燦々と夜更かし(前編)

 ばしゃん、と足元を濁った水が濡らした。
猛スピードで走る鉄塊が去り際にお見舞いしてきたその攻撃をすんでのところで躱し、オレは大袈裟に舌打ちをした。続けざまに何らかの罵声を浴びせてやりたくなったが、思いとどまる。真夜中に大声でがなり立てるような人間にはなりたくなかった。

 Tシャツに短パンで家を出たはいいものの、特に行くアテもない。惰性に身を任せて辺りをぶらついている間、様々な生物と遭遇した。歩きながらビデオ通話をする東南アジア系の男。酔って地べたにへたり込む化粧の濃い女と、その隣で下卑た笑みを浮かべる塩顔の男。ジャージ姿で電柱を殴打する眼鏡の女……。今日もこの街はひどく不健康な肌を露出している。

 歩く速度がやたら遅い二人組の女を追い抜いたところで、オレは足を止めた。目の前にはだだっ広いくせして遊具の乏しい公園。たった一本の電灯に照らされているのは、ベンチに座る一人の少女。

 何かを抱いたままじっと動かないその制服姿に言いようのない胸騒ぎを覚え、オレはゆっくりと近づく。スニーカーに泥がまとわりつき、不愉快な感触が伝わってくる。。残り数メートルまで来たところで向こうもこちらの気配を察し、顔を上げた。澄んだ瞳がこちらを捉える。

「どうかしたか?」

声をかけながら彼女の膝元に視線を落とすと、赤黒い肉塊があった。そこからぽた、ぽたと液体が垂れ、ベンチの下に水溜まりを形成している。

「……猫か?」

その声に反応して、彼女はこくんと頷いた。ポニーテールが小さく揺れる。

 オレは腰を落としてその物体を観察する。首から胴にかけて肉が裂けており、傷口からは紅い肉と白い骨が露出していた。おそらく即死だっただろう。目は優しく閉じられているが、これは彼女によるものだろうか。

「轢かれた、らしくて、道路の、脇に」

か細い声と嗚咽。

「首輪着けてないし、野良猫だろ。さっさと置いちまえよ」

血まみれの制服を見ながらそう言うと、彼女は信じられないといった目でこちらを睨んできた。そこまで怒ることかと困惑しながらも、オレは話を続ける。

「それ置いて早く帰れよ、不良少女ちゃん。オレが送ってやるから——」

差し伸べた右手がばちんと叩かれる。

「このまま何もしてあげないなんて可哀想じゃないですか!」

少女は目を潤ませながら、死骸を抱く腕にいっそう力を込めた。どうやらてこでも動く気はないらしい。

「……わかったよ。ちょっと待ってろ」

穴掘るやつ探してくる、と言い残し、近くのスーパーへ向かう。頭を下げて小さなスコップを借りて帰ってくると、彼女は大きな目をさらに見開き、ぽつりと呟いた。

「どうしてそこまで」

「オレにもわかんねぇよ」

吐き捨てるように言うと、何故か彼女はクスクスと笑いだした。

「お姉さんって、見かけによらず優しいんですね」

金髪で悪かったな、と返すと、彼女はまた笑った。




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