あなたの「守破離」はどこから?【利休道歌】【風姿花伝】【不白筆記】【甲陽軍鑑】

 津磨康成と申します。
 普段は社会人をしている25歳です。
 今回は「守破離」の由来について文献調査をしてきました。
 あなたが守破離の由来について調べるとき、少しでも楽になったらうれしいです。


「守破離」という言葉がある。
 武道や芸道の修行の段階を表した言葉だ。
 まず師匠から教わった型を忠実に守り、その後に他の流派などの良いところを取り入れて自分に合った型を模索して試すことで破り、最後に型から離れて独自の新しい型を開発する。
 おそらく武道の経験者なら一度は耳にしたことがあるはずだ。

 一方で、その由来については非常に混乱している。
「千利休が提唱した」「世阿弥がまとめた風姿花伝に出てくる」「江戸時代の茶人が書いたブログに出てくる」「甲陽軍鑑に記された兵法用語」などなど。私が軽く調べただけでも出典が錯綜していた。
 それらの記事にはどれも参考文献がなかった。文献調査してどれが正しそうか調べてみよう、というのが今回だ。

利休道歌

 茶の湯といえば千利休。本名は田中。

 その利休の訓を和歌としてまとめたものを「利休道歌」や「利休百首」というらしい。また、すべて利休自身の作というわけではなく、後世にまとめられたものも多い、らしい。
 歴史的経緯や信憑性についてはわからないので、ここでは取り扱わない。
 この利休道歌のうち、守破離に関係するのは次の歌だ。

規矩作法守りつくして破るとも 離るるとても本を忘るな

利休道歌

 ちゃんと守破離の3文字が入っているし、意味も近そうだ。
 利休本人が詠んだ歌かは別として彼の教えが守破離に近かったのは間違いなさそうだ。

風姿花伝

 能楽を大成した世阿弥が書いた理論書「風姿花伝」。
 その中に守破離がどうやら登場する。そんな記事がいくつかあった。

 これは違う。今回取り扱った説の中で唯一明確に棄却できた。
 しかも一撃だった。
 めっちゃいい本があったからだ。
 中村格さんが編集を担当された「世阿弥伝書用語索引」だ。
 この本、すごい。
 風姿花伝を含む世阿弥の著作23作を底本とし、登場する用語を辞書のようにあいうえお順に索引としてまとめてくれているのだ。
 この本で「シュ」を引いても、守破離は見当たらなかった。
 したがって、世阿弥は風姿花伝に限らず、著作23作の中では言ってなさそうだ。
 田中成幸さんがnoteでおっしゃった序破急と混ざっちゃった説が有力だと思う。

不白筆記

 川上不白という江戸時代の茶人が茶の湯の教えをまとめた書物だそうだ。1760年頃の著作らしい。茶人再び。本記事は、めっちゃ抹茶で茶道茶道でお送りしております。
 こちらは風姿花伝とは対照的に明確な記述が確認できた。

守破離と申三字ハ、軍法ノ習ニ在リ。守はマモル、破はヤブル、離ハはなるゝと申候

谷晃(編):不白筆記 付・孤峯川上不白道具帳写, 139p

 しかし、この記述によれば川上不白が提唱したわけではなく、もともとは軍法(兵法)の教えのようだ。
 となると、それが書かれているのが兵法書である甲陽軍鑑なのだろうか。
 図書館へ再び向かった。

甲陽軍鑑

 甲陽軍鑑は、武田信玄などの戦略などをまとめた軍法書だ。酒井によれば、高坂弾正信昌、春日惣次郎、大蔵彦十郎の合作らしい。
 中学時代、思想が右に振れたときに気になって読もうとしたけど、結局手が出なかった覚えがある。まさか今になって読むことになるとは思わなかった(だれでもそんな時代があると思う。今はたぶんまともになったので安心してほしい)。

 さて、この甲陽軍鑑の文献調査、めっちゃ苦労した。
 誰もどこに守破離の記述があるか出典を書いていない。つまり全部読む必要があるのだ。
 いや、たしかに不白筆記も全文読んだ。でも、あれはせいぜい256ページほど。そんなに大変じゃない。
 さて、この甲陽軍鑑の調査にあたっては現代語訳されたものを4冊通読した。計1,197ページ
 途中、(私は何をしているのだろう)と何度も我に返りそうになった。
 そして、私の休日を費やして得られたその結論は……

たぶん書いてないっぽい」。

 うん。誰も出典を書いていない時点で嫌な予感はしていた。でもそれは不白筆記も一緒だったから期待があった。でも、なかった。
「たぶん」というのは、読み落とした可能性がどうやっても排除できないからだ。
 参考に今回の調査範囲と方法を書いておく。

調査範囲・方法

 今回、甲陽軍鑑における守破離の出典に関する文献調査で使用した書籍は次の8冊だ。
・佐藤正英・訳:甲陽軍鑑, ちくま文芸文庫.
・腰原哲朗・訳:甲陽軍鑑 上・中・下巻, 教育者新書, 1979.
・酒井憲二・解説:甲陽軍鑑 1~4巻, 勉誠社, 1979.
 現代語訳されている前者と中者は通読し、前田育徳会尊経閣文庫蔵のものの複製である後者は解説などを参照した。

 でも、現代語訳には「守破離」らしき記述は出てこなかったし、いずれの文献の解説やはじめに、あとがきでも守破離については触れられていなかった。
 したがって、「たぶん書いてないっぽい」との結論になった。
 もちろん読み落とした可能性は排除できない。もしご存じの方がいらっしゃったらコメントくださるとうれしいです。

余談 もしかして守破離は中世武術とは相性悪い?

 田井さんという方が論文の中で

流派武芸においても「守・破・離」という語に集約されているように、「型」から自由になる境地が認められるのであるが、ここで問題としたいのは、中世武術が「型」という形式的・客観的技法に沿った修行過程を持っていたかどうかという点である。

田井健太郎:兵法書にみられる中世武術の特性 2010.

との問いを立て、

こうした実戦経験は、修行による「型」を通しての技法習得とは全く異質のものである。こうした実戦重視の傾向もまた、修行による技量ではいかんともしがたい刃の下での対応力や生存能力といった経験値に起因している。

田井健太郎:兵法書にみられる中世武術の特性, 2010.

と結論付けていたので、守破離は甲陽軍鑑をはじめとする甲州流兵法にはなじまない考え方なのかもしれないなあと感じた。
 流派武芸が成立した江戸時代頃の兵法書をあたるのが守破離の手がかりを得られる可能性が高いかもしれない。

おわりに

 今回の調査の結果をまとめると以下のようになる。

  • 利休道歌  言ってるけど、千利休の作かはわからない

  • 風姿花伝  言ってない。

  • 不白筆記  言ってた。でももっと古い兵法書に載ってそう。

  • 甲陽軍鑑  たぶん言ってない。でも見落としあるかも?

 したがって、
「守破離を提唱したのは不白筆記より前の兵法書。しかし、それはおそらく甲陽軍鑑ではない。」が今回の結論になると思う。

「葉隠」(1716年頃)や「五輪書」(1643~1645年)をあたれば手がかりがつかめるかもしれない。不白筆記の成立年(1760年)とも矛盾しないし、田井さんの論考を踏まえても可能性が高そうだ。

……今回はこのあたりで筆をおかせていただいても?

参考文献

  • コトバンク:守破離 (シュハリ) とは? 意味や使い方 - コトバンク, https://kotobank.jp/word/%E5%AE%88%E7%A0%B4%E9%9B%A2-689006#goog_rewarded (2024.01.28.参照).

  • ウィキペディア:守破離 - Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%88%E7%A0%B4%E9%9B%A2 (2024.01.28.参照).

  • 細尾真孝:千利休が提唱した「守破離」とは何か?| 日本の美意識で世界初に挑む | ダイヤモンド・オンライン, https://diamond.jp/articles/-/302907 (2024.01.28.参照).

  • アイシンク株式会社:第19回:「守破離」の世界 - プロジェクトマネジメントの研修・講座・コンサルティングならアイシンク株式会社, https://www.i-think.co.jp/archives/15566/ (2024.01.28.参照).

  • 田中成幸:守破離の提唱者は世阿弥でも利休でもないよ、という話, https://note.com/mass3behappy/n/n8e3d417c4942 (2024.01.28.参照)

  • 廣崎清司:守・破・離 10年のテーマ | 株式会社宮崎エンジニアリング, http://www.miya-eng.co.jp/musota/091227/ (2024.01.28.参照).

  • 裏千家:お茶の心ってなんだろう | 裏千家ホームページ 茶の湯に出会う、日本に出会う, https://www.urasenke.or.jp/textb/shiru/beginer/kokoro.html (2024.01.28参照).

  • 静友堂株式会社:利休百首(読み・意味・現代語訳・解説) アプリ:【茶道具・古美術】静友堂:茶道道具店, https://www.bansui.jp/diary-detail/134 (2024.01.24.参照).

  • 東京工業大学:利休道歌 - 東京工業大学, https://www.math.titech.ac.jp/~taguchi/nihongo/horai/doka.html (2024.01.28.参照).

  • エグスプロージョン チャンネル:『千利休』踊る授業シリーズ【2022ver.踊ってみたんすけれども】, Youtube, 2022, https://www.youtube.com/watch?v=Oi7ie-vlL8E (2024.01.28.参照).

  • 中村格(編):世阿弥伝書用語索引, 笠間書院, 1985.

  • 江戸千家:不白を偲ぶ, http://edosenke.jp/binran/200nen/97shinobu.html (2024.01.28.参照).

  • 谷晃(編):不白筆記 付・孤峯川上不白道具帳写, 中央公論新社, 139, 2019.

  • 酒井憲二・解説:甲陽軍鑑4 古典資料類従23, 勉誠社, 2332p, 1979.

  • 高坂昌信(佐藤正英・訳):甲陽軍鑑, ちくま文芸文庫, 2006

  • 腰原哲朗・訳:甲陽軍鑑 上  原本現代訳4, 教育者新書, 1979.

  • 腰原哲朗・訳:甲陽軍鑑 中  原本現代訳5, 教育者新書, 1979.

  • 腰原哲朗・訳:甲陽軍鑑 下  原本現代訳6, 教育者新書, 1979.

  • 酒井憲二・解説:甲陽軍鑑1 古典資料類従20, 勉誠社, 1979.

  • 酒井憲二・解説:甲陽軍鑑2 古典資料類従21, 勉誠社, 1979.

  • 酒井憲二・解説:甲陽軍鑑3 古典資料類従22, 勉誠社, 1979.

  • 酒井憲二・解説:甲陽軍鑑4 古典資料類従23, 勉誠社, 1979.

  • 田井健太郎:兵法書にみられる中世武術の特性 ―甲州流兵法書「兵法秘傳書」「甲陽軍鑑」をもとに―, 身体運動文化研究, 16, 9-23, 2010.

  • ウィキペディア:葉隠 - Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E9%9A%A0 (2024.01.28.参照).

  • ウィキペディア:五輪書 - Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E8%BC%AA%E6%9B%B8 (2024.01.28.参照).


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