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創造の前には破壊があったとしても

 今日は好きな馬が大健闘したものの、どことなく空虚な雰囲気に溺れている。
 原因は分かっていて、昨日の深夜にゲームで脳を破壊されたせいだ。

 

  昨日も言ったが、最近『アイドルマネージャー』をプレイしている。アイドル事務所を経営し、資金を捻出しながらシングルチャート上位を狙ったりコンサートを行ったりしてトップへとのし上がっていくゲームだ。


メンバー同士付き合ったりするし、別れるとメンタルが削れる。めんどくせー女。

 このゲームの魅力としては、妙なリアルさ(注1)がある。雇ったアイドルは恋愛したりグループ内で派閥を作っていじめを行ったりSNSで炎上したりして、そのたびにプレイヤーは対応に追われることとなる。
 他のアイドル作品(注2)がキャラクターの魅力を伝えていわゆる「推し活」を煽るのとは対照的に、この作品におけるアイドルは極めて面倒な部下であり、マセガキであり、ハイリスクハイリターンな商品に過ぎない。プレイヤーは個人やグループを応援するというよりも、じゃじゃ馬たちをあの手この手でうまく宥めながら売り出すことに脳のリソースを割かねばならない。昨今のあらゆる対象を偶像化し、コンテンツ化し、消費しつくそうという資本主義の極みのような潮流を反映してるといった点ではまさに「リアル」な作品であると言える。

注1……プレイヤーの殆どは業界の人間ではないため、これが「業界の真実」を描けているかどうかを判定することは極めて困難だ。これは昨今のリアリティーを売りとした作品の多くにも言えることだが、とりあえずブラックジョークを交えて皮肉るようなテキストを混ぜておけば、消費者は勝手にそこに「生々しさ=リアリティー」を見出し持ち上げてくれることは注記しておかねばならない。

注2……好きな、あるいは叩きたいコンテンツ名をここに代入。IDORY PRIDEではkanaが好きです。

 セールで購入した俺自身も、ブヒ目的というよりこうした経営シミュゲーに触れておきたいうという興味が先行しており、グループ名やアイドルのニックネームなんかもネタやパロディを交えながらつけていた。とりあえず本筋のストーリーを読みたい。次の解放条件はシングルチャート一位。ライバルグループが20万枚前後なのでそこに到達できるようにファンを増やさねば。このようにして数字と効率のゲームに興じていた。はずだった。



服攻めすぎだろ

 初期メンバー三人のうち一人、ファン数最多のみずごろう。
 前の記事で書いた通り、彼女は2024年の春に卒業予定だったが、影響力(下のゲージの真ん中のやつ)を行使して一年先延ばしにしてもらった。
 そして問題は一番下のゲージ。これは彼女にアタックすると増加するいわゆる恋愛関係のゲージらしい。本来は別の子にアタックしてみる予定だったが、あまりにも年齢的に幼すぎて制限がかかっていたため対象を彼女に変更した。

 アタックを重ね、なんとか外デートできるようになり、彼女との会話の時間も長くなっていく。
 どうやら彼女は教養がありかつ思慮深い性格らしく、様々な場所で深い人生観とアイドルを続けることに対する不安を吐露する。俺は「うんうんそれは社会が悪いね」とワンチャンムーヴをかましながらイベントを進め、その様子を配信で見ていたディスコ鯖のオタクたちからは「こいつプロデューサー失格だろ」と熱い声援が寄せられる。
 
 そして一緒に長い時間を過ごすにつれ、俺はみずごろうに対して「本気」になっていた。
 人前に立つ不安や自分のコンプレックスと向き合いながら前に進むその姿。俺に対する思わせぶりな態度は、いつしかストレートな愛情表現へと変化していた。彼女の友人であるちわわ(注3)に本気かどうか問い詰められながらも関係は続き、やがて正式に交際することとなる。

注3……俺が以前狙っていた子。

 唐突に「外がいい? 中がいい?」と聞かれてドキドキしながら家デートに進むと、あまりにもいい雰囲気の中会話が進み、なんかいい感じのボディタッチも発生する。これもうセックスだろ。セックスシーンを映せ。自民党政権の隠蔽体質はこんなところにも影響を及ぼしているのか。シュプレヒコールとともにイベントを進めると、とうとう結婚を迫られることに。彼女がアイドルを辞めるか、俺がプロデューサーを辞めるか。ゲームの進行なども考慮した末に前者を選ぶと、彼女はそれを肯定する。そして互いの視点でのモノローグに移行し、そして結婚式の一枚絵。

 本筋のストーリーからは逸れているものの、これも一つのハッピーエンド。25時を回っていたこともあり、この辺りで寝ようと思いながらテキストを流し読みしていると、不穏な文字列が見えた。詳細は覚えてないが、曰く新婚夫婦の未来はこうなるらしい。
「18年後、夫の浮気により離婚」

 さあっと顔から血の気が引いた。
 俺が? 浮気? そもそもなんで未来の話がここで? whyを連呼しながら困惑する俺をよそにイベントは終了し、画面は元の経営モードへ。結婚のために卒業させたみずごろうは当然そこにはおらず、契約していたスポンサーに対していくらかの賠償金を支払ったというログが流れていた。
 思考が追い付かず呆然としながらも、俺は緩慢な手つきでマウスを動かし、日々の業務を遂行していく。ニューシングル、コンサート、カフェの設立、新たな姉妹グループ、オーディション……。色を失った世界においても彼女無きグループは着々と成長していくものの、俺の声はそれに反比例するように低く、そして小さくなり、とうとうディスコのノイズ抑制機能に阻まれて通話相手にも聞こえないレベルになっていた。

 そして、とうとう見つけてしまった。卒業済みアイドルの欄を開くと現れた、この一文を。

左上。

 一度はスルーを試みたものの、気になって二度目を確認した時には情緒が限界を迎えた。
 俺が、俺の選択が彼女を不幸にしたのだ。あの時、結婚を思いとどまっていれば。ちわわの問いかけに対し遊びの関係だと告げておけば。デートを目撃したらしい不二本とかいう怪しいおっさんの忠告を受け入れて以後関係を断っておけば。最初にアタックしないでおけば。
 そもそも、こんな事務所でアイドルをしていなければ。

 イフを問い続けた末に到達したその想定が脳内にポップした瞬間、俺はデカすぎるモニターの上で頭を抱えた。所詮経営だと割り切っていたはずなのに、俺は一人のアイドルに夢中になった。そのツケがこれだ。
 のろのろと作業を続けるもすぐに耐えがたくなってゲームを落として布団に入り、気付くと半日ほど経っていた。それでもなお、この喪失感は筆舌に尽くしがたいものがある。

 みずごろうにアタックしだしてすぐの頃のセーブデータはまだある。だが、俺はこれを動かすべきなのだろうか。動かしたとして、俺はまた彼女に恋をして、そして破滅させてしまうのだろうか。試行回数を重ねれば幸せな結婚エンドもあるのだろうか。その未来が存在しえないとすれば、俺は黙って卒業していく彼女の姿を見届ければいいのだろうか。何もわからない。そもそも正解があるのかすらも。

 人生は後悔という名の船旅だ。そしてこのゲームは、選択を誤ったプレイヤーの心を容赦なく沈めにくる悪趣味かつ「リアルな」ゲームらしい。

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