台所で目撃したりしたことがよぎる。かれらには保存庫の小麦や砂糖、父の趣味のらんちゅうが被害にあっていた。この音はよもや・・、でどころは・・と寝ぼけた頭でその場でたたずんで眼だけきょろきょろ約5秒、巣があるのか?!

結局、音(声)の出どころは特定できないまま、ザワザワした気持ちで父、母に知らせると、日々在宅のハズが、気づいていなかったという。
該当の窓は、お隣さんとの隙間に面しているため、庭の方から狭い隙間から壁を見上げると、2階の流し台に取り付けられた換気口の出っ張り下部にどうやら巣らしきものが見える。そういえば、裏の家のアンテナに黒い鳥が留まってこちらを見ているではないか。
つばめよりは大きく、ヒヨドリよりは一回り程小さい黒い鳥だ。
一応、お隣さんにも巣があることを報告し、換気扇を家の中からガムテープでふさぐことになった。

ネズミの繁殖力のすごさを職場の人からリアルに聞いていた私にとって、最悪の事態は免れた。たぶん。
ただ、以前車庫に作られていたつばめの巣にならえば、フンや小さな羽のロウなどが風に乗って家の中に入ってきているかもしれない。気のせいか廊下がざらりとしているような、そこから直近の私の部屋も、なんだか埃っぽいような気もしてきた。(一週間モップをしていないから、の可能性も濃厚)
ともかく、何か小さいものがうごめいているようなあの音たちは、雛たちが餌を求めて鳴いている声だったわけだが、それはだんだん力強くなり、次の週には、1階にいても聞こえるようになってきた。
そして、庭に出た犬に対し、親鳥は壁近くのフェンス迄降りてきて「ピーー」「ピーー」と鋭く警戒音を発するようになっていた。
「犬1匹、庭に確認、注意!」緊張感のある鳴き声だ。

育ってきたのかな、順調なのかな、と姿は見えずともその存在を感じていたのだが、そのさらに次の週末、ぴたりとその声は止んでいた。親鳥らしき黒い鳥はアンテナに見える。
もしかして巣立ったのかもしれないね、全員無事に巣立ったのならいいねと話していたが、翌日、仕事から帰ってくると、巣は撤去されていた。急展開だ。
その日は母が不在で、普段とは違う役回りを私と父はする必要があったため、家事でまだ残っていることを尋ねると、父が今日は巣の撤去で忙しかったから家事は進んでいないと話してきた。「え。巣を撤去しちゃったの?」ここで巣がもうないことを知る。
聞けば、なかなかの大仕事だったそうで、お隣さんの方に巣のゴミが落ちないように、家の廊下側の換気扇から巣を引っ張りだす作戦にしたのだが、使わなくなったキッチン用品やクッションなどの物置スペースとなっている流し台や廊下は平たんではなく、それらをビニールで覆い、固定するのに苦労したそうだ。
養生作業に格闘の末、撤去された巣を見せてもらった。コケやシダ類で作られており、緑色のフワフワした塊だった。(これも我が家の玄関あたりで見覚えのあるシダ類)
フンや、そのほかもなく、ほんとにキレイで、あらためて無事に全員巣立っていったことが確認された。

親鳥の判断なのか、自分たちでスパッと巣立ちの日を迎え、やわらかい清潔な巣だけを残し去っていった住人たちは、すがすがしい。そして同じく時期を知ってスパッと巣を撤去した父も。廊下の養生をはがした後、掃除機も何もしていなかったということは聞かなかったことにした。
このつかの間の隣人にも、ここのご近所さんたちは同じような距離感で付き合っているのかもしれない。

次の晴れの日は布団を干そうと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?