「『私なんか』をやめてみないか?」の話
noteの人々は褒めるのが上手だ。
私は皆さんの手の上で転がされて良い気分になってる、つくねなのだ。
ふと思う事がある。
日本の人の謙遜って、悪くないけど……
人を褒める時に、自分を、もしくは他の何かを下げるのは……
さて。如何なものか
例えば漫画なら。
「〇〇先生の△△は嫌いだけど、□□は好き」
いやいや待たれい!
前半の……
それいるか?
私は絵心ない芸人(?)なので、絵やイラストを描いている人はそれだけで
「すごい!上手!センスある!」
と賛辞を送りたい。
「私なんか絵を描けないので……」
実際そうだし、付け加えたくなるのだけども。
自分を低くとらえる事による、はっとした瞬間の話をしよう。
うちのお義母さんの話だ。
結婚した当初から、私や息子をいつも褒めてくれるお義母さん。
ただ、自分を貶すというか……
自分を卑下してしまう傾向にあった。
ある日。
ご飯を食べている時。
お義母さんの食べている料理を息子が横から食べようとした。
すると、お義母さんは
「待って!おばあちゃんの食べかけは汚いから!お母さんのはキレイだから大丈夫だけど」
これには驚いた。
「いやいや!どういう理屈ですか!」
「私の食べかけを〇〇君が食べるのは……」
「それなら、私の食べてるのも汚いですよ」
「つくねさんのは汚くない」
「もう……マジでやめましょう。聞いてて悲しくなります……それなら誰の食べかけも汚いと言った方がマシです……」
というやり取りがあった。
その後も何回かそういう事があり、その都度伝えはしていたが、数十年で育まれた感覚はなかなか上書きもされないままであった。
そんなある日。
お義母さんと息子と私と三人で外食していた時の事だ。
息子が4、5歳くらいだったろうか……
息子の料理を取り分けている時。
「おばあちゃんの食べかけは汚いから、先に取り分けんとなあ」
と息子が言った。
私もお義母さんも、
(うぉっ!!)
となった。
私は真剣な顔をして、お義母さんに伝えた。
「……お義母さん。私も息子もそんな風に思ってなくても、お義母さんがそうやって言い続けるから、子供はそれを言ってしまいますよ……」
「うん……私もドキッとしたわ……」
お義母さんにもその危うさが伝わったようだ。
お義母さんは、心底息子と私を可愛がってくれているので、私と息子が悪く思われるのは嫌なハズだ……
(つくねは積極的に同情をかう作戦にでた)
「周りの人も『あの親子はおばあちゃんに酷い事を言ってるんじゃな』って思ってしまうかも……それは私も息子も悲しいです……」
「そうじゃな……」
お義母さんはしゅんとなっている。
(よし!ここでダメ押しのこのカード!!)
「私の母は亡くなったから……お義母さんは私のたった一人の生きてるお母さんなんですよ。
そのお母さんが、自分の事を低く言うのは……娘として……とても悲しい……」
私は軽く俯きながら、そう呟き、こっそりお義母さんを盗み見た。
お義母さんは……
めっちゃ、ウルウルしている!
(っしゃー!!)
あれ以来、お義母さんは、あまり自分の事を卑下しなくなった。
もちろん息子の、おばあちゃんの食べかけが汚いという感覚もなくなった。
あの時はほんまに焦ったからな。
(嫌ー!私、めっちゃ鬼嫁て思われるやん!)
ってな。
(えー!私、結構ええヤツじゃけども?)
ってな。
私は……
割に交渉事が得意で少しくらいのズルい手も使うのに躊躇はない(人を傷つけない範囲で)。
20年前。大阪の証券会社で営業をしていて、中小企業のおっちゃん(社長)相手にたいした知識もないまま、契約を取るのが生業であった。
旧姓に八(はち)がつくのだが、当時好きだった同期の男の子から
「八○の八は八百長の八か!」
と言われて、とても嬉しかったのを覚えている。
いやー、全く。
上手いこと言いやがって。
これはもう……
飲むしかあるまい。